10章 楽しみだわ
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ラウレンツからクラリッサへの態度が軟化したことで、クラリッサとフェルステル公爵家の使用人達との関係も改善した。
庭を散歩すれば庭師が最近咲いた花を教えてくれるし、出かけると言えば侍女が皆で服装を考えてくれる。
そんなある日、朝食の席でラウレンツが何でもないことのように重大なことを告げた。
「明後日から一週間ほど、視察で邸を留守にすることになったから。その間は何かあったらエルマーに頼って」
「視察?」
「そう、国王に同行を頼まれてね。私の専門分野にも関することだから」
「分かったわ。気を付けて行ってきてね」
結婚してからラウレンツが長期で家を空けるのは初めてのことだ。
ローラントから以前聞いた話では、結婚するまでは良くあることだったらしい。
クラリッサが悪女だから目を離すわけにはいかないなどと言っていたようだが、どうやら誤解が解けたようだ。
今でもクラリッサが出かける先を聞くことはあるが、安全のためや雑談の中でのことが中心で、疑われていると感じることもない。
事前に話してくれたことを嬉しく思いながら言うと、ラウレンツは僅かに目を伏せ、すぐに顔を上げた。
「帰って来たら、春の夜会があるから」
その言葉に、クラリッサの鼓動がどくんと鳴った。
春の夜会は、皇城での夜会の中でも特に大規模なものだ。春の訪れを喜び、花を愛でるその夜会は、皇都にいる全ての貴族が参加するといっても良い。
そのためにクラリッサはラウレンツから新しいドレスと宝飾品を贈ってもらった。
今日の午後には確認のためにキャシーが公爵邸を訪ねてくることになっている。
その夜会の日、クラリッサはラウレンツから話したいことがあると言われていた。
「ええ。……楽しみだわ」
クラリッサが微笑むと、ラウレンツも口角を上げる。
「ああ。今日、仕立屋が来ることになっているだろう。一緒に見れなくて悪いけど、直したいところがあったら言って構わないからね」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
ラウレンツとキャシーに考えてもらった、ラウレンツの瞳と同じ色の青いドレスを想像して、クラリッサは僅かに頬を染めた。
クラリッサは皇城に行くラウレンツを見送って、庭園の薬草を一部採取させてもらうことにした。
怪我をしたら治療を頼むことに抵抗はなくなったが、それでもクラリッサは慣れ親しんだ薬草箱を大切にしている。
悪女を演じていたアベリア王国ではこっそり大切にしていたそれを、堂々と広げて作業できることはとても幸せなことだった。
クラリッサはジンチョウゲの花をそっと外して小箱に集めながら、暖かくなった日差しにそっと目を細めた。
側にいたカーラが苦笑する。
「あまり上を見ては、鍔の広い帽子にしている意味がありませんので気を付けてくださいね」
「ふふ。分かっているわよ、もう」
貴族である限り、見た目も大切な武器である。
悪女ではなくても、クラリッサの陶器のような肌は維持しなければならない。
カーラが日傘を差してくれているが、それでもやはり気になるのだろう。
見た目に影響がない程度に花を取って、クラリッサは庭師に礼を言った。
「ありがとう、助かったわ」
「いえいえ、旦那様からも言われてますから。……それにしても、この花を取ってどうするんですか?」
庭師の問いにクラリッサは首を傾げる。
どの薬草も完璧に育てているから、てっきり詳しいのだと思っていた。
「あら、貴方は薬草にはあまり詳しくないの?」
「はい。育てる方は専門ですが、使い方はさっぱりでっす。薬みたいなものだという程度で」
「そうなのね」
クラリッサはジンチョウゲの花を一つ手に持ち、庭師に見せる。
「これを日干しにして煎じたものでうがいをすると、喉の痛みが楽になるのよ」
貴族は社交時期には多くの人と話す機会が続く。酒も飲まなければならないため、喉を痛めることも多かった。
特にアベリア王国にいたときには悪女のふりをするため声を荒げることも多く、クラリッサには馴染み深い薬草の一つだ。
「はあー、すごいですね。この花に、そんなことが……薬草は旦那様の専門と聞いておりましたが、奥様もとてもお詳しいのですね。さすがです」
庭師の言う『流石』は、アベリア王国の王女だ、という意味だろう。
クラリッサは曖昧に微笑んで、干しておいた南天の実の様子を見に行くことにした。
早足で庭園を横切っていくクラリッサの後を、カーラが日傘を持ってついてくる。
「私から言っておきましょうか?」
気遣わしげに言われたのは、庭師の先程の言葉についてだ。
クラリッサはアベリア王国の王女として、薬草学について学んだ。しかしその立場故、薬草を扱っている姿を誰にも見られないよう徹底していた。
癇癪持ちのふりをして、側に置く侍女はカーラだけにした。
ベラドンナ王国出身の母親である王妃の息がかかった侍女は、些細なことをミスだと言って次々くびにした。
カーラには、行き場がない可哀想な侍女を演じさせ、ときに怪我の跡を化粧で作ったこともある。
カーラはいつもクラリッサの味方だったが、クラリッサは社交の場では一人だった。
味方の顔をして立っている王妃が、クラリッサにとっては欺くべき一番の敵だったから。
「いいえ、何も言わなくて良いわ。こんなことで怒らないで? ……これは私の問題だもの」




