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第十一話 上

 降り注ぐ暖かな光。青く澄み渡る空の下、緑一色の草原に木陰で寝息を立てていた()が目を開ける。

 視界には銀髪を風に靡かせた少女が立っていた。


「あっ、起きた」


 土埃で服や顔を汚した少女が、寝ていた私を覗き込んで笑みを浮かべ言う。

 そこで私は理解した。

 また、私はあの頃を俯瞰して夢に見ているのだと。


「あなた……誰?」

「私? 私はサラ、サラ・A・ハウル。

 こんな身なりでも、ハウル公爵家の御令嬢よ。

 貴方は?」


 起き上がった私の隣にサラが、何の警戒心も無く座った。

 私はそれに動揺しながらも答えようとしたが、この時の私は名乗る名前など無い。

 他の血族や人間からは、女王とだけ呼ばれてはいたが。


「私……私って、何?」

「プッ……アハハハ!

 何って何よ、哲学じゃあるまいし! あー、面白い! 気に入ったわ、貴方!

 で、名前は?」


 冗談を言ったつもりはないし、そもそもこの頃の私にユーモアへの理解は無い。だというのに、サラは私の返事に爆笑した。

 可笑しな人間だな、という第一印象は今も変わらない。


「名前? ……無い」

「無い事は無いでしょ!? 貴方普段どんな呼ばれ方してるのよ……」


 あの時の私に、個体名は無い。

 無いものは答えようがない。だから代わりに自分を指す呼び名として、こう答えた。


「女王」

「は?」

「いや、だから女王……真祖の」

「あ〜、真祖のね。ハイハイなるほど……って、えぇ!?」

 

 約二百二十年前。

 長きに渡るグレート・アルストル島を巡る統一戦争が終戦を迎え、狩人と呼ばれる一部の王国貴族らは秘密裏に今尚続く人間と血族との戦いを本格化させた。

 その頃に私は、後に王立狩人連盟初代連盟長となるサラと出会った。


「し、真祖とはね……。びっくりしたけど、貴方敵意は無いわけ?」

「特に……?」

「あっそ。じゃ、問題無いわね。

 でも、名無しは面倒ね。一々女王なんて大仰な名前で呼びたく無いし……」


 敵意が無いという言葉を簡単に信じて、サラは思考を違う事に回した。

 こう見ると、昔から彼女の肝は据わっていたのかも知れない。

 まあ、ただのお人好しなだけな気もするけれど。

 

「そーねぇ。

 私が好きな響きの名前と吸血鬼の単語を捩って……ティア・ワンプルなんてどうかしら?」

「それが……私の、名前になる?」

「うん。少なくとも、私は貴方をそう呼ぶわ。

 よろしくね、ティア」


 蒼い瞳が私を捉えて、優しく微笑む。

 この日、この瞬間、ティア・ワンプルとしての私がこの世界に生を受けたのだ。

 そう、彼女の笑顔が告げてくれた。


 それから私達は出会ったのと同じ場所・同じ時間で何回も待ち合わせをする。

 時間というものを気にした事が無かったから、最初は待ち合わせに難儀したものだ。


 でも、三十回を超えた辺りで大体の感覚は覚えた。

 月日は流れ、丁度出会って一年経つか経たないかといった頃に私は彼女にある事を尋ねた。


「ねぇ、サラ?」

「なぁに、ティア? そんな険しい顔してさ。せっかくの美人顔が台無しじゃん」

「あ、ありがと……じゃなくて! 今更だけどさ。貴方公爵家なんでしょ、血族狩り筆頭家の。良いの、私みたいなのと一緒にいて?

 貴方と私は、互いに狩る狩られる存在なのに……」

「ホンット今更ね……。まあ、言いたい事は分かるわ。

 でもね。私、こうして対等に接してくれる友達を、種族が違うとかそんなくっだらない理由で手放したくないの。

 吸血衝動、真祖には無いんでしょ? なら、心配いらないって。

 それとも、貴方は私を殺す気なの?」


 そう問われ、全力で首を横に振る。だってそんな気は毛頭無いから。

 でも、血族が人間の生き血を求める理由、それは異様に高い闘争心から来る。


 人間の血のみ自身の魔力に変換して身体を巡る血とする種族だからこそ、衝動のまま荒れ狂う血族や主への叛逆を狙う血族は人間の血を求めて殺し、自らの糧とする。


 そしてその闘争心、吸血衝動は、真祖にだって少なからず存在する。


「無いわけじゃないの、抑えられてるだけ……。でも私もきっと、いつかは私という存在は劣化して、血を求めてしまうかもしれない。

 それが不安で不安で、怖くて堪らないの。

 だからね。そうならないように、私はずっと夢を見ているの」

「夢?」

「今、貴方と共にいるこの私の身体は作りもの。本体は違う所で眠ってるわ。

 だから、夢なの。この分体の私を通して見たものは、ね。

 不気味でしょ? でも、この力を使わなかったら、私は貴方とこうして会う事だって不安なの。

 もし。貴方を傷つけるような事があれば、私は、私は……」


 この時、私は自分の能力を初めて他人に明かした。

 ただの優しい人間である貴方は、こんなよく分からない力を持つ私のような化け物と深く関わるべきではない。


 そういう意図を込めて、意を決して明かした。

 だというのに、サラはそれを「ふーん」の一言で終わらせた。


「でもなんか嬉しいわ! そんな思いしてるのに、私に会いに来てくれてるのだもの!

