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第六話 上

 ズィルヴァレトらに報告を終え、刑事課に戻りバタバタと書類制作やらの引き継ぎ作業を行う事彼此数時間。現在の時刻は十七時を回ろうとしている。

 

 そろそろ退勤の為の言いくるめに動き出そうと考え始めていたオミッドらのデスクに、トレントが背伸びをして腰をさすりながらゆっくりと歩いて来た。


「あー、痛ぇ。デスクワークはこれだから嫌なんだよ。

 おいオミッド、もう上がっていいぞ。あとカーティ、お前もな」

「えっ、良いんですか?」

「良いも何もお前休日出勤だし、カーティも確か明日休みだろ。終わりの目途はついたし、この分なら俺らで終わるさ。上司の気遣いだぞ、有り難く受け取って帰りな」

「やったー! じゃ、お先上がりまーす! カーティちゃん、一緒にメシ」

「お前は残れ。油売ってた分働きやがれ、メシ奢ってやるから。

 じゃ、そういうわけだ。お疲れさん」


 サッサと帰ろうとするロッドの肩をガシッと掴んで、トレントは嫌がる彼を引きずりながら自身のデスクへと帰っていった。


「じゃ、お言葉に甘えて計画通りにいきましょうかね」

「あ、ああ、そうするか」


 まるで何も無かったように平然と帰り支度を始めるカーティに困惑しながら、オミッドも帰り支度をすべくロッカー室の荷物を纏めて刑事課を署を出た。


 普段なら電車を利用して帰る所だが、今回は署に置いてある自身の車を使って繁華街へ向かう。


「先輩お腹減ってませんか?」


 その道中、そんな事をカーティが聞いて来た。


「うん? いや、俺はそんなに」

「えっ、減ってますよね? ね? あっ、丁度あんな所ハンバーガーショップがありますね~」


 寄れ、という事なのだろう。

 さほど腹は減っていないが、長丁場になるだろうから何か胃にねじ込んでおいたほうが良いかもしれない。


 そして何より、ここまで強調して圧力を掛けてくるカーティの眼に「止まれ」と脅されているような気がして、オミッドはハンバーガーショップの入り口へとハンドルを切った。


「あっ、私買って来ますよ。先輩は何が良いですか」

「コーヒーと肉以外のサイドメニューなら何でもいい。あとこれ」


 オミッドは財布から紙幣を三枚ほど抜き取ってカーティに渡した。


「昼間は奢り損ねたからな。代わりにここで奢るよ」

「えっ、良いんですか!? じゃ、行ってきます!」


 紙幣を受け取ったカーティはやけにウキウキしながら店に入っていった。

 その様子に一瞬疑問を抱きながらも、車内帰りを待つ間、オミッドは携帯端末でデーヴ・スティルマンについて調べる事にした。


 検索をしてみると、彼は意外に高名な歴史上の人物だった事が分かった。

 幾多もの戦争を戦い抜き、一軍の将へと成り上がった英雄であり、最後の最後に王に背いた叛逆者。

 それが、彼の人生の概要を読んで得た総評だった。


 人間から血族へと生まれ変わった奴は、かつての主君を裏切ったように、またも主君を裏切った訳だ。

 性分は死なねば治らないとはよく言うが、案外本当にそうなのかもしれない。


 などと哲学じみた事を考えていると、彼女は帰ってきた。……両手に紙袋を三つ抱えて。


「はい、コーヒーとあとパイがありましたからどうぞ! あと、お釣りとレシートです」


 それらを受け取りながら、オミッドは青ざめる。

 三つの紙袋のうち一つは飲み物が入った袋だ。


 だが、ハンバーガーが詰まっている二つの紙袋に、明らかに少な過ぎるお釣りと長いレシートが、それが現実だと告げる。


「な、なあカーティ……お釣りこれで全部?」

「えっ、そうですけど……あっ!!! もしかしてこれ、全部使っちゃダメだったんですか!?」


 多めに持たせたのが全ての失敗だった。そう、オミッドは痛感した。昼間の一件でカーティが大食いなのは知っていた。


 だがまさか、全部使われるほど大量購入するなどとは夢にも思わなかったのだ。

 

 しかし、奢ると言って金を渡し勘違いさせたのは自分なので、あまり強くは出られなかった。


「い、いや、確認しただけだ。大丈夫……大丈夫。じゃあ、出発するぞ」

「そうですか? 大丈夫なら良いんですが……」


 本当はあまり大丈夫ではない。思いがけない出費であるが、オミッドは強がりを見せて車を発進させる。


「うーん! こういう不摂生してるなって感じる食事、たまに食べるとやっぱりたまりませんね!」

「貶してるのか? それとも褒めてるのか?」

「無論後者です!」

「……ならいいや」


 満面の笑みでハンバーガーを大きな一口で齧り付くカーティを横目に、オミッドはコーヒーを少しだけ啜る。

 凄まじい速度でハンバーガーが消滅していく怪奇現象を隣で見ているだけで胸焼けしてきたので、パイには手を付けられなかった。


 そんな彼とは裏腹に、現在六個目のハンバーガーに手を出した彼女だが、忘れてはいけない。彼女は昼に約三人前のステーキをその胃に納めている。


 果たしてその小柄な身体の何処に、ハンバーガーは消えていくのだろうか。

 こういうのも、人体の神秘とか言うのだろうか。


 などと下らない事を考えていると、最後のハンバーガーを食べ切ったらしく、彼女は満足そうにお腹を摩った。

 

「ふー、堪能しました。ご馳走様です、先輩」

「そりゃ何より」

「では、準備に入りましょうかね。よいしょっと」


 カーティは鞄から分厚い辞書のような本を取り出す。

 食後、それも運転中の車内で読書なんか始めるとは恐れ知らずな。


 とオミッドは思ったが、彼女はそのページを一枚一枚破り始めるという正気を疑う奇行に走り始めた。


「本取り出していきなり何してるんだ!? 読むんじゃないのか?」

「あっ、いえ、聖輪を作り出しておこうかなと思いまして」

「聖輪って、あの昼間に投げてた光る輪っかの事か?」

「ええ、それです。教会の執行官、その精鋭たる聖輪隊が誇る対血族万能型轢死装備。正式名称をソロネの聖輪と言うのですが……まあ、分かりやすく言いますと、血族どもに致命傷を与えられる、人が使う魔術の一種とでも考えてください。

 作り方は簡単! 聖典のページを引きちぎって輪っか状に折るだけです。

 後は魔力を流し込めば、こんな風に顕現します」


 と言いつつ慣れた手つきで輪っかを作り、それをカーティが掲げると、輪っかが運転に支障が出るレベルで光り輝いた。


「眩しっっっ! カーティ、やめてくれ!」

「あっ解きますね、すいません! 

 ……というわけで、私は着くまで作れるだけ聖輪を作りますね。恐らく、今の手持ちじゃ足りませんから」

「分かった。邪魔しないよ」


 まだチカチカする眼を擦って、オミッドはそう返した。

 カーティが黙々と赤子の悪戯のようにページを破って、輪っかを作る作業に集中した為、その後特に会話は無く。

 目的地の繁華街へと着く事となった。

 


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