肉食令嬢は、肉のために結婚した。【連載版始めました】
※ 小動物を狩る描写があります。
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「またっ――――!」
お出かけから家に戻ると、お父様が顔を赤らめてぷるぷると震えていました。
どうしたのでしょうか? 便秘ですか? それとも下痢ですか?
「クラウディア、お前はどうしてそうも野蛮なんだ! あと、どっちでもない!」
心配したのに怒られてしまいました。
お父様がグチグチと小言をこぼされます。
煌めくハニーブロンドヘアーと、抜ける青空のようなくりっとした瞳、ぽってりとした桃色の唇。社交界で引く手数多になるであろう整った顔を持って生まれたのに、もったいない!と。
髪を乱雑に結び、乗馬服を着て、獣臭い。もったいなさすぎる!と。
見た目なんて、どうでもいいじゃありませんか。
「それよりも……よっ、と。今日は小さめですが、猪を仕留めてきましたわ」
「絨毯の上に置くなぁぁぁぁぁぁぁ」
脚に縄を括り付け、肩に担いでいた猪を玄関で下ろすと、お父様がブチギレてしまいました。
ちゃんと血抜きしてきましたから、大丈夫なのですけどね?
「もうやだ。そんなんじゃ、お前の嫁入り先はあの狩猟民族になってしまうぞ……」
「へ? 狩猟民族ですか!?」
「…………えっと、クラウディアちゃん? なんで目がギラギラしてるのかな?」
私――クラウディアは、幼少期に食べさせてもらった、肉汁あふれる猪の粗ミンチハンバーグや、癖がなく柔らかな鹿肉のローストなどの味が忘れられず、自ら狩猟して食材を手に入れてくるようになりました。
そして、自分で調理し、食べる。それが至高なのです…………が、現在、二〇歳。流石に伯爵家の娘としてこのまま趣味に突っ走って結婚しないのはマズいかなぁと思っていたところでした。
「いいですね、狩猟民族。とても美味しいお肉が食べられそうです」
「肉目当て!? それでいいの!?」
お父様がガクリと項垂れていましたが、知ったことではありません。
是が非でも、その縁談をしっかりと締結してくださいませ!
「後悔しても、知らないからな……」
「善は急げですわよ!」
お父様が項垂れ背中を丸めたまま、執務室へと向かって行きました。どうやらちゃんと仕事をしてくださるようです。
さて、私は仕留めた猪でハンバーグでも作りましょう――――。
◇◇◇◇◇
現在、私は四ヶ月前のあの日を思い出して、白目になっています。
――――聞いてない。
狩猟民族の長に嫁入りすることが決定したものの、辺境なので会いにも迎えにも来れないと言われていました。
日々の狩りで忙しいのでしょう。ということで、結婚式前日に狩猟民族の集落に輿入れ道具とともに向かいました。
「レオンだ。この度はすまなかったな。迎えにも出てやれず」
「いぃえぇ……」
「ん? どうした?」
目の前のプレートアーマーを着たレオンと名乗る男性。ダークアッシュカラーのサラサラショートカットな、どう見てもイケメン騎士様をジッと見つめます。
チェストプレートに彫られている盾と剣と鷲と狼のエンブレム。これって、ヴァルネファー辺境伯の紋章じゃなかったかしら?
「場所を間違ったようです。私は狩猟民族の集落に嫁入りを――――」
「君はリーツマン伯爵家の娘、クラウディアだろう?」
「はい、そうですが?」
「ならば、ここで間違いない。私が君の夫になる者だ」
――――そんなの、聞いてない!!
