第三話 下
しかし、それにズィルヴァレトが待ったをかける。
「その前に俺からも質問させてくれ。あんた、狩人でも執行官でも無いのに、何でティアと顔見知りなんだ?」
そう問われ、オミッドは昨日の夜にあった事を簡潔に説明する。
「はーん、なるほど。連盟の関係者と間違えられて、巻き込まれた訳か。そりゃ災難だな。
だったら悪い事は言わない。あんた、この件からは手を引け」
説明を聞いたズィルヴァレトは、同情の意を表しながらも、オミッドにそう言った。
「えっ、でもさっきは協力するって……」
「それは、あの女王に協力するって事だ。そもそも、狩人でも執行官でも無いアンタが、これ以上知ってどうする?
だから、質問の時間はお終いだ。
それに、もう昼休憩も終わりにしねぇとな」
ズィルヴァレトに指差された店内の時計の針は、一時を回ろうとしていた。
「ま、安心しろ。確かにあの女王は化け物だ。だが、危害を加えない限りは安全だからよ」
「どうしてそう言い切れる?」
「そういう奴なのさ。あの女王様は」
そう答えて、ジルヴァレトは席から立ち上がる。
「つっても、だ。世の中、関わらないで良いものが沢山ある。特にあの女王はその最たるものだ。アンタに出来る最善は、あと三日奴に寝床を提供してやる事だけだ」
「勘定は頼んだぜ」とだけ言い残し、ズィルヴァレトはエアルフを連れて行ってしまった。
・・・
勘定を済ませて店を出た後、オミッドとカーティは駐車場まで歩く。その間、両者は共に無言だった。
特にオミッドはひどく動揺している。何せ、相棒だと思っていた後輩が、実はそう思わされていただけだと言うのだから、動揺するのも無理はない。
とはいえ。色々あったせいで考える暇がなかったが、その色々が過ぎ去った今、彼は眼前の問題に向き合わなければならない。
そう思い、駐車代金の精算を終えたオミッドはまず当たり障りのない会話で反応を見る事にした。
「よ、よく食べるんですね、カーティさん」
「え、ええ。何たって執行官は体が資本ですから。『よく食ってよく寝てよく狩って、生還してこそ一流』。父も師も、そう言ってました」
それっきり、会話は無かった。お互い、どの辺りまで踏み込んでいいものかと距離を測りかねているからだ。
そんな気まずい空気が二人の間に漂う。
この空気に耐え兼ね、オミッドが再び口を開いたのは車を発進させた数秒後の事だった。
「本当に、俺には何も出来ないんですか?」
「え?」
「確かに俺は狩人でも執行官でもないただのしがない刑事です。でも、戦うのは無理でも、何か早期解決に向けて出来ることは無いんですか?」
何か言おうとして、ふと考えていた事がそのまま出てしまう。
オミッドはしまったと手で口を抑えるが、カーティは少し黙って声を発した。
「あの狩人に言われた事、気にしてるんですね。でも不思議です。貴方、怖くないんですか?」
「怖い、ですか?」
「貴方は、士爵とはいえ血族に襲われました。私が思うに、十中八九貴方は狙われています」
ハンドルを操作しながら、カーティは言った。
「狙われている!? な、何で!?」
「貴方とティアは一度、デーヴを撒いて逃げました。恐らく理由はそれです」
「つまり俺は、奴にとってティアの潜伏先の手がかり、という事ですか?」
オミッドの言葉にカーティはこくりと頷く。
「でも、たしか士爵は町を巡回するんでしょう? なら、襲われたのはそいつらに見つかった偶然、という可能性もあるのでは?」
「その可能性は極めて低いかと。というのも、士爵は基本的に二~三匹で徘徊するのが普通です。あれだけの数が徒党を組んで襲ってくる時は、大抵それを率いる者がいます。
そして、その者は確実に貴方を狙っています」
オミッドが言う可能性を否定はしないものの彼女は、それは極めて低いもの、と言った。
