4章 全部いりません
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それから数日後。
クラリッサは早速エルマーが教えてくれた店の中から服飾と家具の両方を扱う商人と、アベリア王国でも名前を聞いたことがある仕立屋を呼び出した。
先にやってきたのは商人達だった。
商会の男女三人で訪れた彼等に、クラリッサはこれから見るものについては口外しないと約束させた。商人達は深刻な表情で頷いて、嫁いできたばかりだという得体の知れない露出の多い公爵夫人であるクラリッサに警戒しながらついてきた。
邸の使用人が、クラリッサ達に興味を隠せない様子でちらちらと見ている。気付いていない振りをしながら、クラリッサは自分の部屋へと彼等を招いた。
自室の扉を閉めて、クラリッサはようやく小さく息を吐く。
カーラが応接用のソファに三人を案内して、クラリッサの分まで紅茶を淹れた。
「今日は来てくれてありがとう」
クラリッサが声をかけると、商人達の代表らしい壮年の男が口を開く。
「こちらこそ、お呼びいただきましてありがとうございます。奥様にお選びいただき、大変光栄でございます。パテル商会のドミニクと申します」
ドミニクという名前は、エルマーから貰った表に書かれていた、この地域の営業代表だ。ラウレンツの家の新しい妻に呼ばれたと考えたら、妥当な人選ともいえる。
クラリッサは納得したように小さく微笑んで、ちらりと室内に目を向けた。
「この部屋のリネン類を全て発注したいの。まだ部屋が整っていなくて」
ドミニクは室内をざっと見回す。カーテンも天蓋も白いものが使われているのを見て、現状の布類が全て仮のものだと理解したようだ。
「畏まりました。事前にお手紙でもお知らせいただいておりましたので、商会で扱っております品のカタログと見本をお持ちしております。ご覧になりますか?」
「ええ。後で見せてもらうわ。でも、今日の用件は他にもあるの」
クラリッサがそう言うと、カーラが衣装部屋の前に立って扉に手を掛けた。
勢いよく扉を開けた先には、色とりどりの豪華なドレスがみっちりと並んでいる。
「これは……壮観でございますな」
「ここにあるドレスを、全部売りたいの。商会にその程度の予算はあるかしら」
クラリッサはそう言って、取り出した扇で口元をそっと隠した。
ドミニクが驚愕の表情で、衣装部屋を見つめている。
「……触らせて、いただいても……?」
「勿論ですわ。そのために呼んだのですもの。ああ、確認してくださっている間に、こっちのカタログと見本を見させていただくわ」
「ありがとうございます。どうぞ、ゆっくりご覧ください」
ドミニクは立ち上がって、クラリッサの相手に女性商会員を一人残して、男性商会員と二人で衣装部屋に入っていった。布製の手袋をして、手前のドレスを手に取る。
「──こ、ここについているのは本物の宝石ですか!?」
衣装部屋の中から聞こえてきた声に、クラリッサは思わず苦笑してしまう。ここで笑ってしまったら、公爵夫人としては少し無作法だ。平静を取り繕って返事をする。
「ええ。そのはずです」
「もしかして、ここにある全て……!?」
「勿論ですわ」
当然、クラリッサが嫁ぐ際に持ってきたものはどれも高価なドレスだ。
全てを持ってくることはできなかったため、アベリア王国であえてしていた浪費によって作ったドレスの中でも、特に宝石が多く派手なものを多めに持ってきたのだ。
ドレスのままでなくとも、宝石だけでも相当の値がつくだろう。
クラリッサは男性二人が小声で話し込み始めたのを確認して、目の前のカタログに向き合うことにした。
分厚い紙の束を捲り始めると、女性商会員が革製の鞄を横に置き蓋を開けた。中には、たくさんの端布が入っている。
「こちらを見て選んでいただいてもよろしいかと存じます」
鞄の中から、女性は華やかな赤と金と紫系の布を十枚ほど取り出した。
仕方のないことだが、商人は客の好みを観察して商品を勧めることが多い。クラリッサは今も悪女らしい派手で露出の多いドレスを着ているのだから、似たような雰囲気のものを勧めた女性は正しかった。
クラリッサは言いにくさを感じながら、口を開く。
「──あの……ね。もっと落ち着いていたり、可愛い感じというか……そういうものが良いのだけれど」
女性は慌てた様子で全ての布を鞄に戻して、また次々と端布をテーブルの上に並べていく。
淡い水色やピンク色、クリーム色などの優しい色合いのものだけでなく、綺麗な青の布と、レースと、刺繍のサンプルまであった。正直、今のクラリッサには全く似合っていない。
「あら、こんなものもあったのね」
「はい。こちらは生地が厚いため、冬の防寒によく使われます。こちらは色が薄いですが、しっかり日光を遮ってくれます」
「素敵ね」
「ありがとうございます!」
喜ぶ女性を横目に、クラリッサはカーラを呼び寄せた。
「カーラはどう思う?」
呼ばれて側に寄ってきたカーラが、テーブルの上を覗き込む。
「……クラリッサ様のイメージに合わせるのでしたら紺色がよいかと存じますが。印象を変えようと思っていらっしゃるのでしたら、明るい色をお選びになってもよろしいかと」
「そうね、カーラの言うとおりだわ」
「はい、ただいま」
女性がまた、テーブルの上の端布を入れ替えた。
そうしてしばらく過ごし、クラリッサがようやく注文を終えたところで、衣装部屋からドミニク達が戻ってきた。
「──ありがとうございます。ドレス、全て購入させていただきます!」