「私は、狩猟民族の族長と契約結婚するはずですが?」
「狩猟民族は我が辺境の蔑称だ。リーツマン伯爵と契約書は交わした。間違いなく、君の嫁入り先はここだ」
ぐうの音も出ないほどの証拠品、『婚姻にあたっての契約書』を眼前に突き出されてしまいました。
どんなに目を皿にして見ても、偽造の証拠は見つけられず、本物と認めざるを得ません。
「望まぬ結婚のようだが諦めてく――――」
「あら? 蔑称ということは、『狩猟民族』のようなことをしている、ということですの?」
「…………まぁ、そうなるな」
――――なぁんだ、それなら万事解決ではありませんか。
「狩猟に出かけて、お肉を食べる生活が続けられるのであれば、文句はありませんわ。申し訳ございませんが、家同士の契約は知ったこっちゃございません」
「頭は……大丈夫か?」
「失礼な!」
こちとら、この結婚に全力投球でしたのに! ウッキウキのワックワクで来てみれば辺境伯。普通に高位貴族ではありませんか。
また『そんな野蛮な格好をして』や、『女は家で編物をしていろ』なんてことを言われるのかと思いましたが、なんだかイケそうな気がします。
なんだかかんだと、結婚式も初夜も無事に終わりました。たぶん。
派手な結婚式は断固拒否でしたので、敷地内にある教会でレオン様と彼の側近たちのみで行いました。概ね元々の予定通りです。
初夜は……まぁ、翌日の夕方までベッドから起き上がれなくなるとは思いも依りませんでしたが、割愛します。
「本当に、その格好でついてくるのか?」
「もちろんですわ!」
「…………好きにしなさい」
上半身を仰け反らせるように胸を張り、腰に手を当てて答えると、レオン様は大きな溜息とともに、同行を認めてくださいました。
ここ辺境は隣国との境目がとても大きな山になっており、その山には獰猛な野生動物や、都会では見ることのない伝説のような生き物――いわゆる魔獣などです――が普通にいるのだそう。
辺境伯の持つ私設騎士団は、それらの討伐任務を請け負っています。
そして、辺境伯自らもその討伐に参加していること、野営地などでは討伐した生き物たちを食していることから『狩猟民族』という蔑称が囁かれているのだとか。
――――野営地で食べるなど、当たり前ですのにね?
今回、騎士団でも見習いの方々が日帰りで討伐任務に当たるとのことで、同行をお願いいたしました。
辺境伯家の執事は、結婚してまだ三日目ですが……と苦々しい顔をしていますが、レオン様が是と言ったので諦めた模様です。
いつもの狩猟スタイルである乗馬服と弓、ショートソードを身に着け、意気揚々と隊列の先頭にいるレオン様の隣を歩きました。
いえね? 本当は最後尾で良いと言ったのですが、辺境伯夫人が殿は駄目だと。何が何でもお護りします、と見習い騎士たちに言われたのですが、見習い騎士たちは少年と呼べる程度の年齢。
…………普通に私の方が引率感があるのですが?
辺境伯の屋敷を出て二時間。
途中一度の休憩を挟み、国境である山の麓に到着しました。
見習い騎士たちは……なんだか既にヘロヘロになっていますが、大丈夫でしょうか?
「……クラウディアの方が体力があるのか」
レオン様が怪訝な顔でこちらを見つめて来られました。その視線とセリフはどういう意味なのでしょうか?
「こちらの話だ。気にするな」
「はぁ」
麓で一度休憩をしたあと、レオン様が見習い騎士たちに何やら指示を出していました。
レオン様と同じく引率としてついてきていた老齢の騎士様と若手の騎士様いわく、今からは山の麓近くにある狩猟場で、各自狩りをするのだとか。ここには小型程度の野生動物しかいないそうです。
「では、獲物を三頭得るまでは戻ってくるなよ! 散開!」
「「ハッ!」」
レオン様が一際大きな声で狩猟開始の合図を出されました。一番に戻ったものには、報酬があるそうです。これに乗り遅れてはいけないと慌てて駆け出します。
「あっ――――? ちょ、夫人――――」
後ろから呼ばれたような気もしますが、まぁ、追いかけて来ないので大したことではないのでしょう。
場が荒らされる前に三頭狩らねば!
低木の側に屈み、弓を構えたままジッと地面にある巣穴を見つめます。
――――出て来た! もう少し、もう少し待って。
茶色く丸々と肥ったうさぎが、巣穴から外に出てきて後ろ脚で立ち上がりました。
キョロキョロと辺りを見回し終え、毛づくろいを始めた瞬間に、右手の力を抜き、矢を放ちました。
――――よし!
