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きまじめ悪女の薬箱〜初恋の皇子様に嫁ぎましたが、彼は私を大嫌いなようです〜【書籍化・コミカライズ決定】  作者: 水野沙彰
第1部

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5章 悪女が馴染めるわけがないわ





 クラリッサが日中図書室に籠もるようになってしばらく経った。

 クレオーメ帝国内に伝わっている歴史と礼儀作法、貴族名鑑。フェルステル公爵家の領地のここ数年間の報告書と、地域に伝わる土着信仰。

 アベリア王国に届く情報は数年遅れかつ、不確かな情報も多い。

 そのため、こうしてクレオーメ帝国内の本、それもフェルステル公爵家が蒐集している本の情報は最新かつ正確で、クラリッサも驚かされるものが多かった。


 朝起きて、嫁いだばかりよりは距離が縮まった侍女達に着替えを手伝ってもらい、ラウレンツの食事時間にできるだけ合わせて食堂に行く。

 ラウレンツは相変わらずクラリッサの方をほとんど見ない。クラリッサの装いが変わったことにも、気付いているのかいないのか。


 自室に戻って一休みして、新聞と手紙を確認すると、図書室へ行く。

 持ち出すときには言え、とエルマーに言われていたため、クラリッサはエルマーに報告せずに済むように、ほとんど図書室の中に籠もって読んでいた。

 昼食を食べ、運動のために庭園を散策し、また図書室へ。

 夕食を済ませ、手紙があれば確認し、寝支度をする。


 ラウレンツに会うことはほとんどない。友人はいないから交友もなく、外出する用事もない。クラリッサは自分の立場から、それは当然のことだと認識していたし、嫌だとも思わなかった。

 むしろアベリア王国でしていた悪女のふりをしなくて良くて、ベラドンナ王国側である王妃から要求される悪事もない。

 そんな日々は子供の頃以来で、とても穏やかで幸せだった。


 そんなある日の朝、カーラがいつものように手紙を持ってきた。しかし、最近は純粋な笑顔が増えていたカーラの表情に少し陰がある。

 クラリッサは覚悟を決めて、カーラに問いかける。


「──なにか、あったのかしら?」


「申し訳ございません……」


 カーラがおずおずと手紙の束を差し出してくる。

 クラリッサの元に届く手紙は、皇都の貴族令嬢と貴族夫人からの結婚祝いと挨拶の手紙か、キャシーからのドレス制作の進捗報告だ。


 しかしその一番上に重ねられた手紙の封蝋には、見慣れた紋章があった。

 平和な暮らしに慣れかけていたクラリッサも一瞬血の気が引く。しかし王女らしく、すぐに優雅に微笑みを浮かべて見せた。

 ここには、他の侍女もいる。


「あら、カーラに何を謝ることがあるというの? 私の実家からの手紙じゃない」


 クラリッサは平静を装って、手紙を開けた。

 中には結婚を祝い、異国での生活を心配する文章が綴られている。

 そこに書かれた『困ったことがあればなんでも母様に報告するのですよ』という文字に、クラリッサの胸がぎゅと締め付けられた。


 クラリッサは母親から、クレオーメ帝国についての情報を流すよう言われている。

 クラリッサ自身に母親の言うことを聞く気がないとしても、そういう命令をされているということに変わりはない。

 そのことを、急に寂しく感じたのだ。


「返事を書くわ」


「かしこまりました」


 クラリッサは机に向かい、抽斗から取りだした最も簡素なデザインの便箋にペンを走らせる。

 はっきりと拒絶してしまっては、アンジェロに危険があるかもしれない。クラリッサの変化に気付かれるわけにはいかない。


「ええと……『これまでと違うことが多く、なかなか馴染めないでいます』っと」


 クラリッサの返事に、カーラは首を傾げる。


「それでよろしいのですか?」


「良いのよ」


 クラリッサは結びの挨拶までしっかりと書いて、封蝋を押した。

 少しでも早く冷えるようにと扇で優しい風を送りながら、カーラに説明する。


「だって、『悪女』の私がそう簡単にクレオーメ帝国の社交界に馴染めるわけがないじゃない?」


「あ──」


 クラリッサはアベリア王国では有名な悪女だ。一人でいる貴族令嬢のことは虐め、気に入った男性は振り回して捨てる。

 しかし、それができるのはクラリッサが独身だったからである。


 今のクラリッサは既婚者だ。

 それも、皇帝の直系子孫の一人であるラウレンツの妻。

 そんな女性と火遊びをしようとする男性などそうそういないだろう。そして女性にはきつく当たるため、同性の友人もできない。

 つまりクラリッサが悪女であると王妃が思い込んでいる限り、クラリッサがまともな情報を書かなくても納得してしまうのだ。


「ふふ。これを届けてもらってくださいな。隠し事はないから、邸から出す手紙と一緒に出して構わないわ」


「分かりました。……クラリッサ様って、本当は結構悪女ですよね?」


「そんなことないわ」


 クラリッサは悪女のふりをしているだけで、少しも悪事を考えたりはしていない。

 ただ、これまでの経験から王妃のいなし方を学んでいるだけだ。


「──食事に行きます。今日はラウレンツ様はいらっしゃるかしら」


 クラリッサは頬を僅かに染めながら、自室を出て食堂へと向かった。

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