第九話 上
オミッドらが絶体絶命の状況に陥っている頃。
即時動員出来るだけの人員を率い、何だかんだで協力する為に到着したズィルヴァレトらは、周囲の血族らと戦闘状態にあった。
「第一・第ニ小隊は前進。第三・第四小隊は援護しつつ包囲を維持。数は多いが、相手は士爵ばっかだ。各隊、連携忘れんじゃねぇぞ」
後方の空き地に指揮所を設置し、そこから上がってくる情報・地図と駒で状況を鑑みながら通信機で指揮を執るズィルヴァレトに、隣に立つエアルフが何かを察知して囁く。
「ズィルヴァレト様、どうやら殲滅対象が覚醒した模様です」
「何だと? ……あの執行官を援護して先行させたのは、どうやら正解だったらしいな。
で、何処か分かるか?」
「例の廃工場です」
「はぁ!? あんのバカども、棺のある場所で足止め喰らってんじゃねえか! 不味いぞどうする!?」
エアルフの報告に大きく取り乱すズィルヴァレトだったが、通信班の一人が飛び込んで来るのを察知して気を取り直す。
「遠征隊狩長より伝令!
此方の狩猟は達成した。よって、其方の狩猟の援軍として参陣する、との事!
ただ、部隊到着に四時間は要するようで、決して死なずに義務を果たせ、と……」
「分かった、下がれ。
義姉上の参陣は有難いが、四時間か……」
時刻は二十時を過ぎた。
このまま包囲を維持すれば、この街の惨劇に幕が降りる。ただ、確実にオミッドらは死ぬ。
通信班の伝令に、ズィルヴァレトは顎に手を当てて思案を巡らせる。
そうして、一つの決断を下した。
「あー、もう! 俺は決めたぞ」
「如何しましょうか?」
「使いを出して、女王を動かす。
俺達はそれまで、街に士爵どもが流れ出ないようにここで狩猟を続ける。
というわけだ、エアルフ。お前に使いを任せる」
「私が、でございますか? しかし、ここで私が居なくなれば万が一の事態が起こった際御身のご安全が……」
「言ってる場合か、そん時ゃそん時だ!
女王に顔が知れてて、この場で一番速いのはお前だ。いいか? 女王に「オミッドが計画を早めたいと言っていた」と言え。
どうやら女王はあのイカレ刑事をお気に召されたようだからな。名前を出しゃ動くだろ」
「……御意に」
ズィルヴァレトから命令を受けると、エアルフは一礼して天幕から出て行った。
「カーティがアイツらの娘なら、母親の「牙」を受け継いでいるはず。しばらくは保つだろうが……何にせよ、気張れよ! オミッド! カーティ!」
・・・
向かってくるカーティを死人の目で見つめ、デーヴは溜息を吐く。
「さて、今宵の蝿はどの程度か……。小手調べといこうか」
デーヴの右手から夥しい量の血が流れ出し、その血は落下した先で紅い剣を形取ってゆく。
「……推して参る」
血の剣を引き抜き、デーヴが地を蹴って水平に跳ぶ。
「もしやあれは!? ……いえ、違いますね。血族魔法の応用、といった所でしょうか。
どちらにせよ、もうそこまで覚醒しているとは驚きです、ねッッッ!」
振り下ろされた剣を避け、聖輪を投擲。
すぐさまデーヴは後方へ下がり、剣で聖輪を叩き落とした。
「畳み掛けるッ!」
そこから急接近して聖輪の連撃を仕掛ける。
素早い手数でデーヴを押し込もうとするが、デーヴも一本の剣を巧みに操り全ての連撃に対応する。
腐っても騎士だったデーヴの戦闘力は、凄まじいの一言に尽きる。
しかし、それと真正面から向き合い、互角に渡り合うカーティの実力にオミッドは驚いた。
「流石は悪名高き聖輪隊。威勢だけかと思ったが、名を連ねるだけの事はあるではないか。
誇れ、ここまで保った貴様のような執行官はこれまでいない」
