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第十二話 上

 目覚めた瞬間。

 体を濡らす温かい水が、ティアの意識を急速に覚醒させてゆく。


 そして、匂いで気付いた。これは水ではない。

 ティアを覆い被さるように抱いた、オミッドの血だと。


「退け、と言っているだろうがぁ!!!」

「ギャアアア!!!」


 大槍で胸を串刺しにされたオミッドを、デーヴはそのまま投げ捨てるように払い除ける。

 オミッドは絶叫を上げながら飛んで行き、そのまま工場の外壁に激突した。


「オミッド?……オミッド!?」

「弱者が粋がりおって。見苦しい!」


 フン、と鼻を鳴らし、デーヴは不愉快気に言う。

 そこで、ティアは自分の中で、何か糸のようなものがはち切れたような気がした。


「お前……お前お前お前お前お前お前ェェェ!!!」

「チッ、目覚めたか! だが、今の俺ならば! 炎蛇よ、全てを呑み込め!」


 すぐさま距離をとり、デーヴは蛇を象った炎をティアに放つ。


「ガァァァァァァ!!!!!!」


 ティアは言葉にすらならない咆哮を上げて放った、真祖の規格外の身体能力を以っての右ストレートの風圧で打ち消す。


「化け物めぇ! だが、それでこそ叛逆のし甲斐があると言うもの!

 ハアァァァ!!!」


 狙うは女王の首、叛逆の成就、その力を手にするが為。

 自らの炎、技量、誇りを大槍に乗せ、デーヴは今打てる最強の一撃を放つ。


「……油断した。そのせいで、そのせいで、そのせいで!!!」


 対するティアは、ポツリとそう言って拳一つで突進を受け切り、大槍を粉砕した。


「あ、あり得ない……マ、公爵ですら、まだ、届かぬというのか!?!?!?」

「可及的速やかに、全力で殺す! 貫け、岩棘(ロックソーン)!!!」


 デーヴに絶望の色が見え始めたと同時。

 ティアが叫んで地面を蹴ると、地面から複数の棘が出現してデーヴの身体を貫通、拘束する。


「な、何、ウォァァァ!???」

「私みたいな真祖はね、こういう無茶苦茶が出来るの。

 貴公如きに力を使うのは癪だけど、生憎時間が無いから。

 我が血、我が力、返してもらうわよ!!!」

「グギャアアア!!!」


 身動きが出来ないデーヴの胸を手刀で貫き、赤くそしてドクドクと脈打つ心臓を潰す。

 溢れ出した血は地に溜まり、それらはティアの足元へ集まり取り込まれていった。

 

「じゃ、もういいわ。野心の火に、呑まれて死になさい」

「ティア・ワンプル!!! 貴様、貴様ァァァ!!!」


 ティアが指を鳴らすと、心臓を潰されたデーヴを業火が包む。

 デーヴは絶叫を上げながらも、最期まで自身が裏切った主を睨み、ものの数秒で燃え滓となって消滅した。


「オミッド!!!」


 ようやく叛逆者の処刑は成った。

 が、今のティアはそんな事はどうでも良く、すぐさまオミッドが飛ばされた方まで駆け寄り抱き抱える。


「大丈夫、オミッド!? ねぇ、オミッドってば!?」

「……ティア。お、俺、頑張ったぞ……ゲホッ!」


 血を吐いて、ティアに自身の奮戦を誇るようにオミッドは笑う。

 全身に刺し傷があり、特に酷いのは胸部。先程の一撃でほぼど真ん中を刺されており、心臓が潰れかけている。

 よくショック死しなかったものだ、とティアはオミッドのタフさに感心しながら、彼にまだ息がある事に安堵する。


「あなたの献身もあって、私は奴を倒せた。礼を言うわ、オミッド」

「お前……起きないから、俺、どうにしかして……守ろうと……」

「ゴメンなさいね、でも守ってくれて感謝するわ。大丈夫よ。待ってて、今助けるから!」


 ティアは思考を巡らせる。

 内臓の損傷が酷いが、血族化で再生出来ない事はない。


 デーヴの公爵化という想定外もあって、想定より少し多く分体の力を使ったが、それでも人間一人分を血族化させるなど容易く出来る。


 ただ、問題があった。


「悪いが……俺は、血族には……なりたく……ない」

 

・・・


 終わりというものが、私は大嫌いだ。

 真祖たる私に終わりは無い。例えあったとしても、それは気の遠くなるずっと先の話だ。


 しかし、私以外はそうではない。

 限られた命を生き、そして死んでゆく。

 私が見る「夢」が楽しいものだと教えてくれたサラも、私の手を取らずにその呪縛に殉じてしまった。


「は? どういう事?」

「怖いんだ……力に、溺れるのが……」


 まさか、拒否されるとは思わなかった。

 二百年前の例外を除いて、死に瀕する人間なら、藁にも縋る思いで私の手を取るだろう。


 しかし今回の人間もその例外なのは、想像すらしていない誤算だった。

 オミッドの思いは聞いていた。けれど死の淵に立てば、血族の力を受け入れてくれる。

 なんて思うくらいに、私は彼の覚悟を舐めていた。


 思いもしなかった。

 そんなとこまで、あの子(サラ)に似てるなんて。


「何それ? 死ぬよりそっちのが怖いの!? 

