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きまじめ悪女の薬箱〜初恋の皇子様に嫁ぎましたが、彼は私を大嫌いなようです〜【書籍化・コミカライズ決定】  作者: 水野沙彰
第2部

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10章 信じている

「それに、お兄様にもお考えがあるのでしょう?」


 落ち着くまで身を隠せと手紙を送ってきたからには、この事態を落ち着かせる算段があるということだ。

 しかし、誰も当てにならない現状、エヴェラルドには王族の味方がいない。


 クラリッサは手を目から離して立ち上がる。

 特に派手な戸棚の前に立ち、ノブを決まった角度に数回回してから引っ張った。

 中にあるのは、王妃が金山が発見されたことを知った上で土地をベラドンナ王国に譲渡させたことを示す証拠書類だ。


 クラリッサはそれをテーブルの上に置いて、正面からエヴェラルドを見据えた。


「──私がお兄様をお手伝いいたしますわ」


 エヴェラルドが息を呑む。


 王妃もベラドンナ王国も焦っている。

 技術と軍事の大国クレオーメ帝国がアベリア王国と同盟を結べば、ベラドンナ王国はアベリア王国を好き勝手にできなくなるからだ。


 王妃が国王に嫁いでから、金を奪い、上層部を掌握し、思い通りにアベリア王国を操ってきたベラドンナ王国。

 資源が朽ちるか言うことを聞かなくなったら、ベラドンナ王国が吸収し、領土を増やすつもりだったに違いない。


 そのとき、アンジェロは。

 クラリッサとエヴェラルドの未来は。


 悪女の汚名を被ってまで守ってきた、美しいアベリア王国は。


 大切なものが蹂躙される未来など、クラリッサは許せない。


「次の貴族議会はいつですか?」


「……一週間後の、午後二時からだ」


 クラリッサは優雅に微笑んで、テーブル越しにエヴェラルドにぐっと顔を近づけた。


「ではお兄様。この機会に、玉座を奪ってくださいませ」


 それは、今唯一の打開策だ。

 エヴェラルドが驚きに目を見開く。


「どうして、それを」


「──お兄様?」


「私も、そうするしかないと思っていた」


 クラリッサは膝に乗せた拳をぎゅっと握る。

 エヴェラルドがそのつもりでいるのなら話が早い。


「ただ、現状決め手に欠ける。王妃が横領していることと、孤児を他国に売り捌いていること。そしてベラドンナ王国の人材を身元を偽って官吏として忍ばせていること。この三つの証拠はある。クラリッサのそれも、証拠になるだろう」


「ええ」


 これだけあれば、王妃を没落させるには充分のように思うが、まだ足りないという。

 一体何が足りないのだろう。

 クラリッサが首を傾げると、エヴェラルドが何かを考えているようにこめかみを指先でとんとんと叩いた。


「足りないのは国王がそれを知っていたという証拠だ」


「あ……お父様の」


「そう。国王に瑕疵がなければ正当に玉座を奪うことができない」


 国王が王妃の悪事に気付いていた証拠。直筆の手帳やメモ、または国王がサインを入れた裏帳簿のようなものだろう。


「そんなもの、どこにあるのかしら」


 少なくともクラリッサは見ていない。

 エヴェラルドが首を振る。


「少なくとも、官吏達の執務室にはなかった。王妃の部屋か、国王の部屋か」


 どちらも特に警備が厳しく、自由に動き回ることができる場所ではない。


「それに、クレオーメ帝国との正式な同盟締結書類。……後からでもどうにかなるが、ベラドンナを追い出すにはできるだけ早く必要だ」


 もう父とも母とも呼ばなくなったエヴェラルドに一抹の寂しさを感じながら、クラリッサは目を伏せる。

 今、クラリッサにできることは。


「──では、私がお母様の部屋に行ってきますわ」


「危険だ!」


「お兄様はお父様の部屋を捜索しなければいけないのですから、もっと危険ですわ。それに私には今、お母様の部屋を訪ねる理由がありますから」


 クラリッサを王城に呼び戻したのは王妃だ。きっと今も、帰城してすぐに自分を訪ねてこなかったことを知って苛々していることだろう。

 機嫌の悪い王妃にすすんで近付きたいとは思わないが。


「私のことをお母様はまだ切り捨てられないはずですわ」


 クラリッサははっきりと言う。

 エヴェラルドが視線を揺らした。


「しかし……」


「お兄様、冷静に考えてくださいませ。今、お母様が一番敵視し警戒しているのは、クレオーメ帝国との同盟を企んだお兄様ですわ。部屋には絶対に入れません」


 クラリッサのことは半信半疑だろう。

 エヴェラルドに協力してラウレンツに嫁いだのか、何も知らずに利用されたのか。


 実際のところクラリッサはエヴェラルドから手紙を受け取るまで何も知らなかったのだが、それが簡単に信用されるとは思っていない。


「利用してください、お兄様。私がアベリア王国一の悪女であること、お忘れではありませんよね」


 愚かであることを示すため演じた悪女。

 王妃とベラドンナ王国の目を盗んでアベリア王国を守るため、色々なことをしてきた。


 派手好きで高価なドレスを買っては処分する。

 ──国が手を差し伸べない貧困地域や孤児院の救済のため、一度だけ着たドレスを売って金を作っていた。


 気弱そうな令嬢を次々虐めている。

 ──孤立し利用されそうな令嬢を悪女として虐め、社交界で力がある令嬢に保護させた。


 他人のパートナーを誘惑し、縁談を壊す。

 ──ベラドンナ王国の人間との縁談を壊すためなら、捨て身で自分を利用してきた。


 異母弟を虐げている。

 ──アンジェロを守るため、虐める役割は全てクラリッサが担った。知らないところで他の人

間に手を出されないよう、必死だった。


「貴族議会の日、朝九時に約束しましょう」


 クラリッサは微笑み、テーブルに置いたままの証拠書類に手を乗せた。

 滑らせるようにして突きつけると、エヴェラルドは困ったように眉を下げる。

 クラリッサはほんの少しも不安ではないと見せつけるように、完璧な微笑みを作る。


「もし私が掴まったら、できるだけ気を引いてお母様の目がお兄様に向かないようにします。ですから、そのとき私がいなかったら助けてください。玉座に座るお兄様ですから、それくらいできますわよね?」


 高圧的に言ったクラリッサに、エヴェラルドはしっかりと頷いた。


「ああ。何もないことを、願っている」


「私も、お兄様を信じていますわ」


 信じている。

 クラリッサ自身と、エヴェラルドのことを。


 そして、きっと訪れる全てが終わった後の未来を。

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