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第十二話 下

「どうやら、狩りは成就したらしいな」

「ええ、そのようで」


 荒れに荒れた戦いの舞台。その跡地を眺めてズィルヴァレトが呟くと、隣に立つエアルフがそれを肯定する。


 周囲を制圧し、結界を解除してズィルヴァレトらが突入した時点で、ティアの姿はもう無く、人の姿は倒れているオミッドとその側で立ち尽くすカーティだけだった。


「激戦だったみたいだな。ティアは?」

「……消えました」


 声をかけてみると、カーティは消え入りそうな声でそう短く呟いた。

 それを聞いて、ズィルヴァレトは女王の身勝手さに呆れた。


「なら良い。いや本当は良くないんだが……まあ今は置いておこう。

 で、そいつは? 見た所ボロボロの割に、大きな怪我は無さそうだが」

「守れません……でした。私……約束、したのに……!!!」

「……死んだのか?」


 気まずげにズィルヴァレトが問うと、カーティは静かに首を振った。


「なんだそりゃ。どういう事だ?」

「ティアが、この人を真祖に……」

「はぁ!? 今なんつった!?」

「如何致します? それが真実ならば……」

「……俺だけじゃ決め切れん。今はオミッドを回収するぞ!

 ついでにカーティ、お前も来い! ボロボロだろ? うちの医療班に診てもらえ。

 他の奴らは後片付けに回ってくれ!」

「あー、ちょい待ってくれ?」


 部下に指示を飛ばすズィルヴァレトを、気の抜けた中年声が呼び止める。

 声の方を見ると、ニ十人程の手勢を引き連れた髭面の中年男と、その真隣にこちらに敵意を向けるように睨む眼鏡を掛けた男がいた。


「て、てめぇは、ルベン!?」

「お、お父さん!?」

「おー、我が愛娘よ! 無事で良かったぜ!」


 全員が教会の平服姿、特に髭面の男ルベンは神父を表す黒の平服を着ており、それは彼らが教会の聖輪隊である事を語っていた。


「聖輪隊が何の用だ!」

「血の気が荒いねぇ。こっちは上の命令で自分の娘を迎えに来ただけだってのに」


 ズィルヴァレトらが武器を構えた事で、ルベン率いる執行官らも臨戦態勢を取る。

 しかしルベンは武器を構える事無く、溜息を吐くばかりだった。


「こっちは面倒事にする気無いんだ。ほら、こっち来い。帰るぞ、カーティ」

「……嫌」

「うん? 何だって?」

「嫌です! 私は聖輪に誓いました! なのに、誓ったのに……守れなくって……!」


 目に悔し涙を溜めて、カーティは声を詰まらせながら言葉を続ける。


「私、謝らなきゃいけないんです!

 だから……この人と、オミッドさんと一緒に連盟に行きます!

 ごめんなさい、お父さん! 法王庁に帰る事は、聖輪隊に戻る事は、出来ません!!!」


 カーティが覚悟を決めた目を向けそう言い放つと、ルベンは一瞬だけ考え込んだ後、優しく背中を押すように言葉を返す。


「そうか、困ったな……いや? うん、そっちのが良いかもな……。

 よし、分かった! なぁに、父ちゃんが何とかしてやる!

 気にせず行ってこい!」

「何をする気か、ルベン大執行官!?

 それにカーティ! 狗の分際で、命令に反するとは何事だ! 教会がお前に与えた慈悲を、今までの恩を仇で返すつもりか!

 ならばその罪、今清算せよ!」


 そう言って、ルベンのそばに立つ眼鏡の男が杖剣を抜きながら迫る。

 しかしそれを遮るように、ズィルヴァレトとエアルフがカーティの前に立つ。


「そうはいかねぇ。カーティは牙の氏族の力を受け継いでいる。

 お前ら聖輪隊に返したところで、その末路なんざ目に見えてる。現にお前の反応で確信したぜ、コッテコテの執行官め。

 つーわけだ。連盟方針に基づき、カーティは此方で保護させてもらう。

 異論は認めねぇ」

「だそうです。

 我が主は無益な戦いを好みません。ですので、どうか……手を引いて頂けないでしょうか?」

「ズィルヴァレトさん……エアルフさん……」


 ズィルヴァレトが銃を構えてそう言うと、眼鏡の男は顔を真っ赤にして更に敵意を剥き出にしする。


「好都合だ!

 貴様ら異端を根絶やしにするのが、我ら教会の使命!

