議論
研究室
男2「愛?」
男1「君はどう?」
女2「気持ち?」
女1「どれも、抽象的」
議論をしている話の議題の基礎は
アンドロイドに人間並みの知能がついた状態で、さらに生殖機能も持った状態があるとする、人間とのハイブリッド、子孫を作る事が出来るという事だ、その場合人は【人間】を選ぶのか【アンドロイド】を選ぶのかという内容である。
アンドロイドは人間の為に作られている前提だとすると、人間が望むことは何でも喜んでしてくれる容姿だって体形だって自分好みのアンドロイドを選ぶことが出来る、もちろん性行為だって望むままだ。人格にだって自分一番にかんがえてくれる、さらに知性もある何をするにも合理的に判断する事が出来るだろう。完璧だ
それでも人間を選ぶ基準は何?という議題だ
この世界の技術で人間の体を部分的に機械に置き換える事は可能だ、たくさんの体の部分を機械に置き換えた人はアンドロイドなのだろうか?どこまで置き換えると人間でなくなるのだろうか?
逆に人間の思考をもって創られたアンドロイドは、人間と共に育ちその後、共に育った人間に知らされた場合アンドロイドを人間扱いしなくなるのだろうか?
実に難しい問題だ、人間は特に日本人は物に心が宿るとする伝承まであるほど心に繊細だ。
人間とアンドロイドの共存を違和感なくできる文化がもともと根付いている。
昨日まで人間と扱っていたアンドロイドを明日から機械呼ばわり出来るのだろうか?
もちろん、完全なる反対意見もあるだろう人間だから、新しい技術の発展や発見は、最初は少数の人間から始まる、特定の人物の思想や概念、認識と研究、議論から始まり基礎がつくられる
どんなに世界に役立つ革新的な技術であっても基礎はブラックボックスになる。政治や権力者が関与すればあっという間にディストピアになってもおかしくない。
だからこそ議論が必要なのだろう。
人間が人間を選ばなくなる未来、人間が選ばれなくなる未来
それを作り出すのが人間にならないように




