11章 動くことができる
◇ ◇ ◇
クラリッサがシルヴェーヌの離宮に軟禁されてから七日が経った。
クラリッサが日数を数え間違えていなければ、今日が貴族議会の日のはずだ。
「お兄様は……どうしているかしら」
クラリッサは胸元が深く開いた真っ赤なドレスに身を包んで、絨毯の上に雑に座って俯いた。
もう一週間、話の通じる人とは誰にも会っていない。侍女達は一切口をきかず、シルヴェーヌはクラリッサに悪女を強いるばかり。
反抗を続けたクラリッサの食事は朝のみとなった。
空腹に耐えながらも、シルヴェーヌの興味を引くために暴れ続けた。
集中してほんの僅かな情報も聞き漏らさないようにと過ごした。
作戦が成功しなかったら、こんな日々がずっと続くのだろうか。
「早く……早く……」
少しでも早く全てが終わってくれないかと、両手をぎゅっと握り締める。
心細さと空腹と思うようにならない今が歯がゆくて、暴れ出してしまいたかった。
そのとき、扉の向こうが急に騒がしくなる。
がたんと物がぶつかる音も聞こえて、クラリッサは何事かと扉に耳を当てた。
「どういうこと! 書類を持っていなかったというの!?」
「はい。──は捕らえたのですが」
「本当に役立たずね! それでは──が──じゃないの……!」
「ど、どうかお怒りをお収めください!」
どうやら何らかの作戦が失敗したようだ。
エヴェラルドが何かしたのかもしれない。
「ですが、──……で、オーブ街の離宮に……」
「吐かせなさい。……どんな手を使っても」
オーブ街の別荘。
シルヴェーヌが個人的に所有している別荘だ。
周囲を林に囲まれたそこは、クラリッサも幼い頃に行ったことがある。
確かシルヴェーヌの気に入りの場所であったが、粗相をした使用人の再教育にも使っているところだ。
王都から馬で三時間ほどだろう。
「こんなときに、オーブ街の別荘で折檻されている使用人がいるというの?」
クラリッサが様子を窺っている限り、シルヴェーヌにそんな余裕は無さそうだ。
ならば次に可能性が高いのはカーラかエヴェラルドだ。
二人はエヴェラルド側の勢力と味方の騎士達によって守られているはずだが、まさか破られてしまったのだろうか。
「お兄様……カーラ……」
クラリッサは不安に駆られた。
ここで動けずにいる間に、何か大変なことが起きているかもしれない。
そう思うと、気力を失い自棄になりかけていたクラリッサの中に、自分がどうにかしなければいけないという強い思いが湧き上がってくる。
例えばこの部屋の中に、何か武器になるものはないだろうか。
目立つ刃物などは全て撤去されてしまった室内を、クラリッサはぐるりと見回した。
「──あれだわ」
そこにあったのは、大きな姿見だ。クラリッサに着飾らせ、その姿を見せつけるために置かれたもの。
近くにあった金属製のコップを掲げて、思い切り鏡に叩き付ける。
がしゃん。
派手な音と共に鏡が割れ、様々な大きさの金色に輝く破片が床に散らばった。
カーテン越しに斜めに差し込む朝日が反射して、きらきらと綺麗だ。
「何事!?」
扉の外から悲鳴のような声がする。
きっとクラリッサがまた何かをやらかしたのだと思っているだろう。
小さめの破片を手に取って、尖った先の部分でカーテンを裂いた。
細長く裂いた布を、大きめの長いガラスに巻き付ける。
カーテンの布には厚みがあったため、しっかりと握ってもクラリッサの手が切れることはない。
これならばナイフのように扱える。
そのナイフで、動きづらい赤いドレスの裾を縦に裂く。
履かされていた踵が細いハイヒールは、床に叩き付けて折ってしまった。
これで、クラリッサは動くことができる。
「黙って助けを待つような柄でもないし、お兄様の用事もさすがにもう終わっているはず」
むしろ今日の午後には貴族議会が始まるのだから、今準備が済んでいなければどうにもならない。
今日まで信じて待っていたが、万一エヴェラルドがオーブ街の別荘に閉じ込められていたら、ここに来るなど不可能だ。
「……とりあえず、外に出てみましょう」
クラリッサが呟いた目の前で、侍女がクラリッサの様子を見るため扉の鍵を開けている。
扉の外には、いつも騎士が三人立っている。
いつも侍女と共に入ってくる騎士は二人だ。
僅かな隙がチャンスだ。
「いったい何をしてい──!?」
部屋中に散らばった割れた鏡に、侍女が顔を顰めた。
瞬間、クラリッサは廊下に飛び出した。
「あっ、何を──」
「待ちなさい!」
何らかの事件があったせいか、部屋の前には騎士が一人もいなかった。
今なら抜け出せる。
クラリッサは必死で足を動かして、離宮の出口を目指した。
「──クラリッサ、こっちだ」
そのとき、正門入り口とは違う方向の廊下からクラリッサがよく知っている声がした。




