10章 最後に笑うのは
『貴女はベラドンナの血を引く王女なのよ。これくらいのことは完璧にこなせて当然でしょう!』
厳しく育てたが、クラリッサはシルヴェーヌに忠実な良い子に育っていった。
夢中になっていたから、気付かなかった。
王妃のところに忍ばせていた侍女が、体調を崩して急死していたことに。
気付いたときには王妃は妊娠していたのだ。
このときには、シルヴェーヌは王妃を鼻で笑っていた。
どうせ子供が生まれても、国王は王妃を見ることはない。だから大丈夫。
悔しく思いながらもそう自身に言い聞かせた。
王妃の周囲は厳重になり、新たな侍女を送り込むことはできなかった。
堕胎させることもできず、状況を見ていたシルヴェーヌは、出産の日に衝撃的な話を耳にした。
国王が、王妃の出産に立ち会うために王妃の離宮に行った、と。
いても立ってもいられず、シルヴェーヌはメイドの服に着替えて王妃の離宮へと向かった。
そこには確かに国王がいて、王妃が青い顔で産気づいている姿を見ておろおろしていた。
『死ぬのか? 死んでしまうのか?』
『落ち着いてください、陛下』
『だが、マリアは──』
『陛下!』
そうか、王妃の名前はマリアといったのか。
シルヴェーヌはこのとき、初めて王妃の名前を知った。
生まれた子供は男の子だった。
アンジェロと名付けられたその子は生後すぐ国王に抱かれ、その後すぐマリアは命を落とした。
国王はアンジェロに興味を持ったかと思われたが、生まれつき身体が弱いと分かってからは興味を失ったようだった。
シルヴェーヌは王妃となり、ベラドンナ王国とアベリア王国の縁はより深くなった。
許せない。
許せない。
シルヴェーヌを隣に置きながらもこちらを見もしない国王も、死ぬ直前まで国王の気を引き続けたマリアも、マリアに残された何も知らない無垢な顔をしたアンジェロも。
家族に何の関心も持たない国王は、政務にばかり時間をかけ功績を焦っている。
そこをつつけば簡単だった。
賢さ故にアベリア王国に嫁いだシルヴェーヌは、その賢さ故に人を堕落させる知恵を働かせることができた。
シルヴェーヌよりも美しく育っていくクラリッサを自分のように贅沢を好むように育てた。
クラリッサを使ってアンジェロを虐め、アベリア王国の社交界を引っかき回す。
ベラドンナ王国から次々人を引き入れ、アベリア王国の全てをベラドンナ王国吸収してやる。
しかしそんなシルヴェーヌの計画を邪魔したのは、他ならぬ自身の息子、エヴェラルドだった。
シルヴェーヌの手から駒であるクラリッサを奪い、クレオーメ帝国に嫁がせたのだ。
この機会にクレオーメ帝国を探らせようとしたが、何度手紙を送っても何の成果もない。愚かな悪女に育てたはずなのにどうして。
腹が立っていたそのとき、ベラドンナ王国の手の者がとんでもない情報を掴んできた。
──アベリア王国とクレオーメ帝国の医療協力協定の裏で、エヴェラルドが軍事同盟を締結しようと動いている。
医療協力のためだけならば、唯一の王女をクレオーメ帝国に嫁がせる必要はない。
国王もシルヴェーヌも気付かず、エヴェラルドに嵌められたのだ。
クラリッサはそれを知っているのだろうか。
愚かな可愛い駒。
シルヴェーヌの望んだとおりの最高の悪女に育った、美しい子。
『捨てるには勿体ないから、最後まで使ってあげましょう』
クレオーメ帝国とアベリア王国の同盟は、アベリア王国がなければ成立しない。ならばこの機会に、ベラドンナ王国がアベリア王国を手に入れてしまえばいい。
シルヴェーヌは国母という立場を失うが、甥であるベラドンナ王国の国王は美しい娘が好きで後宮にたくさん集めているという。
クラリッサを差し出せばシルヴェーヌにも爵位くらいくれるだろう。
シルヴェーヌはベラドンナ王国から堂々と兵士を引き入れ、アベリア王国の騎士のふりをさせた。
あとは後継となるエヴェラルドを殺し、アンジェロを人質として、国王にアベリア王国を譲渡させればいい。
それから、クラリッサを連れてベラドンナ王国の王都に向かうのだ。
失敗するはずがなかったシルヴェーヌの作戦は、エヴェラルドと親しげに笑い合うアンジェロに殺意を抱いてしまったことで困難になった。
暗殺者がアンジェロを殺し損なったことで、エヴェラルドが自分の手の者を使って堂々とアンジェロを守るようになったのだ。
アンジェロを人質にできない。
苛々していたシルヴェーヌは、すぐにクラリッサを呼び戻すことにした。
そうしてアベリア王国に帰国したクラリッサは、悪女らしからぬ清楚な服を着て、シルヴェーヌに会いに来るよりも先にエヴェラルドと二人きりで部屋で密談をしたのだ。
『息子だけでなく娘まで、私を裏切るなんて』
いや、クラリッサはエヴェラルドとあまり仲良くなかったはずだ。
ここからしっかり教育し直せば、短期間でされた洗脳など簡単に解けるだろう。
クラリッサを呼び出して、離宮の使われていない部屋に閉じ込めた。
教育がうまくいかなかったとしても、クラリッサが気に入っているカーラを捕まえることができれば、きっとシルヴェーヌのいうことを何でも聞くに決まっている。
最後に笑うのは、シルヴェーヌだ。
シルヴェーヌはクラリッサが落としていった宝石を握り締め、口角を上げた。




