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第四話 上

 新たな死体が見つかったのはここから近い川の土手だった。


 オミッドらは直ちに現場に急行すると、死体が見つかったであろう位置を隠すように茂みの外にビニールシートの囲いがされているのが見えた。

 手帳を見せて、彼らは囲いへと向かっていった。

 

「おう来たか。オミッド」


 囲いの前に立ち捜査官と話し込んでいる一人の中年の男が、そう言った。


 男の名はトレント。市警の古株で、元はオミッドと組んで事件捜査に当たっていた捜査官だ。

 彼にとっては師であり上司でもある。


「害者はこの中ですか?」

「ああ、今片してる。だが無理に見ん方がいいぞ。

 惨いもんだ、まるで獣が食い散らかした後みたいな有様だ。

 メシ食ってたら吐いてた自信がある」


 その言葉で、最初に被害者の惨殺死体を見た記憶を思い出してしまった。

 血を連想するようなものを食べるんじゃなかったと後悔しながらも、吐き気をグッと堪える。


「何だお前ら、飯食って来たのかよ! 良いなぁ、俺もカーティちゃんと飯行きてぇよ。

 ねえカーティちゃん、今日上がったら俺とも飯行こうぜ。奢るからさ!」


 隣に立つトレントの今の相方ロッドが言うと、カーティは愛想の良い笑顔で「考えときますね!」と返答した。

 ああ、これは行かないやつだ、とロッド以外は確信する。


「まあ、なんだ。気持ちは分かるが、ちったぁ慣れろ。カーティはケロっとした顔してんのに、お前がそんなんじゃ恰好つかねぇぞ」

「それは、そうですが……」


 ロッドのナンパ癖はいつもの事なのでトレントは特に触れる事もなく、「お前もまだまだだな」とでも言いたげな顔で笑うと、事件の事を説明し始めた。


「さて、本題だ。

 第一発見者は三十代男性。犬の散歩中に犬が反応して見つけたらしい。害者の身元は分からん。オマケに性別の区別もつかん。死亡推定時刻も調べんとよく分からん。あと凶器も分からん」

「つまり、詳しい検査をしないと分からないわけですね」


 カーティが言うと、トレントは困ったように肩を竦める。


「ああそうだ。鑑識も頑張ってくれちゃいるが、正直望み薄だ。これまで何も残さんかった奴が、今回に限って何か残すなんてヘマするわけねぇからな。

 ところで、そっちはどんな感じだ?」

「全然です。犯人の人影はおろか、悲鳴の一つだって聞いた証言はありませんでした」


 報告の内容にトレントは特に動じた様子は無かった。大方、予想していたのだろう。


「ま、そんなこったろうとは思ったよ。とはいえ何も出てこんかったのは意外だな。住宅街、それもあんな道路で堂々と惨殺されたってのに……」

「今回もまたぐっちゃぐちゃの遺体だったし、もしかしたら犯人は人殺しと解体の達人のスキル持ちか、正真正銘の怪物なのかも知れないっすね!」

「笑えねぇよ馬鹿タレが」


 底意地の悪そうな顔を緩めてゲラゲラと品無く笑うロッドに、トレントが呆れたように言う。

 少し前の自分なら、トレントと同じくひどく笑えない冗談だと思った事だろう。


 しかしロッドの戯言が真実だと知ってしまった今、オミッドはその怪物を一刻も早く叩く事を急がねばならない事の重要性を痛感していた。


 ティアは、見つかっている以上に被害者はいると言っていた。

 連続して遺体が発見されたのは今日が初めてだが、それはつまり、それだけ被害が加速している事を意味する。

 

「何にせよ、許してはならない存在です」

「ああ、違ぇねぇや」


 やはり三日は遅すぎる。この加速は、今すぐにでも止めなければならない。


・・・


 現場検証を終えたオミッドは一度帰宅する。

 リビングにティアの姿は無い。悲しい事に、部屋は狭いので居るとしたら残りは寝室くらいだ。


「……おかえり、オミッド」


 枕を顔に埋め、シクシクと泣いていたティアがオミッドに気付いて顔を上げる。


「やっぱここに居たか、ってお前何してんだ!?」


 基本的にオミッドはシャワーは出かける前に浴びる。


 今月は干してから一、二回ほどしか使っていないが、帰ってきてそのまま寝ているしそもそもまだ洗っていない。


 それなのにこうも堂々と使われると、オミッドとしては複雑な気持ちだった。


「あっ、ゴメン。勢いでベッド使っちゃった。あと、枕濡らしちゃった」

「いや、別に良いんだが……良いんだがその、枕、臭わなかったか?」


 オミッドは恥ずかしげに言った。


「ん、臭い? スンスン……オミッドの匂いがするだけだよ?」

「あーもう嗅ぐな!」

 

 あんまりにもしっかり嗅がれ、オミッドは背中にぶわっと変な汗を感じながらも慌てて止めに入る。


「オミッドが掃除したら使わせてやるなんて言うから、どれだけ汚れてるのかと思ったけど、案外綺麗じゃん。何が駄目だったの?」

「いや、俺の匂いがするの嫌だろ?」

「ううん、別に?」


 そう言えばコイツは人外だった。そんな奴が人間の感性と同じだと思っていた自分が馬鹿だったのかも知れない。

 気恥ずかしさから、そう思う事にした。


「まあ、お前が良いならもういいや」

「あれ、貴方仕事中でしょ? 何で帰ってきたの?」


 掻き乱され想定外の疲れを感じる破目になったが、カーティを車で待たせている以上さっさと要件を話さないといけない。

 

「……なあ、ティア。お前に頼みがある。

 デーヴとの決戦を今夜にしてくれないか?」


 一呼吸置いてそう切り出して本題を、ティアに対して難題を提案した。


「……何ですって?」


 ベッドから起き上がったティアはその満月のような眼を鋭く光らせ、オミッドを睨む。本来はこちらが血族として、真祖としての本性なのだろう。

 その眼は女王を自称するだけあって、普段とはかけ離れた威厳と威圧感に満ちている。

 覚悟はしていたが、やはり背筋が凍る。


 しかしここで怯んでいるようでは、策の実現など夢のまた夢である。


「デーヴとの対決を早めてくれ。俺はそう言ったんだ」


 気を引き締め直し、再度強気に言うオミッドを更に鋭く睨み、ティアは考え込む。

 そうして数秒、オミッドには数時間とも感じられる少しの間の後。

 ティアは「ふぅん」と少しだけ不気味に微笑んだ。


「オミッド。貴方、自分が何言ってるか分かってる?」

「勿論、かなり無茶な事を言ってるのは分かっている。だから、俺も命を賭ける」

「貴方の命? ……どういう事かしら?」


 ようやく話を聞いてくれる気になったのかティアは、聞いてやるから話してみろ、とでも言いたげな風にベッドにどしっと座り込む。

 

 その様子に心の中で一息吐くオミッドだが、これはまだスタートラインに立っただけに過ぎない。

 正直もうヘトヘトだが、事件解決の為にも気力を振り絞って話し始めた。


「説明する前にに聞きたい事がある。昨夜、デーヴに見つかった時の事だ」

「それがどうしたの?」

「アイツ、何でいきなりお前を襲いに来たんだ?」

 

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