 図にのるなよ、人類の裏切り者供!!!」

「ハイハイ。マルク君も、そっちの若いのもヒートアップしなさんな。

 連盟と我が教会は今のところ同盟状態だ。

 協力する事はあれど、殺し合いは止めな」


 今すぐにでも戦いを始めそうな眼鏡の男マルクをルベンが口調を強めて宥める。

 しかしマルクは怒りを鎮めようとはしなかった。


「お言葉ですがルベン大執行官。

 あんなカビ臭い条約など、今となっては無いと同じ。この状況、シィナ大執行官殿なら間違い無く戦闘許可を出されます。

 同じ誇り高き大執行官、その筆頭となるお方ならば、貴方もそうすべきでは?」


 強く睨み、語気を強めて交戦を進言するマルク。

 そんな自身への煽りともとれる進言に対するルベンの反応は、とても淡白なものだった。


「ケッ。カビ臭いかどーかはお前らが決める事じゃねぇよ。

 それに許可出したとして、今殺し合ってもなぁ……ほら、来たぞ。粉砕卿ロード・スマッシュのお出ましだ」


 ルベンがニヤリと笑うと、ズィルヴァレトらの背後からカツカツとヒールの音が響く。

 その音は、ズィルヴァレトの背丈をゆうに超える程の大柄な、コートを羽織った人物から発せられていた。


「リア義姉さん! 来てくれたのか!」

「遅くなってしまいすまないね、義弟よ。

 さあ! 此処は僕に任せなさい。

 後から僕の隊が来ている。合流して、お客人らを安全な場所にお連れしなさい」

「分かった! 全員、一度退くぞ!」


 それだけ会話を交わすと、ズィルヴァレトらはオミッド・カーティを伴って後退する。


「どうやら、急いで来た甲斐があったようだね」


 それを阻む形で、リアがルベンらに立ち塞がって名乗りを上げた。


「我、サリヴァン伯爵家現当主兼連盟遠征隊狩長! リア・H・サリヴァン!

 教会の手の者達よ! 今ここで敵対するならば、君達は我が「粉砕卿」の名の由来を知る事となるだろう。

 それでも構わないなら、僕が相手になろう!」


 背に掛けた、リアの身の丈以上はある棍棒のように無骨な大剣の柄に手を回し、勢いよく振り落として大地を叩く。

 その凄まじい衝撃は空気を伝って周囲を振動させ、執行官らを怯ませる。


「ハハッ。相変わらずのバカ力だなぁ、伯爵様よ」


 引き笑いをしながらも、ルベンは怯まない。

 なんせ、この一撃はリアにとってはただの牽制でしかないのだから。


 さて、どうしたもんか。とルベンは思考を巡らせる。

 犠牲を考えないなら、勝ち目は無い訳ではない。

 だがそもそも、ただ一人を除いてこちらに敵意はもう無い。対するあちらも、こちらが仕掛けない限り、戦う意志は感じられない。


 そうなると次は聖輪隊として、部下の命と信仰、天秤に掛けられたのがその二つならどちらを優先するか、という話になる。


 以上を鑑みた上で、この場で自身が下す判断は一つしかない。

 ルベンは考えをまとめて、結論を出した。


「其方の覚悟、よーく分かった。……総員、撤収!」

「はぁ? ルベン、貴様! 敵前逃亡する気か!?」

「敵? 俺達が狩るべき理性無き異端なんか、此処には居ないぞ?

 それとも、俺には見えんがここに居るのか? なあどうなんだ、お前達?」


 詰め寄るマルクとは対照的に、ルベン配下の執行官らは微動だにせず、沈黙を答えとした。


「き、貴様ら……!?」

「というわけだ。今現在、お前は俺の部下だ。形式上とはいえな。

 俺の指揮下にある以上、俺の命令には従ってもらう」


 キツめの口調でルベンが言うと、マルクは舌打ちをして詰め寄るのを辞めた。


「……了解。この件、本部に報告させてもらうぞ、ルベン」

「ハイハイ、お前のボス(シィナ)にでも泣きついときな。

 撤収だ撤収! 本土に帰るぞ!」


 ルベンの催促もあって、執行官らは迅速にこの場から撤退していく。

 

「んじゃ、俺も帰りますかな。じゃあな、伯爵様」

「……この場に居たのが貴方で良かった。他の大執行官なら、多かれ少なかれ血が流れていたでしょう。

 賢明な判断、感謝します。ルベン大執行官殿」


 殿として最後まで残っていたルベンに、リアが恭しく頭を下げて礼を述べる。

 リアとしても、人間同士の争いは望むところではない。ルベンが選んだ選択は、彼女にとって喜ばしいものだった。


「へっ。気にすんなよ。

 あの娘に教会はちと生き辛過ぎる。

 俺()はな、あの娘を解き放ってやりたかったんだ。不意に訪れた絶好の機会、礼はこっちが言いたいくらいだぜ。

 ……俺が言うのも何だが。悪いが娘を頼んだ、サリヴァン伯爵殿」

「ご安心を。連盟は、寄る辺無き者達の居場所ですから」


 日付けが変わり、また新しい今日がやってくる。

 長い血族狩りの夜は終わった。そう、告げるように。

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