4章 目指せ、理想の公爵夫人!
「──どういうことですか、クラリッサ様」
クラリッサはカーラに問い詰められて、寝不足で目の下に隈ができた顔を僅かに顰めた。
結婚式の翌朝。
夫婦の寝室から起きてこないクラリッサに、侍女達は仕方がないことだとのんびり過ごしていた。
しかしラウレンツは起きているというのに、もうすぐ昼という時間になってもクラリッサが起きてこない。
どうもクラリッサに近付きたいとは思っていないらしい侍女達は、初夜の後だからと半ば呆れた顔で先に朝食を済まそうと出て行ったが、カーラはクラリッサが起きたら皆に知らせる役目を自ら請け負ってその場に残った。
カーラは痺れを切らして、夫婦の寝室の扉を開けた。
そして、昨夜の出来事をクラリッサ本人から聞くことになったのである。
「どういうことも何も……そのままよ。ラウレンツ様は『悪女を嫁にするなんて最悪だ』というようなことを仰って、部屋を出て行った」
「ですが、二人きりの寝室ですのに、何故クラリッサ様は悪女のふりをなさったのですか」
「私は、別に悪女のふりなんてしていなかったのよ」
クラリッサからしてみれば、これは奇跡的に起きてしまった事故だ。
たとえそれまで悪女のふりをしていても、もしかしたら説明して同情を引き和解できたかもしれなかった。
ただ、クラリッサの姿勢も服装も容姿も、全てが男性に慣れた扇情的なものとしてラウレンツの瞳に映ってしまい、それまでの悪女のふりと決定的に結びついてしまった。
クラリッサが説明すると、ようやくカーラは完璧に状況を理解したようで、仕方がないというように深く溜息を吐いた。
「……クラリッサ様は外見が整っていらっしゃるから、悪女と言われても納得されてしまうんですよ。言っても仕方のないことなのですが……」
「褒めてくれるの? ありがとう」
「今に限っては褒めてないです」
「あらまあ」
ぽつりと言った言葉にすら、そういうところですよ、と溜息を吐かれる。どういうところなのだとクラリッサは思ったが、口には出さなかった。
代わりに、ぎゅっと握った右手で作った拳を思いきり突き上げる。
朝まで考えて決めた決心を口にした。
「──だから私、悪女から脱却して、完璧な公爵夫人を目指そうと思うの!」
「…………はい?」
「ラウレンツ様は、私のことを悪女だと思って嫌っていらっしゃるのだもの。つまり悪女でなければ好かれるのよ」
「それは、そう……ですけど。でも、この邸の中にもベラドンナ王国の手の者がいるかもしれないって言ってませんでした?」
「ああ、そういえばそうだったわね。いないそうよ」
「まだ調査は済んでおりませんが!?」
「ラウレンツ様が、ここで働いている使用人は皆皇城から連れてきたと仰っていたわ。クレオーメ帝国の皇城にベラドンナ王国の手の者はいないもの」
クレオーメ帝国の皇城は、採用時に他国の間諜が入りづらい工夫がしてあるのだそうだ。アベリア王国で王妃が愚痴を言っていたのを覚えている。
そしてこの邸の使用人については、当主であるラウレンツが言っていたのだから間違いない。
「そんな重要なことをサラッと……」
「本当よね。実は親切な方なのかしら」
「違うと思いますが……」
カーラが呆れた顔をする。
クラリッサはくすくすと笑って、ちらりと時計を見た。
「確か今日はラウレンツ様もお休みだったわね。カーラ、昼食に間に合うように身支度をお願いね」
「かしこまりました。今すぐに」
カーラが部屋を出て、侍女達を呼びに行く。
五分と経たずカーラは侍女を三人連れて戻ってきて、クラリッサにドレスをどれにするかと聞いた。
クラリッサは侍女と共に衣装部屋を開ける。中には、色とりどりのドレスが丁寧にハンガーに掛けられていた。
しかし、クラリッサは比較的落ち着いた紺色のドレスを手に取って首を振る。
胸を強調する強すぎるほどのギャザーと、あえて足首を見せる扇情的なドレスだった。色が濃い分、その装飾が白い肌を艶めかしく見せることだろう。
クラリッサは全く気にせず着ることができるが、これを着たら間違いなく悪女らしさを補強する結果になるだろう。そもそも、休日の昼間に全く合っていない。
「何か……何かないのかしら!」
これまでアベリア王国では、悪女だと、薔薇の棘だと、皆に言われてきた。
周囲からの印象がそうだと分かっていたし、何よりクラリッサ自身がそういった印象を抱かれることに対して利益しか感じていなかったから、全く抵抗なく着ることができていた。
こうして悪女脱却を目指すと決めてしまうと、これまでのクラリッサを知るものが誰もいない場所でこんなドレスを着なければならないのだと、どうしても気恥ずかしさが募る。
「仕方ありませんよ……クラリッサ様」
最初に諦めたのはカーラだった。やはり付き合いが長いだけあって、クラリッサのことをクラリッサ以上に知っている。
「何を着ても華やかに見えてしまうのはその容姿から仕方のないことですし、嫁入道具がこういったデザインに偏ってしまったのもまた、これまでのお立場からすると当然のことです」
「そうね……わかったわ」
カーラの言葉を聞いたクラリッサは、侍女達にどうしようもない命令をする。自分でも、不可能だと分かりながら。
「──今ここにあるものを使って、精一杯素敵な公爵夫人に見せて頂戴!」
「かしこまりました」
先に予想していたらしいカーラが、真っ先に姿勢を正して頭を下げた。




