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2章 少女は泣いていた

 少し汚れてしまっているが青を基調とした子供向けの貴族服から男の子であることは分かるが、その顔だけならば女の子と言われても違和感がないほどだ。


「……良かったら、この先に池があるから。少し休むこともできるから。だから──」


「うん……」


 泣き顔をクラリッサにみられた気恥ずかしさからか、男の子はくしゃりと顔を歪ませて涙を拭いて、頬を僅かに赤く染めた。

 クラリッサは自分よりも二十センチくらい背の高い男の子の手を引いて、林の細い道を戻った。

 開けた場所に出た瞬間、男の子の瞳が涙以外のもので輝いた。


 それを見たクラリッサはなんだか誇らしい気持ちになる。プラチナブロンドに日の光が反射して、天使の輪のように見えた。


「すてきでしょ? こっちに座って見るのよ」


 クラリッサが言うと、男の子は素直にクラリッサの隣に腰掛ける。

 隣り合って座ると男の子の視線がクラリッサよりも大分高いところにあって驚いた。さっきにはもっと子供らしく感じた男の子が、急に年上のお兄さんになってしまった。


「──連れてきてくれてありがとう」


 耳に届いたそれは、まるで涙のように透き通った声だった。

 ふわりと笑ったお兄さんに、クラリッサは咄嗟に俯いた。こんなに綺麗なものを独り占めしているのが、悪いことのように感じられた。


「わ、わたしこそ……勝手にごめんなさい。お茶会の会場から大分離れてしまいました……」


 この場所は茶会の会場となっている庭園からは大分離れている。勝手を知っているクラリッサは良いが、王城内部に詳しくない人は困ってしまうだろう。


「大丈夫だよ。あんな場所、いる必要も感じないから」


「あんな場所?」


 クラリッサはその言い方に驚いた。

 あの茶会は外交行事に伴い、王妃と側妃が協力して開催したものだ。実際クラリッサの母親である側妃が王妃に協力したのかは分からないが、それでも表向きには協力したことになっている。

 それを貶すというのはアベリア王国の王族を軽視していると思われても仕方のないこと。しかもクラリッサはこのお兄さんの顔を知らない。


 つまり、挨拶にも来ていないのだ。


「あ、僕がこんなことを言っていたのは秘密にしてくれると嬉しいな。ええと、君の名前は?」


 ラウレンツが小さく笑って、クラリッサを見る。

 クラリッサはぎゅっと白いドレスの裾を握って、顔を上げた。


「クラリッサです」


 ラウレンツが、緊張した様子のクラリッサを微笑ましげに見ている。


「敬語は……いいかな。こんな場所だし。僕はラウレンツ。よろしくね」


「ラウレンツさま」


「……なんだかくすぐったいな」


 照れが混じった声も素敵だ。


「あの、さっきの……聞いても良いこと?」


 クラリッサが青い瞳を見上げて言うと、ラウレンツは困ったように眉を下げた。


「うーん、大したことじゃないんだ。ただ、ちょっとこの見た目のせいで馬鹿にされることが多くて。いつものことだから、気にしないで」


 そう言ったラウレンツは本当に気にしていないようで、このような出来事が日常なのだとクラリッサに思わせた。


「見た目のせい?」


 こんなに綺麗でも、見た目で文句を言われることがあるのか。クラリッサは首を傾げる。


「そうだよ。女みたいで格好悪いって」


 それはクラリッサが想像もしなかった理由だった。


「なんで? こんなにきれいなのに」


「綺麗……」


「うん。すっごくきれい!」


「それって、やっぱり男らしくないってことじゃ……」


「綺麗ならどっちでもいいことだよ。絵の中の天使さまが男の子か女の子かなんて、誰も考えないでしょう?」


 クラリッサは心のままに言う。

 だって、こんなに綺麗なのだ。性別なんて気にならない。

 クラリッサがそう言うと、ラウレンツは見た目に相応しい、子供らしい表情で破顔した。


「ふっ……はは。君ってすごいね」


 面白くて仕方がないというように腹を抱えて笑ったあと、今度は笑ったせいで滲んだ涙を指先で拭ったラウレンツがクラリッサの頭にぽんと手の平を乗せた。

 髪が崩れないようにか、そっと優しく撫でられて、クラリッサは混乱する。


「それで、クラリッサちゃんはどうして泣いてたの?」


「え、なんで……!」


「瞳が赤いからって、気付かれないと思う?」


 少なくともクラリッサの母親はこれまで気付かなかった。

 それに気付かされて、クラリッサは寂しくなる。

 厳しくされても頑張ろうと思えたのは、母親が自分だけを見てくれていると実感できたからだ。もし母親がそのときですらクラリッサを見ていないのなら、何を見ているのだろう。


「わたしは……うまく、できなくて」


「うまく?」


「うん」

 クラリッサは自分の中に溜まっている言葉を振り返った。


 ──こんなこともできないの。

 ──あなたはベラドンナ王国の血を引く王女なのよ。

 ──完璧にできるまでやりなさい。

 ──こんなものが怖いなんて、私の子じゃないのかしら。


 母親が怒るのは、クラリッサが落ちこぼれだからだ。


 母親の言うとおりにしっかりしなければ、王城の中にもほとんど居場所のないクラリッサは、本当に何処にもいられなくなってしまう。

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