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きまじめ悪女の薬箱〜初恋の皇子様に嫁ぎましたが、彼は私を大嫌いなようです〜【書籍化・コミカライズ決定】  作者: 水野沙彰
第1部

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5章 貴女はそんな顔をしていましたっけ

 ラウレンツはクラリッサのドレスに興味があるようだ。


 クラリッサはここにきて初めてラウレンツがクラリッサのことに興味を持ったことに感動した。

 今日まで、クラリッサが持っているドレスについて気にしたことなどなかったのだ。これは大きな進歩だ。

 クラリッサのドレスを新調しようなど、クラリッサを見ていなければ出てこない言葉だ。見ていないふりをして、しっかり悪女ドレスを着ていたクラリッサを見ていたのだろう。


「ラウレンツ様、私のドレスが見たいのですかっ! それではこの後すぐ私の部屋に──」


「いやいい。行きません! 大丈夫です!!」


「でも、きっとご満足いただけますわ! 自分は変態ではないとはっきり仰るラウレンツ様でしたらきっと──」


「ちょっ、そういう言い方は止めましょう!? ……はあ。そんなに言うのでしたら、サロンで見ますから侍女に持ってこさせてください」


 ラウレンツが深い溜息を吐き出しながら言う。

 クラリッサはまだラウレンツが自分と会話をするつもりがあるのだと知って嬉しくなった。満面の笑みで振り返り、壁際で控えているカーラに指示を出す。


「分かりましたわ! カーラ、お願いね」


「かしこまりました」


 カーラが一礼して食堂を出て行く。

 クラリッサが視線をラウレンツに戻すと、ラウレンツはどこか疲れたような顔で、運ばれてきてきた食事を見下ろしていた。


「──今日の食事も美味しそうですわ。国によって調理方法が違うのも、大変興味深いですわね」


 クラリッサは目の前の人参のムースをスプーンで掬った。

 人参を丁寧にすり潰してムースに仕上げるなんて、アベリア王国ではまずやらない調理法だ。アベリア王国の食事はどちらかというと素材そのものを活かしたものが多い。


 例えば人参の嫌いな子供でも、このムースならば食べることができるかもしれない。

 子供の頃に人参が好きではなく、残そうとして叱られたことを思い出しながら、クラリッサは人参らしさが薄まったムースを口に運ぶ。

 今はもう人参が嫌いではない。勿論料理人もクラリッサがかつて人参を嫌いだったことを知らないだろう。


 それでも、そんな幼少期の自分ごと優しくされたような気がして、クラリッサの心がふんわりと温かくなった。





 食事を終えたクラリッサは、早速ラウレンツと共にサロンに移動した。

 カーラがクラリッサの部屋からドレスを持ってきてくれていて、サロンで一番大きなソファの上に広げて置いてある。


「ラウレンツ様、こちらですわ」


 クラリッサもキャシーが持ってきたときには、あまりの美しさに着るのが楽しみになったドレスだ。ラウレンツが気に入ってくれたら良いと思った。

 ラウレンツがクラリッサの後をついてきて、ソファの上のドレスを見る。


 そして、息を呑んだ。


「これは……!」


 キャシーが仕立ててきたのは、青いドレスだった。

 極端な露出は無く、胸の部分は灰色の繊細なレースで覆われている。背中も首の下部分の最低限の露出を除き、肌が見えがちなところは同じレースで覆われていた。

 絹の美しさを活かして緩やかに広がっていくスカート部分には幾重にも布が重なっており、その隙間から胸元と同じ灰色のレースが覗いている。

 腰のリボンはドレスの生地にレースを巻いたもの。

 手袋も灰色のレースで、端に控えめな青いフリルが付いている。

 髪飾りは赤い薔薇をモチーフに、青い布とグレーのレースがあしらわれている。


 全体的に青と灰色でまとめたそのドレスは、クラリッサの髪色とラウレンツの目の色に合っていて、とても美しかった。

 一緒に用意したルビーのイヤリングとブローチは、クラリッサの目の色に合わせたもので、落ち着いた印象のドレスに華やかさを添えていた。


 まだ十代のクラリッサが着ても落ち着きすぎないが、公爵夫人らしい上質さもあった。

 キャシーのデザインにも仕立屋の腕にも感嘆する出来である。


「素敵でしょう? 私、このドレスを着て出席したいと思っておりますの」


 ラウレンツがドレスを手に取って、全体をまじまじと観察している。

 それから案内してきたクラリッサに目を向け、また驚いたように固まった。


「貴女は……そんな顔をしていましたっけ」


「化粧を変えましたの。似合っておりますか?」


「今の方がずっと素敵だと思います。服もよく似合っていますよ」


 さらりと当然のように飛び出した賛辞に、クラリッサは息を呑んだ。


「あ……っ、りがとうございます……!」


 こんなに率直な褒め言葉をもらうなんて思わなかった。

 頬が赤くなって、言葉に詰まってどもってしまう。大人なのにまるで子供のように不器用な態度を取ってしまったことが恥ずかしかった。

 それに釣られたのか、ラウレンツの頬も僅かに赤くなる。


「い、以前の格好はとても品があるとは思えませんでしたからね。化粧も元が良いのに無駄に濃く塗りたくって……ではなく、まるで道化のようでしたし。見た目だけでもまともになってくれて本当に良かったです」


 早口でまくし立てるように言われて、クラリッサは驚き目を見張った。

 美しい音楽のような声が崩れて、曲調が乱れる。


「当日はそのドレスを着てください。詳細はエルマーに伝えさせます。それでは、仕事があるので失礼します」


 ラウレンツがクラリッサに背を向けて、早足でサロンを出て行く。

 クラリッサはしばらく真っ赤な顔でその背中を見つめていたが、ラウレンツが見えなくなってからとんでもないことに気がついた。


「も、もしかして──悪女ドレスしかなかったら、ラウレンツ様とデートができていたのかしら!?」


 両手で口元を押さえ、がくりと膝をつく。


「そんな……! 折角のチャンスを不意にするなんて、私何してるの!?」


 サロンの中にいるのは、クラリッサとカーラのみ。

 返事の代わりに、カーラがクラリッサに聞かせようとするように深く深く溜息を吐いた。

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