先ずは一羽。
巣穴から離れた場所で血抜きを行います。可哀想だと思う方もいらっしゃるでしょうが、これは人が生きる上で必要なこと。命に感謝し、しっかりと食べることと決めています。
狩り場をゆったりと歩いていると、小さな池を見つけました。
――――鴨。
足音を消してそっと木陰に入ります。弓をしっかりと、でも静かに引き、矢を放つ。直ぐに次矢を番え、放つ。
「よし」
バサバサと飛び立つ鴨たちを見送り、周囲に獰猛な獣が潜んでいないかを確認して、射止めた二羽の鴨を回収しました。
先程うさぎの血抜きをしたところで、鴨も血抜きをします。
外傷がなければ、一度冷やしてから熟成させるという手もあるのですが、今回は矢で射ましたので、血抜きは必須です。
それぞれの脚にロープを括り、肩から下げて集合場所に戻っていると、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえました。
振り向くとそこには、ダークアッシュな髪の毛をサラリと靡かせながら、レオン様が物凄い形相で走ってきていました。
――――え、怖っ。
「クラウディア! 探した――――は? 何だそれは」
「はい?」
レオン様が伝説の魔獣でも見たかのような表情で、私の方を指差します。指の先は、肩? あ、獲物かしら?
「うさぎと鴨ですわ。ノルマの三頭です」
「…………………………は?」
たっぷりと時間を置いて、言われたのはその一言のみ。
とりあえず、集合場所に戻るぞと言われたのでレオン様の後をついて行きました。
「……レオン団長が仕留めたんですよね? そうだと言ってください。いやほんと、お願いします」
「俺はクラウディアを探していただけだ……」
「「……」」
レオン様、みんなの前では『俺』と言われるのですね。なんだか、野性的です。
集合場所に戻ると、どうやら私は一番乗りだったようです。
報酬は何でしょうか? 金銭よりお肉が良いのですが。あ、でも良く考えれば、辺境伯夫人なので、ノーカンですかね? それだと残念ですが、まぁ、今回仕留めたものでなにか作ればいいだけですし、仕留めたものが報酬でいいですね。
私が戻って、三時間ほど経った頃、やっと最後の一人が戻ってきました。
「…………今回の報酬は、なしだ」
「「えー!?」」
「……なぜ、クラウディアまで『えー』なんだ」
――――はっ!
見習い騎士たちに釣られて、つい口から漏れ出てしまっていました。美味しいお肉の可能性が捨てきれず、煩悩がダダ漏れでしたね。
申し訳ございませんと謝ると、キョトンとされてしまいました。
「報酬、肉でいいのか?」
「はい! え? くださるんですか!?」
「「……」」
なぜか、その場にいた全員が困惑の表情をしていました。
屋敷に戻り解散しました。
レオン様たちはこのあと狩った獲物を自分たちで捌く訓練なのだそうです。意気揚々と参加しようとしたのですが、「流石に捌くのは淑女には無理です! 卒倒してしまいます!」と見習い騎士たちに説得されてしまいました。
既に自分で血抜きしたりしていますが、どうやらレオン様がしてくださったと勘違いされたようです。
確かに、狩りにだけ参加する女性もいますからね。
なんだか本気で止められているので、仕方なく納得した振りをしました。
騎士団の建物へ向かうレオン様たちを見送り、早速うさぎと鴨を料理しようと厨房に向かいましたが、料理長と執事に全力で止められてしまいました。
ここは実家ではありませんし、仕方ないのでグッと我慢です。
「うさぎは、リエーブル・ア・ラ・ロワイヤルがいいけれど、時間がかかるから、カチャトーラでいいわ。鴨はモモ肉をコンフィにしたものがいいかしら?」
「え……肉料理を二つも、ですか?」
この会話、実家でもよくしていたわね。
必殺! 煌めくハニーブロンドヘアーと、抜ける青空のようなくりっとした瞳を潤ませる。そして、ぽってりとした桃色の唇を少し尖らせて小首を傾げる攻撃!
「だめ?」
「っ――――しょ、承知しました。直ぐにお作りします」
「まぁ! ありがとう!」
――――いよっし!
