7章 ごめんなさい
「クラリッサが言ったとおり、孤児院の一つが武装集団に狙われていた。全員確保して、拘束の上取り調べを進めている」
びくり、と身体が固まった。
それに気付いたラウレンツが、宥めるようにクラリッサの背中を優しく撫で擦る。
「……伝えてくれてありがとう。子供達を危険から守ってくれて、ありがとう」
その声で、クラリッサの身体から力が抜けた。
「良かった……」
気が抜けると涙が溢れてくる。零れたそれがラウレンツの白いシャツに落ちて、染みを作った。
「侍女と二人きりで出かけてたことに気付かなくてごめん。これからは護衛を増やして、クラリッサがいつでも安全でいられるようにするから」
クラリッサを抱く腕の力が強くなる。
何が起きているのか分からない。
どうしてラウレンツはこんなにクラリッサを抱き締めているのか。
強く抱き締められれば抱き締められるほど、声を発するときの振動までも直接身体に伝わってくる。大好きなラウレンツの大好きな声に全身が震えて、どうにかなってしまいそうだ。
「本当に、すまなかった……」
ラウレンツの深刻な声が、クラリッサの罪悪感を刺激する。
どうやらクラリッサが危険な目に遭ったことで、ラウレンツはとても責任を感じているらしい。
しかし、これはクラリッサのせいでもある。
格好付けようとして、ラウレンツに言わずに孤児院と教会に通い詰め、使用人に迷惑を掛けないようにと黙って行動していたのだ。
公爵夫人として、もっと気を付けるべきだった。
アベリア王国での監視の日々から逃れられたことで、すっかり気が抜けていた。
「そ、そんな。謝らないで。私だって隠れて色々していたから──」
「いや、私が悪いよ。このまま目覚めなかったらどうしようかと」
ラウレンツの声は、後悔に震えている。
クラリッサはようやく気付いた。
外は綺麗な晴天で、雲一つない。事件のときには大雨が降っていたにも拘わらずだ。もしかして、丸一日眠ってしまっていたのではないか。
嫌な予感がしたクラリッサは、おずおずとラウレンツに問いかける。
「──私、どれくらい眠っていたの?」
「三日だよ」
「三日!? ……っ!」
あまりのことに大きな声を出したクラリッサは、乾燥した喉が痛んで咳き込んだ。
ラウレンツがクラリッサを抱き締める腕を離して、サイドテーブルから水が入ったコップを差し出してくる。
クラリッサは小さく咳き込みながらコップを受け取って、ゆっくりと喉を潤した。
コップが空になると、ラウレンツが受け取ってテーブルに置く。
自由になったクラリッサの手が、ラウレンツの手に包むように握られた。
「四十度を超える熱が出たんだ。なかなか下がらなくて、心配した」
「それは……本当にごめんなさい」
三日も目覚めなければ、誰だって心配するだろう。
いくら悪女相手であったとしても、望まぬ妻であったとしても、それによって子供達が助かったのなら、これくらいの対応はして当然かもしれない。
ようやく落ち着いてきたクラリッサは、三日分の後れを取り戻すため寝台を出ようとした。
新聞と手紙を確認して、休んでしまったお詫びの手紙を教会に出して、代わりの授業の日程を決めなければならない。
商人のドミニクとも子供達の教材の件で約束をしていたから、予定通りできるかカーラに確認しなければ。
手をついて動かした重い身体が、ラウレンツの腕で寝台に戻される。
力が入らない身体は、簡単に寝台に戻された。
え、と思ったときには、また布団を掛けられ、盥の水に入れて冷やされたタオルが額に乗っている。
ラウレンツが不機嫌そうな顔でクラリッサを見下ろした。
「……必要な連絡は私がするから、貴女は完治するまできちんと休むように。良いね?」
「でも」
ラウレンツが反論しかけたクラリッサを制して、起き上がれないように布団の上からクラリッサの肩を押さえる。
「分かった?」
強引な言葉に、引き攣った顔。
これ以上クラリッサが何かを言えば、次の瞬間には怒られてしまいそうだ。
ちぐはぐな感情を孕んだ表情に、クラリッサはひくりと口角を震わせて身体の力を抜いた。
「分かった。分かったから……」
クラリッサが大人しく横になると、ラウレンツは侍医を呼んで来ると言って部屋を出ていった。
代わりに入ってきたカーラが、目覚めたクラリッサを見て目を見開く。
「クラリッサ……様……?」
カーラの目から涙が零れる。
「──心配掛けてごめんね、カーラ」
クラリッサが微笑むと、カーラはその場にぺたりと頽れ、子供のように泣き出した。




