6章 良い声だなあと思っていると
「慈善事業ですか」
「ええ。普通と言えばそうだけれど、私、アベリア王国ではちゃんとやってはいなかったもの」
意外そうに言うカーラに、クラリッサは言う。
アベリア王国ではクラリッサは慈善事業をしているとばれたら悪女らしく見えないため、仕方なく浪費という名目で買い漁ったドレスをカーラに処分させて、予算も寄付も少ない郊外の孤児院に寄付していた。
「カーラ、エルマーから領内の孤児院のリストを貰ってきてくれる?」
「かしこまりました、すぐに」
カーラが部屋を出て行って、クラリッサはいつも使っているショールを肩に掛けた。
問題なくリストを持って戻ってきたカーラと共に部屋を出る。
もう行きつけとなった図書室で、実際の運営状況を調べた。流石ラウレンツと言うべきか、書類上追加の資金援助が必要なところは無いようだ。
適切な金額が、皇都の中心部に固まることも無く、適切に分配されている。
「すごいわ。お父様にも見習ってほしいくらい」
大抵の貴族は、都心部や領地の中でも観光地周辺に寄付をしたがる。その方が自分の功績が多くの者に見られるからだ。
クラリッサの父親である国王はその傾向が強かった。
しかし、ラウレンツはまだ若いのに、隙間無く支援の手を伸ばそうとしているのだ。
「……そうですね」
「ふふ。カーラもそろそろラウレンツのことを認める気になった?」
「公爵様のことは仕事についてはできる方として認識しております」
カーラはクラリッサと結婚したラウレンツのことをまだクラリッサの夫として認めていない。どうやら結婚式からここまでのクラリッサの扱いに対して不満があるらしい。
「良い方よ」
「クラリッサ様はあのような態度が気にならないのですか!?」
カーラがクラリッサにも怒ってほしいのだというように言う。
クラリッサはカーラが怒っている原因のラウレンツの言動を思い出す。
確かに、酷いことも言われた気はするが。
「うーん……良い声だなぁ、と思っていると、どうでもよくなるのよ。カーラはあの声を聞いてくらっとしたりしないの?」
「申し訳ございません。私には分かりかねます」
「そうよね、好みもあるものね」
クラリッサは素直に頷いて、また資料に目を落とした。
「……とにかく、まずは一番近くの孤児院からにしましょう。そのうちもっと遠くまで出ようと思うけれど、今は御者達ともあまり仲良くないし、その方がきっと良いわ」
しばらく通おうと思っているので、面倒に思われたら困る。
これからフェルステル公爵家の使用人達とは長い付き合いになるのだ。第一印象は最悪だろうが、少しずつよくしていきたい。
「なんでクラリッサ様が御者の気持ちまで気遣われるのですか……」
「あら。女主人だもの、当然でしょう」
堂々と言ったクラリッサに、カーラが呆れたような顔をする。
「はぁ……そうでございますね。いつ出られますか?」
クラリッサは壁に掛けられた時計を見て、時間を確認する。後二時間ほどでラウレンツが帰ってきて夕食の時間となるだろう。
「そうね。今日はもう遅いから、明日にしましょう。丁度良い服はあるかしら」
あまり華美な服は好まれない。むしろ街に溶け込むくらいでも良い。
衣装部屋の中を思い出そうとしたクラリッサは、しかし思い出せずに首を傾げた。
「キャシーに頼んだ服……覚えている?」
「丁度数日前に追加でお忍び用の服を持っていらしております。後ほど確認なさいますか?」
「ありがとう。そうするわ」
クラリッサはカーラの提案に頷いて、立ち上がった。
翌日、クラリッサはキャシーに用意してもらっていた服に身を包み、髪の毛を緩く三つ編みに纏めて家を出た。
茶色のスカートとベストを白いブラウスに合わせたシンプルな装いだ。
赤と紺のチェックのリボンが胸元に付いていて、落ち着いた中にも可愛らしさのある印象になる。
人当たりの良い御者に馬車を頼み、クラリッサは王都の隣にある領地の、一番王都に近い孤児院に向かった。
孤児院は古くなった役所を改装した建物のようで、全体的にすっきりとした作りだが、アベリア王国のものよりも土地が広い。
「住みやすそうね。管理者は隣の教会の神父だったかしら」
「はい。他に、ここの孤児院出身の者が数名働いているようです」
馬車を降り、建物の中に入る。
昨日のうちにカーラに手紙を出させていたため、クラリッサが来ることを知っていた神父は落ち着いた態度で出迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました、奥様」
「急にお邪魔してごめんなさい。見学させてもらいますね」
「どうぞ、ご自由にご覧いただいて構いません」
神父はそう言ってクラリッサを中へと導いた。
施設の中は古いながらもよく掃除され整理されていた。
この時間、年齢が上の子供達は外で働いている子もいるそうだ。
奥の部屋ではまだ幼い子供達が、職員の指示で何やら作業をしていた。




