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2話 男の子は虐められていた




   ◇ ◇ ◇




 クラリッサが五歳のとき、国王の子供はエヴェラルドとクラリッサだけで、母親はまだ側妃であった。当時の正妃はアベリア王国公爵家出身の令嬢であり、そちらにはまだ子供ができていなかった。

 だからこそ、母親はクラリッサとエヴェラルドの教育にひどく熱心だった。


 エヴェラルドも厳しくされていたが、次期国王としての教育課程が決まっていたためそれに沿って学んでいれば良かった。

 しかし、クラリッサの教育内容を考えるのは母親だった。

 クラリッサは母親からベラドンナ王国の王族を母に持つ王女があるべき理想の姿を叩き込まれ、ほんの少しでも母親が決めた基準から外れると怒鳴られた。


 父親である国王は自分の地位を固めることに夢中で、クラリッサのことなど全く眼中に無い。

 華やかな服を着て、周囲に王女だと傅かれ、子供ながらに高貴に微笑んでいても、クラリッサはいつも寂しかった。


 その日、クラリッサは母親から参加をするよう強制された茶会に出席していた。

 銀色の髪は緩く巻かれ、レースのリボンで飾られている。着せられた真っ白なドレスには職人によって作られた繊細なレースが幾重にも付けられており、豪華な刺繍が隙間無くされていた。


 クラリッサはそのドレスを着ることが恐ろしくて仕方がなかった。五歳のクラリッサには、純白のドレスを汚さずに茶会を終えるイメージが全くできなかったのだ。


 もし、紅茶が跳ねてしまったら。

 もし、誰かとぶつかってしまったら。

 もし、礼儀作法を忘れて失敗してしまったら。

 もし、食事をこぼしてしまったら。


 そんな『もし』を想像するだけで苦しかった。


 大勢の目がある場所でなんでもない顔をして微笑んでいることも耐えられなくなって、クラリッサは茶会が始まってからしばらくして、母親達の目を盗んで会場を抜け出した。


 目的地は、クラリッサだけの秘密の場所。

 アベリア王国の王城裏にある庭園の奥には木が茂っているところがあって、細い道はあるものの、あまり近付こうという者はいなかった。

 しかしそこを抜けると小さな池がある。池の畔には野の花が咲き乱れていて、天然の花畑といった様相だ。


 見つけたのは偶然だった。怒った母親に頬を打たれて逃げ出したとき、でたらめに走っていたら見つけたのだ。

 クラリッサはそれ以来一人になりたいとき、こっそりここに来る。

 細い道を抜けると、ぽかりと広がる明るい景色。小さな空と小さな池、花畑の鮮やかで穏やかな色が、心細いクラリッサを優しく受け入れてくれる。


「──おかあさまはもう満足してるよね」


 クラリッサと年齢の近い子供はおらず、大人達から注目を向けられる。

 母親は挨拶をこなすクラリッサを見て満足げだったが、挨拶が終わると役目は終わったというように放置された。もうクラリッサに用など無いというように。


 どうか気付かれないようにと願うばかりだ。


 特に大きな木の幹に寄りかかり、たまに揺れる水面を何となく見つめていた。

 そのうちに目が熱くなってきて、ぽろぽろと涙が溢れた。


「だめ……おこられちゃう……!」


 泣いたことがばれたら、それこそ母親に叱られてしまうだろう。

 一人になって気が緩んだせいか、涙はなかなか止まってくれない。

 クラリッサは頑張っていた。五歳でも社交の場で失敗をしないようにと、一生懸命だった。

 そのとき、誰かの声が聞こえた。


「──……だよっ!」


「……で──」


「だから、──!」


 林の向こう側から聞こえてきた声に、クラリッサは身を縮める。

 驚いたせいで涙も引っ込んで、瞳の色のせいであまり目立たない充血した目で、そっと林の中に身を潜めた。


 そこには何人かの少年がいた。その見た目から、どこかの国の貴族子弟だと分かる。

 今日は他国の王侯貴族も出席している茶会だと聞いている。クラリッサは彼等が迷子にでもなったのかと思い、声をかけようとした。

 しかし、様子がおかしい。

 声を荒げている者達の中心に、誰かがいるのだ。中心にいるのは人のようで、どうやら何かを責められているらしい。


 つまりそれは、集団による虐め行為だ──と、そこまで気が付いたとき、クラリッサは初めて見るそれに恐れを感じ、一歩足を引いてしまった。

 ぱきり、と枯れ枝が折れる。

 その音を聞いた少年達は、慌てたように声を顰めた。


「──誰かいるのか?」


「ちょっと待てよ。この林、気味が悪くないか?」


「い……今更そんなこと言うなよ」


「もうこいつも懲りただろうし。は、早く戻ろうぜ」


 ばたばたばた。

 中心で虐められていた人だけを残して、少年達が逃げていく。

 皆が去って静かになって、クラリッサはようやく残された男の子の前に立つことができた。


「──大丈夫? 立てる?」


 クラリッサの声を聞いて、蹲っていた男の子がゆっくりと顔を上げる。


「はい。お見苦しいところをお見せいたしました……って、女の子?」


 ぱちり、と驚いたように瞬きをした、その子の顔に、クラリッサは思わず見入ってしまった。

 ふわふわと波打つプラチナブロンドに、涙が溜まってきらきらと宝石のように輝く蒼い瞳。スッキリとした鼻筋に、薄い唇。

 クラリッサよりは年上だがそれでも子供と言えるであろうその子は、クラリッサがこれまでに出会ったどの男の人よりも綺麗な顔をしていた。

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