 ありがとね、ティア! じゃ、これからも仲良くしましょ? ね?」


 サラはそんな事を言いながらニカッと笑顔を作り、私を肯定してくれた。


 だけど、私は理解出来なかった。

 サラは何故、私を拒否しないでくれたのか。


 だから聞いた。

 その理由、彼女の夢を。


「どうして……私を拒否しないの? 人間は怖いものは遠ざけたり、消したりするんじゃないの?」

「いや、まあ、うーん。そう教えたのは私だけど、別に全てがそうじゃないの。現に、ここにその例がいるわ。

 私はね、どーにもならない敵意や殺意を抱いてる奴以外とは、出来るだけ分かり合いたいの。

 だってお互い仲良く生きられた方が、きっと人生楽しいと思わない?」

「まあ戦わないなら、それに越した事は無い、よね……?」

「そうでしょう?

 ……だから私ね。この理想を掲げて次期ハウル狩猟団の狩長として、血族や人外の者達と向き合うわ」


 突然の告白に、私は呆気に取られてしまった。

 今、サラは何と言った? 

 血族と向き合う?

 それは駄目だ、無謀が過ぎる。


「な、何言ってるの!? 血族と向き合うだなんて、貴方正気!?

 駄目、絶対やめて! 分かり合える筈がないわ、何より血族は人間を糧としか見てないのに!」

「……じゃあさ、ティアも私を糧として見てる訳?」

「そんな訳無いじゃない!!!」

 

 悲鳴のように叫んで、必死に否定する。感情が昂って目には涙が滲み、それは止めどなく流れ出す

 この時の私は、涙など知りもしなかったけれど。


「な、何、これ? 目から、水が……止まらない?」

「涙っていうのよ、それ。悲しんだり、嬉しかったり、感情が昂った時に出るもの。

 ……ごめん、今の質問は意地悪だったわ。心根優しい貴方を悲しませる気は無かったの……信じて、お願い」

 

 指先で涙を拭って、サラは謝罪の言葉を口にしながら私を抱擁してそう囁く。

 

「うん、それはいい。でも、無理よ。貴方達は同じ人間同士で、今も争い合ってるくせに。第一、他の狩人が従うわけ無いわ」

「アハハ、痛いとこ突くね。

 島外からの侵略は確かに続いてるけれど、それもあと少しで結ばれる停戦条約で終わりを迎えるわ。となると、残る敵はこの島に在る人外の者達のみ。

 でも、血なんて出来るだけ流したくないの。もう沢山なの、そんなのは」

 

 サラはうんざりしたようにそう言って立ち上がり、空を見上げる。

 彼女は遠くを見ている。

 

 歩もうとしている道程は、高い壁や障害が立ちはだかる茨の道。

 一歩踏み外せば、きっとその末路は恐ろしいものになる。


「……いつか言おうと思ってたんだけど、さ。

 私ね、あとちょっとで狩長になるの。ハウル家当主は弟が継ぐけれど、あの子身体弱いから、その代わりに」

「えっ……?」

「私はこの機に狩人達をまとめて、内から改革を推し進めるつもり。

 私は、貴方と友達になれた。

 だから、貴方の様な他の穏健な血族と歩み寄る事だってきっと出来る。少なくとも、無理なんて事は絶対無い。

 もし、貴方がそれに協力してくれるなら、こんなに頼もしい事は無いわ。

 お願い、私と一緒に皆が楽しく生きられる世界を創りましょう!」


 でも、彼女は覚悟を以って、その道を歩き出そうとしていた。

 差し伸べられた手を取れば、この子は死を厭わずにその身を捧げる事だろう。

 

 だから、私は。その手を取る事をしなかった。

 

「そんなの、無茶苦茶だよ。出来るわけない。

第一、楽観的過ぎるよ。困難に打ちのめされて、酷い最期になるに決まってる。

 貴方にはそんな末路、辿って欲しくない……」

「……そっか。残念」


 手を取ってくれなかった事に、拒絶された事にショックを受けたのか、サラは悲しそうに私に笑いかけた。


 これが私の犯した過ち。

 私の悔恨。

 手を取らなければ、考えを改めてくれるかも知れない。


 そんな淡い期待と一縷の望みを掛けて、私はあの時、彼女と共に歩む事を拒否してしまった。


 でもそれは、彼女の覚悟を更に固めてしまう悪手だった。

 

「うん、分かった。

 ……私はもう、立場的に貴方とは会えない。もしかしたら、これが最後になるかも知れない」

「サラ……?」

「だから、今言うね。

 見てて。私、成し遂げてみせるから」

 

 その言葉を残して、彼女は寂しげに帰っていった。

 そして、もう二度とあの草原で私達が会う事は無かった。

 

 

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