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きまじめ悪女の薬箱〜初恋の皇子様に嫁ぎましたが、彼は私を大嫌いなようです〜【書籍化・コミカライズ決定】  作者: 水野沙彰
第1部

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4章 こういう服が好きだった





 カーラからクラリッサの頼みを聞いたエルマーが、翌日に自身が邸内を案内すると言ってくれた。クラリッサは感謝して、十時からと時間を決める。


 その日も、クラリッサは侍女達に着替えを頼んだ。

 そして、まだ半分も埋まっていないクラリッサの衣装部屋とそこに掛けられた新しい服を見て、侍女達は言葉を失った。夜の支度はカーラが請け負っていたため、昨日彼女達が見た服とは全く雰囲気も形も印象も全てが変わっていたのだ。


「今日は邸を見て回るつもりだから、動きやすいワンピースでも良いわね」


 クラリッサが言うと、言葉を失っていた侍女達はようやく自身の仕事を思い出したようで、慌てた様子で動き出した。

 その内の一人が、おずおずと口を開く。


「──……ご、ご趣味が変わられたのですか……?」


 悪女だという噂のクラリッサに問いかけるのは相当怖かったようで、少し手が震えている。

 クラリッサは小さく溜息を吐いて、仕方がないと小さく笑った。


「そうね……私、こういう服の方が、好きだったのよ。ずっと」


 本当は、夜会の中心で毎回決まった相手と踊っている清楚かつ華やかな令嬢達に、そして彼女達が着ているドレスに憧れていた。

 決してクラリッサが着るわけにはいかなかったそれらは、一粒一粒が充分すぎる輝きを持った宝石のようで、目を細めて見つめたことは数知れない。


 侍女は理解できないというような顔をしていたが、すぐにクラリッサがアベリア王国の王女であることを思い出したようだ。彼女達は元々クレオーメ帝国の皇城勤め。当然、王族や皇族の間には様々な制約や柵があることを知っている。

 侍女ははっとした顔をして、それからきらきらと輝く笑顔をクラリッサに向けた。


「では、選ばせていただきます!」


 話を聞いていた他の侍女達も、どうやらやる気になったようだ。

 やはり、服というのは素晴らしい。

 クラリッサは少しだけ侍女達との距離が近付いた気がして、嬉しくなった。

 約束の時間に迎えに来たエルマーは、出てきたクラリッサの姿を見て驚きを隠せないようだった。いつも冷静なエルマーにしてはとても珍しい。


「奥様……キャシー様の店で買われた新しい服とは、そちらのことでございますか!?」


 クラリッサは侍女達が着せてくれた服を見下ろす。

 今日はグレーのワンピースだ。

 柔らかな起毛素材で、胸元には膨らみを強調しない程度に上品なギャザーが寄っている。

 胸の下で同素材のリボンによる切り返しがされ、背中で結ばれている。袖がふわりと広がって袖口で窄まったデザインは柔らかさがあって、ふくらはぎを隠す程度の丈の短めなワンピースであっても清楚な印象になった。


「ええ。似合っているかしら?」


「と、とてもお似合いでございます。お部屋も素敵でございますね……」


 昨日ドミニク達が来ていたことには気付いていたが、まさか部屋がこんなに爽やかに可愛らしくなっているとは思わなかったのだろう。

 最も情報が集まるであろうラウレンツの補佐をしているのだから、クラリッサのアベリア王国での振る舞いも伝わっているはずだ。

 この変化に驚くのは当然だった。


 クラリッサはそれを承知していながら微笑んで、エルマーの驚きをなかったものとして処理した。


「ありがとう。折角こちらに来たのだから、やれることはやりたいと思ったの。早速、案内してくれるかしら。この機会に、カーラも一緒でいいかしら」


「勿論でございます。それではこちらからどうぞ」


 エルマーは上から順に案内することに決めたようだ。

 三階には上級使用人の執務室と仮眠室、広いサンルームがある。


 二階にはラウレンツの部屋と夫婦の寝室、クラリッサの部屋。ラウレンツの執務室と図書室。複数の客間と、使用人が茶を淹れるための給湯室があった。

 特に廊下の突き当たりにあった図書室は資料室でもあり、ラウレンツが皇子であったときからの領地の資料と、他領の特色ある施策等についてもまとめられているようだ。

 当然蔵書も多く、机も置かれた立派なものだった。


 一階には玄関ホールと、サロンと食堂。厨房、給湯室のほか、大広間と遊戯室もあった。

 皇都のタウンハウスであっても社交ができるように作られた大きな邸は、確かに臣籍降下した公爵が住むに相応しい邸だと感じさせられた。


 一階の廊下から庭に出た。

 美しくきっちりと整えられた前庭に対して、裏庭は自然を活かした作りになっている。

 緩やかな曲がり道を作るように植えられた木々、大きな温室、小川と池。川には橋が架かっていて、水音が心地良い。

 奥には小さな畑まであった。


 説明をしながら庭園をぐるりと回って廊下に戻ると、歩きやすい靴を履いてはいたが、クラリッサの足は少し痛んだ。


「──以上でございます。邸の中は自由に使っていただいて構いませんが、ものを動かす際には一声おかけください。庭の植物も同様です。今後、客室にお客様がお泊まりになる際にはお声を掛けさせていただきます」


「図書室の本は?」


「室内でお読みいただく分には問題ございませんが、持ち出す際には私に題名を伝えてくださいますと助かります。……旦那様がお読みになりたいというときに、見つからないと困ってしまいますので……」


 質問に歯切れ悪く答えたエルマーに、クラリッサは微笑んだ。


「分かりましたわ。そのようにさせてもらいますね」


「……ありがとうございます。他に質問はございますか?」


「いいえ、大丈夫。時間を取らせましたね」


「奥様直々のお申し付けですから。気にされることはございませんよ」


 エルマーは品の良い笑顔を浮かべて、クラリッサとカーラを部屋まで送り届けた。

 自室に戻ったクラリッサは、カーラ以外誰も見ていないのをいいことに、靴を脱いで足をソファの上に乗せた。

 カーラが小さく笑い声を上げてそれを見逃しながら、クラリッサに問いかける。


「それで、クラリッサ様はこの後どうされるおつもりですか?」


 クラリッサは視線を落として思考を巡らせ、ぱんと両手を打ち鳴らした。


「昼食後は図書室に行きましょう。知りたいことが、たくさんあるわ」


 にこりと微笑むと、カーラも微笑みを浮かべて一礼した。

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