6章 私の薬草箱を持ってきて
夜会の翌朝。
クラリッサは寝台の端に腰掛けたまま、顔を青くしていた。
「──どうしようかしら……っ!」
悪女脱却を目指していたはずなのに、昨夜のクラリッサは、これでもかと悪女だった。
クラリッサに足を引っかけて絡んできたレベッカ達に対して威嚇をして、とても嫌みな言い方でやり返した。
しかもそれを、途中からのようだがラウレンツに聞かれてしまっていたらしい。
折角夜会の途中までうまくいっていたというのに。
昨日のラウレンツはクラリッサのことを名前で呼んでくれるようになり、ドレス姿を褒めてくれ、一緒に踊ってくれた。
ずっとエスコートしてくれていたため、これまでになく距離も近かった。
思い出すと、今度は顔が赤くなる。
「どうしようかしら、は私の台詞ですよ、クラリッサ様」
「私だって分かっているわよ。エスコートしてくれたのもドレス姿を褒めてくれたのも、貴族としては当然の振る舞いだからよ。名前呼びも気軽な喋り方も、周囲の目があることを気にして変えてくれたこと。だから、私のためということではないの」
クラリッサはしゅんと落ち込んだ。
少しも隠し立てせずころころと表情を変えるクラリッサに、カーラが溜息を吐く。
あまりに騒ぎすぎて、呆れられてしまっただろうか。
クラリッサは慌ててカーラに話しかける。
「ごめんなさい、カーラ。昨日色々ありすぎて、心の整理ができていなくて……!」
「ええ、色々あったのでしょう。本当に色々あったのでしょうね」
「そうなのよ。聞いてくれる!?」
帰宅が遅かったこともあり、昨夜は入浴だけしてすぐに眠ってしまった。カーラとも他の侍女達ともほとんど会話をしていなかったため、クラリッサは誰かに話したくて仕方がなかった。
しかしカーラは、クラリッサの前で真剣な顔で仁王立ちをする。
「──その前に、この足がどうしてこんなことになっているのか教えてください!」
クラリッサはきゅっと唇を引き結んだ。
寝台に座っているクラリッサの右足首は、熱を持ってしっかりと腫れている。
ラウレンツと合流した後も、夜会の最中ずっと足を労ることなく無理をして細いヒールで立ち続け、帰宅しても全く顔に出さず、手当てをしないまま眠ってしまった。
朝起きたらこの状態で、流石のクラリッサもこれはまずいと思って眺めていたところを、カーラに見咎められたのだ。
「ええと……ちょっと、喧嘩をして」
「まさか、どなたかに喧嘩を仕掛けたのですか?」
「違うわ。喧嘩を売られたからやり返したの」
アベリア王国では自分から揉め事を起こしていたクラリッサだが、流石に嫁いで早々異国の社交界で自分から喧嘩を売るなんてことはしない。
クラリッサの返事に、カーラは呆れたように眉を下げた。
「……だからといって、無茶しすぎですよ。もっとご自身の身体を労ってください」
「気を付けるわ……」
クラリッサも反省はしていた。
いくら格好付けていたとしても、帰宅後疲れて何もせずに眠ってはいけなかったのだ。せめて、炎症止めだけは塗っておくべきだった。
「でも、折れてはいないわ。捻って炎症が起きているだけよ」
「いくらクラリッサ様でも、折れていたら朝まで眠っていられないと思います」
「ふふ、そうよね」
眠るのが遅かったため、今朝のクラリッサはいつもより朝寝坊だ。
ラウレンツはもう出かけてしまっているらしい。
これなら、ラウレンツに怪我をしたことを気付かれずにいられそうだ。あんなに格好つけておいて、怪我をしたなど恥ずかしくてとても言えない。
都合が良い状況に、クラリッサはほっと息を吐く。
「カーラ、昨夜の疲れが残っているから、この部屋で朝食をもらうと伝えて。それから、私の薬草箱を持ってきてくれる? 確かカーラの荷物に入れてもらっていたわよね」
アベリア王国からクラリッサが持ち込む荷物は外務の職員達が確認していた。そのため、クラリッサは悪女らしくないものを持ってくるために、カーラに頼んでカーラの持ち物を装わせた。
その内の一つは、薬草箱だ。
薬草学に秀でているアベリア王国の王女らしく、クラリッサも簡単な薬の調合ならばすることができた。
薬草についてはアベリア王国の王族として充分な程度の知識もある。
「かしこまりました。ご用意しますから、大人しくしていてくださいね」
カーラが部屋を出て行く。
クラリッサはそれを見送って、怪我をした右足を庇いながら机へと向かった。
毎日の日課の手紙の確認だ。
昨夜が夜会だったこともあり、届けられている手紙はいつもよりも少ない。余所の貴族達も今朝はゆっくりの者が多いのだろう。その分、今夜以降は一気に増えるかもしれない。
クラリッサは取り急ぎ手元にある手紙を、返事が必要なものとそうでないものに分けていく。返事が必要なものは数枚で、クラリッサはすぐにペンを持ち手紙を認めていった。




