4章 新しい部屋は最高です
一週間後、予定通り残りのドレス類を取りに来たドミニクは、家具と大量の金貨と銀貨を持ってきた。侍女に指示をして室内の模様替えを頼み、クラリッサはすっかり空っぽになった衣装部屋を見た。
これまでのクラリッサを縛っていた、悪女風のドレス達。
残っているのは今クラリッサが着ている一着だけで、それも今日何着か先に納品されたら、手放すつもりだ。
縫い止められた宝石のようにあまりに重かったそれらを、クラリッサはようやく全て手放すことができる。
「失礼いたします。お部屋の支度が整いました」
サロンで感傷に浸っていたクラリッサは、呼び出しにこれからの生活への希望を込めて立ち上がった。
クラリッサが部屋に戻ると、仮で取り付けられていたリネン類は全て外され、代わりに白っぽい淡い緑色のカーテンが取り付けられていた。
同色の布と白いレースを重ねた天蓋に、爽やかな可愛らしい小花が刺繍されたテーブルクロス。
花瓶の下の敷布にも同じように刺繍がされている。
壁に掛けられている花畑と風車の絵画もとても愛らしく、殺風景な印象だった部屋はまるで芽吹きを経て色づいていく春の日を思わせる仕上がりとなった。
「素敵ですわ。本当にありがとう……!」
クラリッサはドミニクにしっかり礼を言い、改めて自室を見渡した。優しい印象でまとまった部屋はとても居心地が良い。
クラリッサはテーブルの上に置かれている金に目を止めた。
「買い取りもしてくれてとても助かりました。今後、贔屓にさせてもらいますね」
「ありがとうございます。そう仰っていただきましたこと、身に余る喜びでございます」
「この硬貨は、注文した分を抜いてあるのですよね」
「ええ、はい。奥様へお渡しする分だけご用意させていただいております」
「分かりましたわ。……無理な願いを聞いてくれてありがとうございました」
クラリッサの謝辞に慌てながらも満足げに出て行ったドミニクを見送って、クラリッサはアベリア王国王城の自室よりも居心地の良いクレオーメ帝国の公爵邸に思わず苦笑する。
こういうのは、一般的に自分の実家をこそ良いものに感じるはずだろうと思い、そうでないのも当然だと思い直した。
アンジェロとエヴェラルドのことは気にかかるが、クラリッサがクレオーメ帝国にいる限り何もできることはない。
そしてクラリッサは嫁いできたのだから、どうにかしてラウレンツに相応しくある努力をしなければならない。
クラリッサは金貨銀貨を詰めた袋を机の鍵付きの抽斗にしまう。
ベラドンナ王国の人間が紛れ込んでいないことは分かったが、それでもこの公爵家の中でクラリッサはまだ余所者だ。個人的な金を預けるのは気が引けた。
この一週間で、クラリッサは自身の立場を充分に理解していた。
クラリッサに付けられた侍女達は、できるだけクラリッサに近付かないようにしているようで、部屋の片付けや来客のもてなし等の必須の仕事以外ではクラリッサが呼びつけなければ側に寄ってこない。
他の使用人も、それぞれの仕事の範囲では充分に働いているが、クラリッサと友好的にしようという者はいなかった。
唯一態度が変わらないのは執事頭のエルマーだ。
流石というべきか、クラリッサに対して良い印象は抱いていないであろうに、出会えば不自由は無いかと都度聞いてくる。親切な態度はカーラにとってもそうであるようで、警戒心が強いカーラはそのそつのなさが怖いと漏らしていた。
そして、ラウレンツはといえば。
「──……もう、食事も待ってもらえないのよね……」
クラリッサが最初に朝寝坊をして昼食も待たせたことが原因だったのか、ラウレンツは食事の時間すらクラリッサとは共に過ごそうとしなくなっていた。
ラウレンツが食べたい時間に食べ、クラリッサが偶然同じ時間に食堂にいたとしても、無視こそされないが、最低限の挨拶以外はしてくれない。
それでもクラリッサにとっては日に一度か二度だけでもラウレンツの声を聞くことは心身の健康のためにも最重要項目だ。
クラリッサはできるだけラウレンツの食事の時間と被るように部屋を出て、食堂で会えるように努力した。
ラウレンツは皇城で食べてくることも多いため、空振りも多いのだが。
「いいえ、まだ逃げられないだけましよ! 今日からは服装だって、ちゃんと──」
クラリッサが独り言で気合いを入れようとしたところで、部屋の扉が叩かれる。
「クラリッサ様、キャシー様がいらっしゃいました」
カーラの声が外から聞こえて、クラリッサはすぐに立ち上がった。早足で扉に向かうと、上がった気持ちのまま思いきり開ける。
「ありがとう、カーラ。今行くわ」
支度ならもうできている。
クラリッサは早足で部屋を出ると、走り出したい気持ちを堪えて一歩ずつ階段を下りた。
キャシーの姿が見えて、微笑みかける。
「──キャシー様、いらしてくださってありがとう」
「いいえ、私こそお呼びいただきまして誠にありがとうございます」
キャシーの後ろでは、従業員らしい女性達が次々と箱を運び込んでいる。
依頼から一週間で全てを用意することは不可能だと思い、クラリッサはキャシーに、既製品でも構わないからと取り急ぎの私服と、社交用のドレスを昼と夜一着ずつ依頼していた。
当然それでは足りないので、もっと多くの服を依頼しているが、それらはでき次第持ってきてもらうことにしている。
そのため、今日はもっと少ない荷物で来ると思っていたのだが、それにしては箱の数が多いような気がする。
クラリッサはキャシーの正面で立ち止まり、運び込まれている荷物に目を向けた。




