第二話 中
「ちょっと! 放してください!」
「じゃ、この辺でいっか。はい、お望みどーり」
すっかり人通りの無い路地裏を進んでいたティアは、強引に引き摺っていたオミッドを開放する。
あっさり解放された彼は、よろめきながらも少し怒気の籠った言葉を投げかける。
「いきなり何するんですか!?」
「うん? もしかして、まだ飲み足りなかった?」
何も悪びれる様子の無いティアに怒りが込み上げてくる。あまりの怒りに、アルコールでぼやけた思考が鮮明になったほどだ。
「いーや。十分飲んだし、おかげさまで酔いも醒めましたよ!」
「じゃあ、何に怒ってるのよ?」
「貴方がいきなり俺の腕を掴んで強引にこんな所へ連れてきた件についてですよ!!!」
オミッドが早口にまくし立てると、ティアは「あ、それか」と声を上げる。
彼が言うまで、一切気づいていない様子だった。
「あー、ゴメン。でも、こっちのが話しやすいでしょう? 狩りの話なんて、あんな所で話せるもんじゃないでしょうし」
「狩り? 何だそれ?」
「え? 貴方も連盟の協力者なら分かるでしょう?
狩りといえば血族狩り。貴方達連盟の得意分野じゃない」
オミッドは、もう何がなんだか分からない。
疑問を口にしただけなのに、また知らない単語が飛び出て疑問が増えてしまった。こうなっては、彼は当惑する他ない。
そんな彼を見て、ティアは不思議そうな顔で尋ねる。
「……もしかして、今のお巡りさんって連盟と連携してないの?」
「ああ、してない! 少なくとも、俺はそんな組織聞いた事は無い!」
それを聞いたティアは、見るからに残念そうに肩を落とす。
「えっ、あなた協力者じゃないの~!? てことは、ただのお巡りさん?」
「ああそうだよ! 悪かったな、その協力者ってやつじゃなくて!」
「がーん!」
オミッドの言葉で更に膝から崩れ落ち、分かりやすく落ち込むティア。
これで彼は合点がいった。つまりこの女は、自分と彼女が言う協力者を何故だかは知らないが間違えたのだ。
しかし、落ち込んでいる時間は極めて短かった。何を決心したのか、よし、とつぶやくと彼女はスクッと立ち上がる。
「……仕方ないか。うん、もうあなたでいいや! あなた、私の狩りを手伝って!」
「い、意味が分からない……。何がどう仕方ないんだ?
失礼かなと思って言わなかったけど、もう我慢の限界だ!
お前頭おかしいんじゃないか!? いや、頭おかしいだろ!!!
もう酔っ払いになんか付き合ってられない!
俺は帰るからな!!!」
あまりの意味の分からなさにすっかり敬語が抜けたオミッドは、憤慨しながら来た道を戻ろうと振り返ろうとした。
しかし、それは出来なかった。
(か、体がう、動かない!?)
背筋から始まった寒気が全身を凍らせてゆく。
今は春先とはいえまだ肌寒い気候ではあるが、この寒さは尋常ではない。
そこで気付く。寒さで震えているのではない、恐怖していたのだ。
背後から感じる、剥き出しの殺意に。
飢えた獣に喉笛を食い千切られる寸前の獲物のように、ただ怯えているのだ。
しかしオミッドは直感する。これは、自分に向けられたものではない。自分はただ、直線上にいるだけ。目の前にいるに紅髪の女にこそ、この殺気は向けられているのだと。
「チッ、もう嗅ぎ付けたのね。悪いけど、もう強制参加確定よ!」
ティアは動けないオミッドをお姫様抱っこの形で抱えると、そのまま地を踏みこんで跳んだ。跳ねた衝撃で地はひび割れ、その勢いのまま空へと飛び立つ。
「ちょ、うわぁぁぁ!!!」
「オミッドうるさい! ちょっと跳んだだけなのに大騒ぎしない!」
「お前これ跳んだっていうか、飛んでるだろ!? こんな幻覚見るとか、もしかして俺もおかしくなったのか!?」
「幻覚? アハハ、寝ぼけた事言わないでオミッド! これくらい出来て当然よ。
だって私、血族の女王様なんだもん!」
えっへんと自慢げなティアは、建物を足場に空中を駆けてゆく。その後ろには、先程路地にいた者と同一人物らしき影が迫っていた。
「だから何なんだよその血族って!? あとあの追いかけてきてるアイツは何なんだ!」
「んー、貴方達に分かり易く簡単に言うと吸血鬼、って奴かな? ちなみに、あの追いかけてきてるのも一応血族よ。
私を殺そうとしてる。ついでにあなたもね」
「は? 吸血鬼の……女王? お前が? ……色々聞きたいが、にしたって何で相手が同じって分かるんだ?」
「だってアイツを血族にしたの、私だから」
「はあ? どういう……」
「話は後! ちょっとペース上げるから、助かりたいなら黙ってて! 舌咬んでも知らないから!」
オミッドの言葉を遮って、ティアは追跡者を振り切るべく加速してゆく。
こうなっては、オミッドは振り落とされないように彼女にしがみつく事に注力するほかなかった。