11章 壊すなら
天井から土埃が落ちてくる。
男達の手が止まり、ラウレンツの髪と首を掴んでいた騎士の手が離れた。
「ふ……はっ、ごほっ──」
支えがなくなり、言うことを聞かない身体は勝手に丸くなる。
拘束された両手が後ろでラウレンツの身体を倒れないよう支えていた。
「──何事だ!?」
ばたばたと焦ったような足音が聞こえてくる。
「敵襲です! 何者かが扉を爆破しました!!」
「何ですって!? ……貴方達、様子を見て必要なら加勢してください」」
男達が牢を出て行く。
一人残った騎士が、剣を抜いて警戒するようにラウレンツに突きつけた。
「……何をするつもりだ」
「いえ、こちらに貴方がいる限り、私に負ける可能性はありませんので」
ラウレンツは唇を噛んだ。
悔しいがその通りだ。
ラウレンツがここにいる限り、騎士がラウレンツに剣を向けている限り、助けに来た味方は騎士を攻撃できない。
階上でまた爆発音が聞こえた。
派手にやっているということは、間違いなくエヴェラルドの手の者達だろう。
建物の構造を理解し、ラウレンツがいる場所が想定できなければ、こんな派手に爆弾を使えるはずがない。
どたどたと響いていた足音が減っていき、やがて静かになる。
かつん、かつんと、この場にあまりそぐわない軽い足音が下りてくる。
その足音は階段を最後まで下りた後、少し歩いて立ち止まる。
「──……ラウレンツ……っ」
聞こえてきた声に、ラウレンツは顔を上げた。
まだ正常に働いていない頭でも、その声を聞き間違えるはずがない。
眼鏡が無いせいでぼやけた視界の中に、鮮やかな赤があった。
会いたくて仕方なかった。
しがらみを取り払ってあげたかった。
そして、心からの笑顔が見たかった。
「泣かないで……」
それなのに、どうして泣いているのだろう。
◇ ◇ ◇
クラリッサはエヴェラルドから借りた騎士達と、ラウレンツと途中まで一緒に来たという騎士を連れて、王城の正門を力業で突破した。
馬を走らせ、オーブ街への道をまっすぐに駆け抜ける。
ラウレンツが同盟書類を隠したのなら、シルヴェーヌは必ずそのありかを吐かせようとする。
「無事でいないと、許さないんだから」
クラリッサは離婚するように書いたのだ。
助けに来てほしいなどと、一文字も書いていない。
今回使われた別荘は、シルヴェーヌが使用人を折檻したり、反対派の貴族を脅すため関係者を監禁したこともある場所だ。
クラリッサはかつてその場所で、折檻をするふりをしてアベリア王国に忠実な使用人を逃がしたことがあった。
これまでに何度も利用されてきたことを知っている。
オーブ街の裏を回り、少し離れた林の中に隠すようにして馬を繋いだ。
クラリッサは懐かしさすら感じる別荘を木の陰から窺った。
建物の外では、五人ほどの男性が監視をしているようだ。
振り返り、側にいる騎士達に指示を出す。
「ラウレンツは必ず地下牢にいるわ。地下は頑丈な作りになっているから、地上では何をしても構わない。作戦で最も優先すべきは、ラウレンツの救出時間よ」
少しでも早く救出しなければ、貴族議会に間に合わなくなってしまう。
それだけではない。
地下牢の使い方なら、クラリッサもよく知っているのだ。
「建物は」
「壊してしまって構わないわ」
クラリッサがはっきりと言う。
こんなもの、いっそ粉々にしてしまいたかった。
「……かしこまりました」
騎士が驚きを隠しきれない声で返す。
クラリッサは目を伏せ、唇を噛む。
「私、怒っているのよ。お母様がどういう立場から何をしようとしたのか……それだけではないわ」
別荘を睨む。
騎士らしい格好の者と破落戸のような格好の者がいるが、破落戸の中にも騎士のように洗練された動きの者が何人もいた。
雇われた破落戸と、破落戸に変装した騎士がいるのだ。
「私が許せないのは、私のラウレンツに手を出したことよ」
絶対に許さない。
許すつもりもない。
クラリッサは歪んだ笑みを浮かべた。
「──皆、めちゃくちゃにやって良いわ」
壊すなら爆弾だ。
騎士達はクラリッサの指示で、小型の爆弾を別荘の側に投げ込んだ。
どおん、と派手な音を立てて爆発し、僅かに地面が揺れる。
「何だ!?」
「何事だ!」
別荘を守っていた者達が集まってくる。
その隙を突いて、騎士達が剣を振るって見張りを全員倒してしまう。
鍵がかかった扉を壊してしまおうかと考えていると、建物の中の騎士が外の様子を窺うために内側から扉を開けた。
騎士が建物の中に同じ爆弾をぽいと投げ込む。
これは音が大きいが爆発規模は小さい爆弾らしい。精々近くのものを軽く壊す程度で、煙が多く出るものだ。
様々な作戦で陽動に使うのだという。
つまり、まさに今使うに相応しい道具だということだ。
騎士達は次々湧いてくる敵を爆弾で煙に巻きながら倒していった。
その間、数分ほどだろうか。
階上はあらかた片付き、クラリッサは騎士を二人連れて地下室への階段を下りていった。