「それはどうも。まあ、血族なんかに褒められても、不愉快ですけど、ねッ!」
「言うではないか、小娘。
では、褒美だ。我が武、その一端を見せてやろう」
投擲された聖輪を弾き、デーヴはカーティとの距離を一気に詰める。
「なっ、速っ」
「───とくと、味わえ」
振りかぶった剣が降ろされる。
まるで時間が止まったかのような感覚に襲われたカーティは直感する。
これは避けられない、と。
「何の、これしきッ!」
降り掛かる無数の斬撃全てを捌くのは、人の身には到底出来ない芸当だ。
故に。
その身を削られながら、致命傷になる一撃だけを的確に、がむしゃらに弾く。
生き残るにはこれしかない。
カーティは咄嗟にそう分析し、一切の躊躇無くそれを実行する。
「ぐっ、アアア!」
「カーティ!?」
剣圧に吹き飛ばされて転がるカーティに、オミッドが駆け寄る。
「おい、カーティ!? 大丈夫か!?」
「ハハハ……ワンチャン、あるかなぁって……思いましたが……やっぱり、人の身じゃ、敵いませんね……」
オミッドに抱えられたカーティは、傷だらけの顔に笑顔を浮かべて力無く言った。
「やっぱり、って……じゃあ、何で立ち向かったんだよ! 逃げれば、お前は傷付かなかったのに……」
「血界を展開された時点で……逃げるという選択は、無くなり、ました。
それに、立ち向かわなかったら……私も……先輩も……死んじゃうじゃ、ないですか……」
カーティはボロボロの体を無理やり動かして、デーヴに向かって立ち上がる。
対してデーヴは絶望感を煽るように、わざとゆっくり近づいて来ている。
「先輩……私に、死んで欲しくない、ですか?」
荒い呼吸をしながら、カーティはそんな事を突然言い出した。
「あ、当たり前だろ! もう、誰にだって死んで欲しくない!」
「そう、ですか、そう、ですよね。私も、同じ気持ち、です。
……では、今から私が言う問いに……ただ、頷いては頂けませんか?」
「な、何する気だ!?」
「するかしないか! ……どっち、ですか!?」
気迫の篭った問いに、オミッドはただ頷いた。
振り絞った声から、カーティの覚悟は伝わった。
なら、何が起きようと、自分も覚悟を決めなくてはならない。
そう思ったからだ。
「分かりました。
……牙の氏族、ファンガレアの一門が汝に問う!
汝、我を従え、血族に立ち向かう勇気はあるか!」
「あ、ああ!」
聖輪を投げ、ジリジリと近寄るデーヴを足止めしてカーティは問う。
迷っている暇は無い。
訳が分からないが、現状を打破出来るというカーティの言葉を信じて、オミッドは力強く答えた。
「ならば、汝の覚悟と勇気を以って、今より汝を主と認めん!
封印剣ブッドレイアよ!
ここに誓いは成った! 我に牙を、ファンガレアの力を!!!」
「え……うわっ!?」
突如杖剣の剣身が光り輝き、オミッドとカーティを包み込む。
あまりの眩しさにオミッドは目を覆い隠す。
次第に光が弱まっていき、目を開けたオミッドは仰天する。
目の前に立っていたのは狼のような耳と尻尾、手足に鋭い爪を生やした、まるで獣のような姿をしたカーティだった。
「へぇ、こんな感じになるんですか。ぶっつけ本番でしたが、上手くいきましたね」
「なっ!? カ、カーティ、その姿は!?」
「ほう、先祖返りか。面白い」
デーヴが歩みを止め、興味深そうに言った。
「先祖返り?」
「不思議じゃありません? 何故、連盟が力を削ぐ事無くいきなり大元を叩けるのか、って。
その答えがこれ。牙の氏族達、所謂猟犬の力を借りる、という事です」
さて、とカーティは獲物へ威嚇する獣のような構えを取って宣言する。
「第二ラウンド、開始です!!!」




