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きまじめ悪女の薬箱〜初恋の皇子様に嫁ぎましたが、彼は私を大嫌いなようです〜【書籍化・コミカライズ決定】  作者: 水野沙彰
第2部

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10章 慣れない感情





 翌日、クロエとエルトル夫人から茶会でのことについての礼状が届いた。

 やはりエルトル夫人はクラリッサがあの状況を変えてくれると思って席を決めたようだった。

 エルトル夫人には役に立ったのなら構わないと返事をして、クロエには良ければこれからも仲良くしてほしいと書いた。


 それから更に二日経ち、クラリッサは張り合いのない日々に心を腐らせていた。

 結婚したばかりの頃ならばなんとも思わなかったのだろう。

 それなのに。


 いつからか食事を共にするようになった。

 休日には庭園で会うようになった。

 孤児院で会うと、子供達にからかわれることもあった。

 薬草に詳しくて、クラリッサが聞くと大抵の草は持ってきてくれた。


 マフラーを借りたり、手の甲にキスをされたり。

 そんな、まるでデビューし立ての令息令嬢のような初々しいやりとりが、どれだけクラリッサの心を満たしていたのだ。


 一人で過ごすフェルステル公爵邸は広くて、ラウレンツがいないと食事もいつもより美味しく感じない。


「……私、こんな性格ではなかったはずなんだけど」


 クラリッサはソファーの背凭れに背中を預けて、両手を組んで呟いた。

 カーラがシーツを直しながら呆れたような声を出す。


「あれだけ一緒に過ごされていればそのようになるのも当然かと。それに、旦那様はお優しかったですから」


「そうよね……」


 ラウレンツは優しい。

 声がとても素敵だとか、顔が整っているとか、背が高いとか、そういったものは結局ラウレンツを形作る要素の一つでしかない。


 クラリッサがラウレンツを好きだと思うのは、そんな表面的なもの故ではない。


 仕事に一生懸命で、人のために働くのが当然のような顔をして、自分のことは後回し。

 クラリッサには素直に優しくしてくれないけれど、言い訳をしながら確かな温もりをくれる。

 疑い深いのは幼少期に虐められていた経験からだろうか。


 大国の皇族だ、きっと他にも辛いことがたくさんあったに違いない。

 それなのに、簡単に幸福な未来がそこにあると信じられるような約束をする。


 クラリッサに、希望をくれる。


 もやもやとした気持ちを吐き出すようにクラリッサは溜息を吐いた。


「お買い物でも行かれますか?」


 カーラが言う。


「うーん」


「あまり気が乗りませんか?」


「そうね。なんだか、面倒に感じてしまって」


 クラリッサの様子に、カーラも嘆息する。

 そのとき、戸棚の整理をしていた侍女がふと口を開いた。


「奥様は旦那様がいらっしゃらなくてお寂しいのですね」


 クラリッサはその言葉にはっと侍女を見た。

 侍女はその反応に驚いて固まっている。


「ど、どうかなさいましたか?」


「いいえ、なんでもないの」


 困惑する侍女から目を逸らして、クラリッサは熱くなってしまった頬を隠すように上半身を倒してぱたりと横になった。

 寂しいなんて言葉、もう縁がなくなったと思っていた。


 クラリッサを見ない父親と、駒としか考えていない母親。いつも王城にいない兄と、公に近寄ることを許されていない異母弟。

 クラリッサの日常に人の温もりはなく、それが当然だった。


「寂しい……そうよ。私は、寂しいのだわ」


 口にした言葉は心に染みて、馴染んでいく。

 慣れない感情に名前がついたことを喜んでいるかのように、その言葉はすうっとクラリッサの中に入ってきた。


 だから、嬉しかった。

 ラウレンツがいるフェルステル公爵邸がもうクラリッサの家なのだと、感じることができたから。

 クラリッサは椅子から身体を起こして立ち上がり、両手を組んでうんと伸ばした。


 そうと分かれば、こうしている必要もない。

 寂しく思うのならば、ラウレンツと過ごした場所にいればいい。


「──庭園に行きましょう。薬草園の様子が見たいわ」


 あの日、ラウレンツが見ていた花を見れば、心が慰められるだろう。

 そう思ってショールを羽織ろうとしたクラリッサの部屋の扉が、廊下から焦ったように叩かれた。


「奥様、エルマーでございます」


「エルマー? どうぞ」


 クラリッサは突然のエルマーの訪問に首を傾げた。

 普段、エルマーは用事がなければクラリッサの元を訪れない。それなのに慌てた様子なのはどう見てもおかしかった。


「どうしたの。何かあったのかしら」


 クラリッサが聞くと、エルマーは見慣れた印章でされた封蝋がついた手紙を二通取り出した。

 片方は深い青、もう片方は鮮やかな赤い蝋が使われている。


 クラリッサはそれを見ただけで、誰からの手紙なのか分かってしまった。

 青い方がエヴェラルド、赤い方が母親である王妃からのものである。


「これらの手紙を先程それぞれ別の者が届けに来ました。どちらも急ぎだということでしたので、お持ちしました」


 エルマーは封蝋を見ているため、この手紙がアベリア王国から届けられたものであることが分かる。

 しかも届き方からして、明らかに緊急の何かが起きていると思うのが普通だ。


「ありがとう。行って良いわ」


 クラリッサは二枚の手紙を受け取って、エルマーに退出の許可を出す。

 後ろ髪を引かれているらしいエルマーに気付かないふりをして、クラリッサはカーラ以外の使用人も全員部屋から出した。

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