7章 ゆっくりお話ししたくて
「まあ、クラリッサさん。そんなに固くならなくていいのよ」
ふふ、と笑いが漏れた口元を半分だけ開いた扇でそっと隠す姿が上品だ。
欠点の見当たらない嫋やかな美しさ。
それはラウレンツが確かにレオノーラから受け継いでいるものだろう。
エルトル夫人がクラリッサに同情的な目を向ける。
「レオノーラ、そんなことを言ってもお嫁ちゃんには怖いだけじゃないかしら」
「そう? 私、怖いかしら」
「貴女だって皇妃様は怖いでしょう」
「……それもそうね」
レオノーラは小声でそう零して、その一瞬が嘘だったかのようにまたすぐに完璧な微笑みを浮かべる。
クラリッサはその表情の変化に背筋が伸びた。
「ああ、警戒しなくて良いのよ。クラリッサさんの話を聞いたから、ゆっくりお話ししたくて。皇城だとどうしても他の人の目があるから」
「私がクラリッサ様をお呼びすると話したら、レオノーラが『私も話したい』と言うのだもの。予定が合うのを待っていたらすっかり時間が経ってしまったわ。今日は私達三人だけだから、気を遣わずにゆっくり過ごしましょう」
侍女がテーブルの椅子を引く。
エルトル夫人だけでも緊張するのに、レオノーラまでいる。
気を遣わないなんてできるわけがない。
クラリッサは少しも失敗しないよう気をつけながら、せめて落ち着こうとゆっくりと腰を下ろした。
注がれた紅茶から、花の香りが広がった。
「どうぞ、飲んでみて。私のお気に入りの紅茶なのよ」
「ありがとうございます」
エルトル夫人に勧められたクラリッサは、カップを持ち上げ、一口飲んだ。
口当たりが柔らかいのに華やかな味でとても美味しい。ゆっくりと口の中で味わってみると、クラリッサもよく知る香りだ。
「美味しいです。これは……パッションフラワーとカモミールがブレンドされているのでしょうか。とても華やかで優しい味ですね」
「まあ! クラリッサさんは茶葉にも詳しいのね」
レオノーラが言う。
クラリッサは首を左右に振って苦笑した。
「いえ。薬草として扱ったことがあるだけです」
その効能を期待されて茶に使われる植物は、薬草としても重宝する。
この二つはリラックス効果のため、不眠の症状があるときにハーブティーとして処方されることも多いものだ。
エルトル夫人がクラリッサの言葉に首を傾げた。
「アベリア王国の薬草学は、我が国でも取り入れているところだと聞いております。クラリッサ様も薬草を扱われるのですか?」
「ええ。王族は皆、幼いうちに基本的な薬草学を覚えることになります。私は、その後も個人的に使うことがあり……」
まさか悪女を演じるために、貴族子息に睡眠薬を盛ったり、自白剤を使ったりしていたとはとても言えない。
クラリッサは言葉を濁す。
レオノーラが楽しげに笑った。
「まあ、すごいのね。それなら、孤児院で子供達に勉強を教えていたというのも納得だわ」
「ご存じでいらしたのですか……」
クラリッサはその言葉に驚き息を呑んだ。
レオノーラが頷いて話し出す。
「ここだけにしてほしいのだけど、私の立場もあって、貴女のことは入国からずっと見て、調べさせてもらっていたの。ラウレンツの母としてではなくて、この国の皇太子妃として。……意味は分かるわよね?」
クラリッサは、それも当然のことだろうと思った。
異国の王女を妻として迎えるというのは、もたらされる利益も大きいが、間諜であったり権力志向が強い場合には被害は甚大だ。
皇太子妃としては、クラリッサにそういった様子が見られれば、勢力を拡大されないよう囲い込んだり、勝手に動けないよう邸に軟禁する指示を出す必要もあるだろう。
「はい、分かります」
はっきりと返事をして、レオノーラを見た。これから何を言われるのだろうと思うと怖い気持ちもあったが、俯いてはいけないと思った。
「ねえ、クラリッサさん」
レオノーラが言う。
「──貴女、世間で言われているような悪女ではないわよね」
クラリッサは目を見張った。
悪女の定義が何か、クラリッサには分からない。それでもレオノーラはその立場上、クラリッサが最初に挨拶をしたときも、結婚式で露出の多いドレスを着ていたときも、そこにいた筈だ。
調べていたと言うのだから、当然クラリッサがアベリア王国の者達に冷たく当たっていたことも、夜会でレベッカ達をやり込めたことも知られているだろう。
悪女だと糾弾されても文句は言えないと思っていた。
予想外のことに、クラリッサは何も言えなくなる。
「あのね、私はクラリッサさんが悪女でない方がありがたいのよ? 息子の結婚相手が普通にしっかりした良い子だったんだから」