彼は自分が狙われている事実を理解せざるを得なかった。
しかし同時に、デーヴにとってティアはそれほどの脅威なのだ、と彼は悟る。
狩人や執行官にバレる事も厭わず、オミッドの襲撃の為だけに士爵を大量に動員する事を許したというのだから、デーヴがティアを恐れている事が分かる。
「あの狩人も言っていましたが、貴方は今関わらなくて良い事に巻き込まれています。関わらなければ、後はあの女王が動き出すまで、貴方は身を隠すなりして待てば終わりです。
無理に危険に身を投じる事は無いのです。
それでもまだ、協力したい、などと言うのですか?」
カーティは彼の覚悟を問う。
彼女は言う。隠れていれば、終わる。まるで嵐が来た時のように、身を潜めていれば終わるというのだ。
だが、オミッドはそれを聞いてもなお納得出来なかった。
「はい、そうです」
「……どうしてでしょうか?」
「これが自然災害なら諦めがつきます。でも、このダミアで起こった悲劇、その諸悪の根源は血族……デーヴによるものです。
奴を倒して、少なくともこの悲劇に幕を降ろす事が出来るなら。
俺は、事件解決に命を賭ける覚悟です」
ここで逃げる事は簡単だ。しかしそれは命を見殺しにしている事に他ならない。理不尽を黙って見過ごせるほど、オミッドはまだ枯れていない。
「なるほど。しかしそれはただの自己満足。『俺は手を尽くしたんだから、救えなかった命はしょうがない』。なんて、自分を正当化させるためのエゴではないですか?」
「それは……」
否定は出来なかった。少なからず、そう思っている自分が確かにいるのだ。
諦めろ。
もうどうにもならない。
こいつの言う通りにしろ。
もう一人の自分が、そんな言葉を脳裏に浮かばせてくる。
だが、自分がどうしたいのかという選択肢を選ぶ事において、オミッドの正義感はその程度では揺らぐ事はなかった。
「自己満足でも、エゴでも良いです。
俺は俺の信じる正義で立ち向かいたいんです。ここで逃げたら、きっと一生後悔します」
「その心は評価します。しかし、いくら覚悟があろうと力が伴わねば意味がありません。
貴方にその力があるのですか?」
「無いですよ、そんなの」
「は?」
さっきまでの覚悟を問う声から真剣さが抜け、カーティは拍子抜けた声を出した。
「そこはこう他にあるでしょ!? 力は無くても覚悟の強さが~、みたいな決め台詞!」
「いや、無いものは無いって言うしかないでしょ……ていうか前見て前!」
求められていたものが何だったのかはさておき、オミッドは仕切り直して言葉を続ける。
「俺にはカーティさんみたいな力は無いです。でも、一つ策があります。奴の潜伏先を見つける策が。
だから、お願いです。俺に協力してくれませんか?」
「ほう……、それはどういう?」
「まず先に返答してください。教えるのはその後です」
オミッドは強気にそう言って、相手の様子を窺う。
しかし、返ってきたのは予想していたものとは違う返答だった。
「良いでしょう、分かりました。協力しましょう」
「え?」
あまりにもあっさりとそう言われたものだから、オミッドは肩透かしを喰らった。
「え? とは何ですか」
「いや。『先に策を言え。話はそれからだ』、とか言うんじゃないかと身構えてたもんで……」
「フフッ。貴方と私は別に敵同士じゃありませんよ。そんな無駄な腹の探り合いをする気はありません」
そう言って、カーティは更に続ける。
「改めて。執行官カーティ・マスタンドミアは貴方とともに、今しばらく協力体制を続ける事としましょう。
よろしくお願いしますね、先輩?」
横顔の頬を緩めて言うカーティに、オミッドは「おう!」と返す。
こうして再び奇妙な相棒ごっこを続ける事になった二人は、早速策について話し合おうとした。
その時だった。
車内無線が事件発生をうるさく告げた。




