8章 ダイヤモンドを散らしてもらおう
「勿論よ」
クラリッサとラウレンツのダンスで、視線を集めなければならない。
望むところだ。
クラリッサはラウレンツの手を取って、挑戦的に微笑んだ。
ラウレンツの身体に腕を回して、ゆっくりとダンスに入る。
少しずつステップを細かく華やかに変えていく。
そのとき、ラウレンツが口を開いた。
「三日後、予定はある?」
三日後は週末で、ラウレンツは休みだろう。クラリッサも特に用事はない。
「いいえ、ないけれど」
「じゃあ、空けておいてね」
ないけれど、だからといってこんなに気軽に何でも無いことのように言われるとどうして良いか分からない。
これまで、こんな風に予定を聞かれたこともなかったのだ。
夜会などのときには必ずそう言われるし、特に特別な用事があるとは考えづらい。
まさかデートだろうかと考えて、乱れそうになったステップに慌ててダンスに集中した。
そして、約束の三日後。
クラリッサはフェルステル公爵邸のサロンで、キャシーとドミニクを前に立ち尽くしていた。
キャシーによって持ち込まれたハンガーラックには複数のドレス。テーブルの上にはデザイン画が何枚も置かれている。
ドミニクが持ってきたトランクには、いくつもの宝石が並んでいる。大きさ、カット、石の質。どれをとっても一級品である。
それらを前にして、ラウレンツは平然と一人掛けのソファーに座っていた。
「クラリッサ、そろそろ座ったらどうだ?」
ラウレンツが自分の隣のソファーを手で示す。
クラリッサははっとして、言われるがまま腰を下ろした。
「……これは、一体どういうこと?」
「春の夜会に着ていく服を新調しようと思って。貴女にドレスを贈りたいから、贔屓にしているという者達を呼んだんだ」
ラウレンツはなんでもないことだというように答える。
「奥様にドレスを贈られるなんて、素敵ですわ」
「宝石も合わせていただけるとのことで、商会一押しの品をお持ちいたしました」
キャシーとドミニクがにこにこと言う。
クラリッサは二人の態度に毒気を抜かれて、肩の力を抜いた。
「好きなものを選んで良いよ。私はクラリッサのドレスに合わせて決めるから」
ラウレンツも楽しげに目を細めている。
クラリッサはまず、キャシーが持ってきたドレスに目を向けた。
買ってもらうとなると、いつも自分で買うようにはいかない。どうしてもラウレンツに良く思われたい。
クラリッサが手に取ったのは、一番装飾の少ないオレンジ色のドレスだった。
色こそはっきりとしているものの、宝石はついていない、シンプルなデザインのものだ。むしろ地味と言って良いだろう。
「……オレンジが好きなのか?」
「い、いえ。好きというわけではないわ」
「じゃあどうしてこれにしたんだ? 好きな色を選ぶのが良いだろう。例えば……ああ、これはどうだ」
ラウレンツが触れたのは、まるでサファイアのような鮮やかな青色のドレスだった。
誰がどう見ても、ラウレンツの瞳と同じ色だと思うだろう。
クラリッサが咄嗟に目を見張った。
「こっ、れは──」
「嫌?」
ラウレンツがクラリッサの態度を見て首を傾げる。
クラリッサは慌てて首を左右に振った。
「いいえ、好きな色ですわ!」
ラウレンツが気付いているか否かは分からないが、ラウレンツの瞳の色のドレスをラウレンツ自身から贈ってもらうなんて夢のような機会を逃すつもりはない。
「それなら良かった」
ラウレンツが言うと、キャシーがそのドレスを持ってくる。艶やかな生地で作られたドレスにふわりと柔らかな透ける布が重ねられており、上品で可愛らしい。
それを確認したラウレンツが、うーん、と声を漏らす。
「もっと華やかな方がクラリッサに似合う気がするな。これに合う宝石は何かあるか?」
「えっ」
咄嗟に声が漏れたクラリッサを無視して、キャシーが答える。
「それでしたら、ダイヤモンドがおすすめですわ」
「ええっ?」
それは大分高価な宝石だ。クラリッサは悪女ではないと思われるため、高価なものは選ばないようにしようとしていたのに。
「それなら、ダイヤモンドを散らしてもらおう」
「かしこまりました」
「えええ!?」
ラウレンツも乗り気で、注文を受けてキャシーが新たな紙にさらさらと流れるようにデザイン画を描いていく。
描き出されたドレスは、手袋の飾りのリボンにもダイヤモンドが付いていた。
「待ってこれ──」
「いいね、これにしよう」
「あのでも……っ」
こんなドレス、一体どれだけするのだろう。
アベリア王国でクラリッサが浪費のために買っていた無駄に豪華なドレスより、ずっと高価な気がする。
しかしラウレンツは何でもないというように、クラリッサに目を向けた。
「気に入らないところがあるのなら言って。貴女が気に入ったものにすることが一番なんだから」
クラリッサはキャシーからデザイン画を受け取った。




