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きまじめ悪女の薬箱〜初恋の皇子様に嫁ぎましたが、彼は私を大嫌いなようです〜【書籍化・コミカライズ決定】  作者: 水野沙彰
第1部

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5章 今すぐドレスを用意しなければ

 食堂では、先に起きていていたらしいラウレンツが新聞を読んでいた。


「おはようございます」


 クラリッサはいつものように、微笑みを浮かべて挨拶をする。

 いつもならば短く同じ言葉が返ってきて、以降会話はないのだが。クラリッサが椅子に座ると、ラウレンツが新聞を畳んで使用人に渡した。

 今日はどこか、様子が違う。


「おはようございます、王女様」


 変わらぬ嫌みな態度ではあるが、それでもいつもより少し声が柔らかい気がする。

 クラリッサはラウレンツの声に関しては誰より真剣に聞いている自信があるため、細かな変化も見逃さないのだ。


 今日はラウレンツもこれから食事をするようである。

 というよりも、これは、クラリッサと共に食事をしようとしているのではないか。

 今日までほとんど無視されていて、連絡は全てエルマーかカーラを通していたにも拘わらず、どういう心境の変化だろう。


 ラウレンツが二人分の食事の支度をするよう指示をする。

 クラリッサは嬉しい気持ちと何かやらかしてしまったかと不安な気持ちに挟まれて、落ち着かないままラウレンツの表情を窺う。

 そういえば、しばらくちゃんとラウレンツの顔を見ていなかった。

 綺麗な顔なのに、声にばかりかまけていたのだと気付いて、自分の視野の狭さに気付かされる。

 しかし改めて顔を見ると、綺麗ではあるのだが、眼鏡の奥の瞳はどこか冷たいし、クラリッサに向ける視線にも親しげな感情はない。

 何故急にこんなことをしようと思ったのだろう。


「あの、どうかされたのですか? 食事……」


「……共に食べてはいけないのですか」


「いいえ、いいえ! 嬉しいですわ!!」


 下手なことを言って、ラウレンツが引っ込んでしまったら勿体ない。クラリッサは首をぶんぶんと左右に振って、グラスの水に口を付けた。

 ちらちらとラウレンツに目を向ける。

 黙っていても、ラウレンツはとても格好いい。

 視線に優しさは感じられないが、それでもこうして見ていると、幼いあの日の姿に重なる気がする。


 はっきりと、全ての景色を覚えているわけではない。

 ただ、束の間の穏やかで胸が弾む時間だったことだけは、強く印象に残っている。

 甘さのある顔と理知的な瞳の組み合わせは、まるで懐かない猫のようでもある。そう思うと、冷たい視線すら愛おしく感じてくるから不思議だ。


『一緒に頑張ってくれたらとっても嬉しい』


 幼い日の甘い声。

 年上らしくクラリッサを勇気づけようとしてくれた、あの穏やかな表情。

 あのときの少年がこんなにも立派に成長したのだと考えるだけで心が満たされる。


「ああ……こんなに幸せで良いのかしら……」


 クラリッサはつい独り言を漏らした。

 ラウレンツが怪訝な顔をして、クラリッサの方を見る。

 目が合って、慌てて逸らした。変な人だと思われるわけにはいかないのだ。

 しかしクラリッサと違い、ラウレンツはクラリッサから視線を逸らさない。

 どうしたのだろう、と思って少しずつ視線をラウレンツに戻した。


「──少しよろしいですか」


 真面目な声にときめきが止まらない。

 さっきまで幼い頃に思いを馳せていたこともあり、すぐに緩んでしまいそうになる頬を必死で引き締めた。


「はい。何でしょうか?」


「夜会に招待されました。皇城でのもので、断れません。参加してもらえますか」


 夜会。夜会。

 クラリッサはラウレンツの言葉を反芻する。


「もしかして、私がラウレンツ様のパートナーとして出席するということですか!?」


「他にどういう意味があるというのですか? 結婚したばかりの人間が妻以外の女性を伴って皇城の夜会に出席なんかしたら、それだけで結構な醜聞でしょう。貴女にもそれくらい分かりますよね」


「分かりますとも!」


「……そうですよね。ですが夜会は今週末ですから、今すぐドレスを用意しなければいけません。オーダーしていては間に合わないので、今からですと店に買いに行くしかありません。私が予定を空けられるのは……ええと」


 側に控えていたエルマーが、ラウレンツの予定を書いた手帳を開く。

 ラウレンツはまるでクラリッサがドレスを持っていないとでもいうように、買いに行く算段をつけ始めていた。


 しかしクラリッサは社交界デビューの少女でもない。

 ドレスを持っていないなど、ありえないと思うのだが。


「ドレスなら私、持っておりますが」


 ラウレンツが隠すつもりもなく顔を歪めた。


「あんなデザインのドレスを着て私の隣を歩こうなんて、考えないでください。妻がそういった格好をしていると、白い目で見られるのは私なのですよ? 私には露出した妻を連れ歩くような個性的な性癖はありませんし、周囲からそう思われるのも御免です。ですから、貴女はオーダーでなければ嫌と言うかもしれませんが、必ず新しいドレスを──」

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