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きまじめ悪女の薬箱〜初恋の皇子様に嫁ぎましたが、彼は私を大嫌いなようです〜【書籍化・コミカライズ決定】  作者: 水野沙彰
第2部

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9章 振り回されている

「さて、侯爵令息様」


「堅苦しいのは嫌いなんですよね。ローラントと呼んでください」


「……ではローラント様。ご存じの通り私は悪女ですから、生憎、そのような口説き文句には慣れておりますの。誘惑しようとしても無意味ですわ。遠回しなことをなさらないで、本題に入っていただいてもよろしくて?」


 部屋の端で存在感を消していたメイドが思わずと言ったように目を瞠っている。

 ローラントもまた、それまでの優雅さをどこかに置き忘れてしまったようだ。


 無遠慮なほど見つめられて、クラリッサは声に出して笑った。


「ふふ、ふふふ……そんなに驚かれなくてもよろしいのですよ」


 扇を持つ手が小さく震えてしまう。

 ローラントが本気で口説いているつもりだったのだと思えば思うほど、笑いは止まってくれない。


 ローラントは組んでいた足を解いて、ばつが悪そうにがしがしと綺麗にセットされていた茶色い髪を掻いた。

 粗野にも見えるこの態度こそ、きっとローラントの素なのだろう。


「あー、悔しいな。何、何で?」


「私は既婚者ですから。そのような誘いには頷きませんわ」


 クラリッサはラウレンツの妻だ。

 政略結婚とはいえ、新婚で誘いに乗るような女性は滅多にいないだろう。

 ローラントは美男だから、クラリッサが噂通りの悪女ならばほいほい釣られて関係を持ったかもしれないが。


 しかしローラントはなおも質問を重ねる。


「そうじゃなくて。何でわざと誘惑しようとしているって分かったわけ?」


 クラリッサは、ローラントは本気で聞いているのだろうかと不思議に思った。


 それこそ、聞くまでもないことだ。


「ローラント様が演じていらっしゃいましたから。友人の妻を口説かれるような方でもありませんでしょう?」


 ローラントとラウレンツが仲の良い友人同士だということを、クラリッサは知っている。

 夜会での二人の距離感を見るに、互いに心を許しているのだろう。

 たかが女性一人のためにローラントがそのような愚を犯すことはしないと断言できる。


 だからこれは、ローラントなりの牽制か、それともクラリッサが試されたのかどちらかだ。

 クラリッサはぬるくなった紅茶を一気に飲み干した。


「──私、ラウレンツを裏切るつもりはこれっぽっちもありませんの」


 空になったカップを見せると、ローラントはぱちりと瞬きをした。

 そして、堪えきれなかったのか、思い切り吹き出した。


「は……はははは! そっか、そうか。ふっ……夫人は本当に面白いね。好きになっちゃいそうだよ」


「もう冗談はおやめくださいませ」


 クラリッサは新しく注がれた紅茶に口を付けた。

 やはりこちらの方がローラントの素なのだろう。

 口調はくだけたものになり、笑顔は悪戯な子供のようなものになる。

 

「それで、ローラント様のご用件は何だったのですか?」


 ローラントはさっきまでの上品な食べ方が嘘のように、砂糖菓子をひょいひょいと摘まんで口に放りこむ。


「気付いてたんでしょ? ラウレンツが振り回されているっていう悪女が、本当に悪女なのか確かめにきたんだよ」


「振り回されて……?」


 クラリッサは首を傾げた。

 クラリッサにラウレンツを振り回した記憶はない。

 むしろいつも振り回されているのはクラリッサの方だ。


「それはそうでしょ。ラウレンツが仕事を家でやろうとしたり、休日に休んだりするなんておっかしいじゃん」


 ローラントが紅茶のおかわりを飲みながら言う。

 一般的な職場では分からないが、貴族ならば仕事を家ですることはよくあることだ。そして休日は休むためにある。


「私が知る限りでは、そうおかしなことではないのですが……それに、家にいてくださったのは私が寝込んでいたから」


 事件のせいでクラリッサが寝込んでいたから、優しいラウレンツは放っておけなかったのだ。


 最近のラウレンツの変化にどうしても期待してしまいそうにはなるが、だからといって素直に受け取ることはできない。

 あまりに色々なことがありすぎた。

 今過保護なのも、事件の余波だろう。


「それがおかしいんだって」


 ローラントはそう言って、日頃のラウレンツについて語り始めた。

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