エピローグ(下)
「大胆な告白は女王の特権、とでも? 笑わせないでください」
店を出てすぐ、背後から聞こえた声がティアの足を止める。
ティアは、振り返る事なく声の主に返事を返した。
「あら……いたんだ」
「フン、白々しい。気付いていたくせに。
よくもまあ、あの人の前に現れたものですね。厚顔無恥とは正にこの事です」
「よく吠える狗だこと。その調子で真祖になったあの人にも突っかかる訳?
ねぇ、異端を狩る主の使いたる、執行官サマ?」
敵意を剥き出しにしたカーティの言葉に内心苛立ったが、それは表には出さず。
ティアは彼女へと振り返って、挑発するように言った。
「そんなつもりはありません。
あの人が……オミッドさんがああなってしまったのは、私のせいです。
私が弱かったばかりに、あの人はあんな目に遭ってしまった。
守る、なんて誓いを立てておいてこのザマです。
本当に、なんとも滑稽でしょうか?」
カーティは挑発には乗らず、逆に自らを嘲るように自虐した。
するとティアは「へぇ」、と意外げに声を上げて、邪気の籠った微笑みを浮かべる。
「意外。責任、感じてるわけ?
教会って卑怯で醜悪なクズの集まりだと思ってたけど、貴方はそうじゃないんだ。
皮肉なものね〜。邪悪で凶暴な人外を狩る主の使いより、その人外の方が余程理性的だなんて」
そう言いながら、ティアはケラケラと笑う。
彼女の言葉の端々には攻撃性が見え隠れするが、それは言わずもがな意図してやっている。
教会、それも聖輪隊は親友の仇。
殺すなら最初からやっている。
それでも手を出さない理由は一つ。
親友が彼ら教会との共存を望んだから。
だからこうして、殺意を嫌味に変換してぶつけている。
そういう意味では、ティアもまた理性的な人外と言える。
「で? 人間みたいに罪悪感感じちゃう、人外さんはこの後どうするのかしら?
もしオミッドに手を出すなら、もう二度と罪悪感とか感じない身体に変えてあげるけど?」
「そんな気は毛頭ありません。むしろ、あの人は私が守ります」
ティアの挑発をまたも躱し、カーティはそう宣言する。
これにはティアも、一瞬目元をピクリと動かす。
「おっどろいたぁ! 執行官からそんな言葉が出てくるなんて!
狩るべき異端を庇うとか、貴方自分の所属先に殺されるわよ?」
「構いません。
彼らにとって、聖輪くらいしか主の加護を持てない私は鉄砲玉。派遣先で異端と戦い、相打ちにでもなってくれればそれで充分。
お父さんと我が師が鍛えてくれなかったら、とうに野垂れ死んでいた、そんな捨て駒ですから」
ようやく、それに気づけたんです。
と、捨て駒扱いに怒るでもなく、カーティは少しだけ頬を緩ませて囁いた。
「ですので。もう一度誓いを守る機会を得られるなら、私は使い捨ての駒という立場を捨て、喜んで殲滅対象になります」
「……案外ゾッコンね。
何? 貴方、あの人に気でもあるわけ?」
強く自らの覚悟を語るカーティに静かに驚きつつ、ティアはからかうように問う。
「さあ、どうでしょう?
あの人とは短い間、それも暗示でとはいえ、相棒としてやってきました。
ですから……そう。きっと情が湧いたのでしょうね。
正義感溢れる、危なっかしいこの人を死なせたくないなって、思う程度の。
勢いでオミッドさんを守るって誓いを立てる、それ位の情が」
その問いにとぼけつつ、はぐらかすのを隠そうともせずに、カーティはフフッと口元を緩ませる。
ティアには、それが地味に苛立った。
「あっそ。なら好きにしなさい。
貴方がやられたとして、私があの人を助けるだけだし」
ただし、とティアはギロリと睨んで付け加える。
「あんまり人のモノにちょっかい出さない事ね、小娘」
そう言った次の瞬間には、ティアの姿は無かった。
彼女が最後に言い残した言葉に、まるて気に入りの玩具を渋々貸す幼児の姿を彷彿とさせたカーティは、苦笑しながら言葉を溢す。
「……まったく。他人の事、言えたクチですか?」
「あれ、カーティか?」
店から出てきたオミッドが、カーティを見つけて声を掛ける。
「なんか、誰かと話してたっぽかったけど」
「いえ、別に? 私はただ、酒に溺れた何処ぞのアル中さんがまた飲み過ぎてないか、様子を見に来ただけです」
カーティがオミッドを睨む。
その視線には「お酒は程々に、って私言いましたよね?」という強い念が込められていた。
「うっ……。悪かった」
「人間じゃなくなって、お辛いのは心中お察ししますけどね。
さ、早く帰りましょう。連盟が目を光らせているとはいえ、夜は危険です。
道中は私がお守りしますよ」
「ああ。そうしよう」
そうして歩き出したオミッドだが、その足取りは不安定そのもので、今にも転びそうにフラフラと歩く。
「おわっ!?」
「危ない!」
案の定バランスを崩し、よろけたオミッドをカーティが慌てて支える。
「あ、ありがとう、カーティ」
「まったく、危なっかしいですね!
このまま行きますよ。
貴方みたいな危なっかしい人は、支えてないと心配ですから」
「……だな。頼む、そうしてくれ」
やれやれ、と呆れつつオミッドの肩を組んで、カーティは街頭でも照らしきれない暗い夜道を歩き出す。
「お任せ下さい! ……私が、危なっかしい貴方を支えますから」
最後の方は消え入るような声で、カーティはそう呟いた。