狩り用の服からデイドレスに着替えて部屋で一休みしていると、レオン様が訪室されました。晩餐の席が準備できたそうです。
エスコートしてもらい、食堂に向かうと、どこからともなく鴨肉とスパイスの匂いが漂って来ました。
「まぁ! とても良い匂いがしますね」
「ん。クラウディアがメニューを希望したそうだな」
「はい、鴨肉はコンフィが大好きなのです」
「あぁ、君が狩ったものを使うように言ったのか」
レオン様がクスリと柔らかく笑われました。
なぜそのように笑われたのか気になりましたが、まだまだ仲良くなれていませんので、ちょっと聞きづらいです。
晩餐は順調に進み、メイン料理になりました。
「うさぎのカチャトーラです」
「ん? コンフィではなかったのか?」
給仕が配膳し、侍女長が料理名を伝えると、レオン様が怪訝な顔をされました。
「コンフィはこのあとにお出しします」
「肉料理が……二品? ああ、そうか。いや、すまない。気にするな」
レオン様が何か考える仕草をしたあと、なぜか一人で納得され、食事を再開されました。
カチャトーラは、うさぎ肉とトマトやピーマンなどの野菜を、ハーブとワインで煮込んだもので、淡白なうさぎ肉はねっとりと柔らかくなるのが特徴です。そして、トマトソースととても合う。
「んんんっ! とても美味しいわ」
「料理長に伝えておきます」
そして、次に運ばれてきたのは、鴨のコンフィ。
低温の油で煮られた鴨肉は、旨味がギュッと凝縮されています。皮はパリパリ、肉はわふわと柔らかく、口の中に幸せが広がりました。
「んんんーっ! おいひい! 今度コツを聞かなきゃ」
「ん? クラウディアは自分で料理をするのかい?」
「はい! 狩りも料理も趣味として嗜んでおりますの」
レオン様がキョトンとした顔になられたあと、クスクスと笑いだされました。
「君は、王都で見ていた貴族の娘たちとは全く違うな」
「あー、まー、はい」
そういえば、影で良く言われていましたね、『肉食令嬢』と。
「ははっ。狩猟民族と揶揄される辺境と、肉食令嬢か。面白いほどにぴったりな組み合わせだな」
王都で経験していたように、いつものごとく引かれるのかと思っていましたら、レオン様が笑顔のままでとても楽しそうにそう言われました。
「ですわよね! 私、これからがとても楽しみですの」
「ふっ、ははは。ん、私もだ」
狩猟民族に嫁入りと言われて小躍りしていたのに、正体は辺境伯爵だったもので、実はちょっとガッカリしていたのです。でもなんだか、希望通りの生活が送れそうな気がしてきました。
「特に、明日のご飯も、楽しみです!」
「ふふっ。ん、料理長に伝えさせよう」
「はいっ!」
明日は、何が食べられるのでしょうか……。
ゴロゴロミンチのハンバーグ?
鹿肉のポトフ?
ローストビーフ?
そう言えば、バジリスクなどは、毒をしっかりと処理すれば食べれると聞きましたね。
稀に飛来する竜などは、腰が抜けるほどに美味しいとか――――。
「こちら、竜などは飛来したり?」
「ん? 小型のものなら年に二度ほどあるかな」
――――いよっし!
お肉お肉お肉、お肉まみれです。
このヴァルネファー辺境伯、宝の山じゃないですか!
なんだかレオン様も好意的ですし、お肉のために結婚して本当に良かったです!
◆◇◆◇◆
嫁入りしてきたクラウディア。
リーツマン伯爵と契約し、結婚することになったのだが、訳アリの娘だと言われた。
詳細は、直接会って確認してほしいと言葉を濁されていた。
正直、どんな問題がある娘でも構わないと思っていた。何かしらの大きな怪我や病気があろうとも。頭がすこぶる弱かろうと、悪女だろうと。
辺境が力を持ちすぎないようにしたい王侯貴族からの圧力。
王女殿下からの面倒なアプローチ。
社交シーズンに王都に出れば『狩猟民族』と揶揄される。
どれもこれもが面倒になっていたころに転がってきた契約結婚の話に、俺は飛びついた。
クラウディアは、期待を裏切るほどに、美しかった。
そして、とにかく予想と違う方向に変だった。
――――面白い。
この娘となら、楽しく過ごせそうだと思った。
恋や愛は、これから育んでいこう。
―― fin ――
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