 そんな心配いらない、あなたは間違えないわ! 

 大丈夫! もし間違っても、私が……」

「ティア……」


 説得を続けようとした私を、オミッドは消え入りそうな声で私の名を囁き、首を横に振る。

 もういい。そう、私に告げるように。

 

「……分からない。分からない分からない分からない!!!

 ねぇどうして!? あなた達人間はとてもひ弱、おまけに生を許された時間も短いのに!

 やり残した事はあるでしょう? 終わりたくないでしょう?

 なのに、何でそんなに安らかな顔をして逝こうとするの……?

 私を置いて、サラもあなたも、そんなに急いで何処へ行こうというの……?」


 何とも言えない怒りに、胸が押し潰されそうになる。その怒りの矛先は自分だ。


「俺は、約束通り……命懸けで……」


 力無く重力のままに落ちる、伸ばされた手を慌てて受け取る。触れて、オミッドの暖かさが、命の温もりが失われていくのを嫌でも実感してしまった。

 

 頬を冷たい何かが伝う。拭った手が濡れている。

 確か、涙というものだったか。


 発生から三百年、この胸が苦しくなるような感覚を経験するのはこれで二度目だ。


 これは、私が招いた惨事。

 あなたは関係無かったのに。

 

 巻き込んでしまったのは私なのに。 

 恨み言の一つぐらい言う権利が、あなたにはあるというのに。


 どうして、そんなに安らかな笑顔を私に向けるの?


 どうして、こんな結末を肯定しようとするの?


「やっぱり私、分からない!

 あなたが良くても、私は嫌! こんな結末、気に入らないわ!」


 あなたが良くったって、私が許さない。

 ひどく傲慢な事だけど、我儘な事だけど。


 でもね。

 もう私、失いたくないんだ。


「だから、ね。恨んで良いよ。あなたになら私、殺されても良いから。

 私、今からあなたにそれくらい酷い事、しちゃうから」

「う、うう……。オ、オミッドさん!? 嘘、そんな……そんな!?

 じょ、女王!!! その人の身に何が‥‥ぐっ!?」

 

 何か雑音が聞こえた気がするが、気にする暇は無い。

 自らの血が滴る人差し指で彼の潰れかけた心臓をなぞり、王冠の紋章、真祖の証を刻みこむ。


 そして、もう生き絶えかけている彼の手を取り、そっと手の甲に自身の唇を重ねる。


「もう、その人は助からない……! 今血族化しても、その人はもう動く死体にしか成れない!

 貴方は、いや、お前は、その人の誇りと勇気を……踏み躙る気ですか!?」


 煩い。煩い、うるさい!!!


「黙りなさい! 

 ……これは血の拝領の更に上。使い捨ての駒、人外の下僕へと変体させる術とは訳が違う。

 自らと同位の存在に、その身を書き換えさせる転生の儀。

 女王たる私が行える、対象を真祖という王位へと即位させる血の戴冠よ」

「お前、まさか!?」

「そのまさかよ。

 ……私は夢見る女王ティア・ワンプル。命懸けの働きには、相応に報いるわ。

 だって、そう約束したもの。ね?」


 オミッドの頬に手を当てる。

 大丈夫。まだ間に合う、まだ助けられる。

 

「フフッ。何もかも嫌になってふて寝してはや二百余年経っちゃったけど、おかげであなた一人くらいなら真祖にしてあげられるわ。そう考えたら、変な巡り合わせよね……」


 無論、新たなる真祖の誕生の為には相応の対価が必要だが。

 人間一人を真祖に変えるくらいなら、この分体の余力全てと眠りこけている本体の力を引き出せば造作も無い。


「私の命とその源、少しだけあなたにあげるね。

 だから、生きて。

 この分体は消えてしまうけれど、大丈夫。夢を見るからすぐに会えるわ。

 もちろん、あなたが会いたいと思ってくれればだけど……」


 ねぇ、オミッド。きっとあなたは私の自分勝手に怒るでしょうね。


 だとしても、ね。

 例えあなたに嫌われるんだとしても、私はあなたのこんな終わり方を否定したいの。


 だって。

 あの子には、生きてて欲しかったから。

 あなたには、生きてて欲しいから。

 

「でも。やっぱり、ごめんなさい」

 

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