第十話 下
ティアの元へオミッドを行かせるべく、カーティは両手に五つ、合計十の聖輪を構える。
「今です、行ってください! 異端を轢き殺せ、聖輪!!!」
一斉に投擲された聖輪がデーヴに向かって飛んで行くのと同時に、オミッドは散乱する資材に隠れながら、身を屈めて走り出す。
対してデーヴは聖輪への対処を優先し、向かって来る聖輪と投擲手がいる方向へ手を翳す。
「俺を阻むならば、何であれ焼き尽くすまで! 炎よ、忌まわしき運命の光刃を呑み込むのだ!」
炎の渦が聖輪を跡形も無く呑み込み、更にカーティへと迫るが高く跳躍し回避する。
(紙ベースとはいえ、魔力で変質させた刃なんですけど!? こうも簡単に消し炭にされると、これは今の私では逆立ちしたって敵いませんね……)
デーヴの周囲には炎が這っている。安易に近寄れば、燃え盛る資材のようにあっという間に焼き尽くされる事だろう。
(先祖返りの力を使えばワンチャンスあるかもしれませんが……。
アレは今回が初の実戦投入、連続で使っていいものなのか……まあ、そもそも今の体力的に次使ったところで間違い無く一歩も動けないでしょうけど)
身軽そうに空中を舞うカーティだが、実際の所疲労感が酷く、かなり無理を通して聖輪での遠距離戦を展開している。
「今月の給与も聖典写本購入で大分消えそうですね……。言ってる場合じゃないとはいえ、世知辛いです!」
聖輪遣いは基本、聖輪の消耗が激しくなる遠距離戦を好んで積極的に展開する事は無い。聖輪の元となる聖典は支給されず、その上かなり値が張るからだ。
なので、聖輪を主武装とする物好きな執行官は、消耗を抑えるべく接近戦を多用するのだが、今回ばかりは命に関わるのでそれは出来ない。
カーティはぶつくさと自身の職場環境を嘆きながら、残る選択肢である聖輪の投擲を続けた。
「ウォォォ!!!」
デーヴの唸り声に合わせ、荒ぶる炎が蛇の形を取る。そして聖輪を呑み込みながら、資材を足場に立ち回るカーティに迫る。
「聖輪では歯が立たないか。ならばこれを!」
手榴弾を取り出し、歯でピンを抜いて炎の蛇の大口に放り込む。
すると、蛇の丁度喉の部分で手榴弾が爆発し、蒸気が湧き上がる。
「何だと!?」
(持ってて良かった、対化け物用聖水手榴弾! 格上に当て辛いのが難点ですが、あれくらいデカい標的なら関係無いですね)
炎の大蛇を一時的に無効化した事でデーヴの攻勢を躱していたカーティに少しの余裕が生まれた。
デーヴの次の一手に警戒しながらカーティは視線を横に移し、丁度オミッドがティアの元に辿り着いているのを確認した。
(ここまでは何とか捌けました。後はあの女王が起きるまで、私が耐えられるかどうかですが……)
「まっ、やってやれない事は無いでしょ!」
楽観的に、しかし自分に言い聞かせるように言って、カーティは闘志を無理矢理昂らせる。
そんな激戦が繰り広げられている一方でオミッドは、うつ伏せに倒れているティアを抱き起こし、傷の具合を確かめようとしていた。
「な……なんだ、これ!?」
大槍が直撃した腹部に、大きな穴が空いていた。しかし驚いたのはそこではない。
本来夥しい量の出血をしているはずの穴から、何か粒子のようなものが漏れ出ているのだ。そして、その穴自体も順調に塞がっていっている。
そこでオミッドはカーティが言っていた、簡単には死なない、という言葉の意味を理解した。
何故か出血していないのかは分からないが、とりあえず命の心配は要らない事にオミッドは安堵する。
「おい、ティア! 大丈夫か、起きろ!」
返事は無い。
耳を近づけて呼吸しているかどうか確認してみると、ティアは小さく寝息をたてている。
「……もしかして、寝てる!?」
何とティアは、この状況で眠りに落ちていた。それはもうぐっすりと。
「何でこんな状況で寝れるんだよ!? おい、起きろ!」
身体を揺すってみるが、効果は無い。
焦るオミッド。しかしティアは変わらず、すうすうと小さく寝息をたて続ける。
「おい、ティア! さっさと起きてくれ!」
声を荒げて、呼び起こそうとするオミッドの焦りとは逆に、ティアは未だに眠りから覚める気配は無い。
今、オミッドはティアを起こす事に必死になっており、周りへの警戒を疎かにしてまでそれに集中してしまうほどには冷静さに欠けてしまっている。
となれば。如何に囮として奮戦する者が気を引きつけたとしても、デーヴが気付かないはずがなかった。
「ん? いつの間にか、卑怯者があんな所に……。なるほど、こちらは囮か。
ならば!!!」
声に気付いたデーヴは、優先対象をカーティからオミッドへと変更。
大槍に炎を纏わせ、すぐさまオミッドの方へ跳ぶ。
「いけない! ぐうっ!?」
それを阻もうと試みたカーティだが、脚に力を込めようとした瞬間に全身を鈍い痛みが走る。
その痛みは、既に酷使された身体が限界を迎えている事を彼女に教えた。
「ぐっ! こうなったら残りの魔力、全乗せです!
顕現せよ! 理性無き異端を轢き殺せ、大聖輪!!!」
口上を述べながら手を掲げる。
その直径、およそ七十五センチの光刃。
聖輪に込められるだけの魔力を込め、通常より五倍近く大きな光輪を生み出す。
投擲されたそれは、その大きな見た目とは裏腹に、普通の聖輪と変わらぬ速度でデーヴを追いかけるように加速していく。
「ヌウッ、ガアッ!!!」
しかしデーヴは炎で防ぐでも無く大槍で弾くでも無く、大槍を持っていない左手で大聖輪を殴り弾いた。
「なっ!?」
「グッ! こ、ここで女王の魔力を取り込む機会と引き換えなら、腕の一本などくれてやるわ!」
デーヴは灰になっていく左手を切り落とし、更に速度を上げてオミッドに迫る。
「クソッ! 気付かれたのか!?」
「そこを退け、虫ケラが!」
「に、逃げて下さい、せんぱ……い……!!!」
デーヴが炎を纏う大槍を構え、突進してくる。
カーティは悲痛な声でオ、ミッドに逃げろと叫んで倒れ込む。
幸いな事に、デーヴはオミッドに関心など無い。討ち取るべくは女王であり、オミッドではないからだ。
オミッドは考える。
今、全速力で逃げ出せば、間に合わない事もないはずだ。
そうなると、自分の背後にいるティアは刺し貫かれてしまうが。
仕方ないじゃないか。
自分の命には変えられない。
これは止むを得ない犠牲だ。
脳裏に数々の言い訳が浮かぶ。
だが次の瞬間には、その言い訳を払い除けるようにある一つの思いが浮かぶ。
逃げて、どうする?
そもそもこの狩り自体、ティアやカーティが戦闘不能になった時点で詰みなのだ。
なら、ここで非戦闘要員である虫ケラ同然の自分が勝つ為に出来て、すべき事は一つ。
「死んでも、退くもんかよ!!!」
杖剣を構え、オミッドは両脚を震わせながら立ち塞がる。
腹は決めた。
ティアを死んででも守り抜く、と。
それがオミッドが思いつく、現状を逆転する唯一の一手だった。




