7章 何かご用でしょうか
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早足で歩くクラリッサを、カーラが周囲に目を配りながら追いかけてくる。
「ねえ、カーラ。次はあのお店に行ってみましょう」
「クラリッサ様、そんなに急がなくても!」
「でも、書店だけでもこの通りに四店あるのでしょう? どんどん見ないと授業の時間になってしまうわ」
クラリッサはいつもより身軽な服装で、久し振りの商業地区を楽しんでいた。
今日は午後から教会で授業がある。
そのためクラリッサは、午前中のうちに子供達に本を買おうと思い、カーラと共に買い物に出たのだ。
「ここの店は、特に子供向けの絵本が豊富なようですね」
カーラが書店の前で言う。
書店には可愛らしい動物が彫られた看板が掲げられており、店頭に積み木や馬車のおもちゃが『あそんだらかたづけてね』という文字と共に置かれている。
「そうね。ここなら良いものがあるかしら」
クラリッサは早速書店に入り、中に並んだ薄く大きな本を一冊引き抜いた。
ぱらぱらと目を通すと、その本は神話に基づいたもので、教会が身近な子供達には良さそうだった。
シリーズを全てまとめて取り出してカーラに渡す。
中途半端に買っても仕方ないのだから、たくさん読めるように馬車に積めるだけ買えば良い。
他に良い本がないだろうかと考えながら、クラリッサは先日の子供達のことを思い出す。
たくさんの未来の可能性がある、という言葉を聞いた子供達は、驚いた顔をしていた。
そもそも子供達は、孤児院と教会のことしか知らない。外に働きに出る子供達はその仕事のことなら知っているだろうが、他の子供達のように多くの職業を知り、触れる機会もないだろう。
ならば、せめて本から様々なことに触れてほしい。
森の動物達のレストランや、妖精達の学校、女神の化粧品。
色の多い本は高価だが、クラリッサは気にせず選んでいった。
あまりの本の多さと金額に驚いた店主に、クラリッサは微笑む。そして、一枚の紙を取り出した。
「これらと全く同じ本を、ここにも届けたいの。お願いできるかしら」
書かれているのはクラリッサが行っている他の孤児院だ。
本当は領内全てに配備したいが、クラリッサ一人だけではとてもできない。ならば、手の届くところから行動して、うまくいけば制度化してもらえるようにしたい。
ラウレンツは子供達のためになることなら、たとえ嫌いなクラリッサからの願いであっても受け入れるだろう。
紙を見た店主は、クラリッサが高位貴族の人間だと気が付いたようだ。
「か、かしこまりました。お代はどちらに──」
貴族達は大量に購入するとき、代金をつけにして家に請求させることが多い。クラリッサもそうだと思ったのだろう。
しかしクラリッサはカーラを呼び、持たせていた袋を受け取った。
中には金貨と銀貨がしっかり入っている。
クラリッサが自身のドレスや宝飾品を売って得たポケットマネーだ。
「ここで支払っていくわ。申し訳ないのだけれど、計算を頼めるかしら」
「は、はい。すぐに!」
店主が慌てて算盤を弾きながら、本のリストを作っていく。
店内の本を見ながらしばらく待ち、店主が計算した合計金額を払う。リストの確認も済ませて、本の山を前にクラリッサは気合いを入れた。
「よしっ。カーラ、一緒に運ぶわよ」
「クラリッサ様はお待ちください!」
「そんな。これ全部カーラにはやらせられないわ」
今日は孤児院に行く予定のため、クラリッサは御者とカーラしか連れてきていない。だから手伝おうかと思ったのだが、どうやらカーラは受け入れがたいようだ。
とはいえカーラだけに運ばせる量ではないと思い、控えめに四冊を抱えて外に出る。
「あら……」
外は激しく雨が降っていた。
先程までは曇りだったのに、いつの間に降り始めたのだろう。ざあざあと滝のような雨音が、周囲の音を飲み込んでいる。
突然の雨のせいで、道を歩いていた通行人は皆どこかで雨宿りをしているようだ。
カーラが眉間に皺を寄せる。
「これじゃ本が運べません……馬車をこちらに寄せてもらいましょう。クラリッサ様、少々お待ちくださいませ」
馬車には店の邪魔にならないように、道の端で待ってもらっていた。
カーラはクラリッサが引き留めるのも構わずに本を置き、店主に借りた傘を差して駆けだしていった。
一人残されたクラリッサは、本が濡れないよう店内に置き、また軒下に戻ってきた。
傘を差していても足下は濡れてしまうだろう。もしカーラに必要ならば、孤児院に行く前に新しい靴を買わなければ。
ぼーっと雨を眺めてカーラの戻りを待っていると、突然クラリッサの前にがたいの良い男性が三人立ちはだかった。
誰も傘を差していない。
見るからに異様な風貌の男性に囲まれ、クラリッサは背筋を伸ばし正面の男性をきいっと睨み付ける。
「──私に、何かご用でしょうか」




