超ド級防犯対策
とてつもなく広い屋敷があった。その一帯は高級住宅街であったが、その屋敷と比べれば、どれも犬小屋のようであった。その屋敷だけが、突出した敷地面積を誇っていた。
その屋敷に暮らす家主は、とにかく防犯対策に凝っていた。資産家で、何世代に渡っても使いきれない程のお金があったので、好きなだけ注ぎ込む事が出来た。
屋敷の正面にそびえ立つ鉄の門を開けるには、32桁の暗証番号を正しく打ち込まなければならない。間違えば、警報ベルがけたたましく鳴り響く。それに連動して、門に備え付けられたレーザー光線銃が、門の前の人物に照準を合わせ、発射される仕掛けになっている。
入り口はここだけで、あとは巨大な塀が屋敷を取り囲んでいる。塀は鋼鉄製で極めて頑丈であるうえに、特殊な滑る素材をコーティングしているので、よじ登る事は不可能であった。
男は、ミリタリールックに身を包み、軍用の大容量で軽量のバックパックを担いでいた。手には電流を通さない黒い皮の手袋、首に赤外線スコープをぶら下げた完全装備である。
男は警戒しながら門に近づくと、記憶している32桁の暗証番号を入力する。しかし暗証番号は違っていたようで、警報ベルがけたたましく鳴り響く。同時にレーザー光線銃が男に照準を合わせ、発射される。男はかろうじてかわし、正門の陰に隠れた。
「聞いていた暗証番号と違うじゃないか。変えやがったな」
男はバックパックから鼠型のロボットを取り出し、門の前を走らせる。レーザー光線銃はそれに反応して、光線を発射する。が、鼠型のロボットは素早く、なかなか命中しない。
その隙に、男は暗証番号解読機をセットすると、暗証番号の絞り込みに掛かる。おとりになってくれている鼠型ロボットが、いつまで持つか分からない。破壊されれば、次は男の番だ。それまでに解読しなければ。頼む、早くしてくれ。
ドカーン!鼠型ロボットが粉々に破壊される。レーザー光線銃の照準が男に向けられ、発射される。
ドカーン!光線が直撃したその場所に、男の姿はなかった。男は間一髪正門を開けることに成功し、敷地内に侵入する事が出来た。
敷地内に入ると、四季折々の花々が咲き乱れ、大小さまざまな松の木や楠木に包まれた美しい日本庭園が広がっていた。庭園内には大きな池があり、数百匹の鯉が優雅に泳いでいる。池には太鼓橋が架けられていた。橋の朱色が緑豊かな庭園に映え、日本情緒にひたることができる。橋を渡ると、多くの灯篭が点在していて、見事な枯山水なんかもある。まさに世界に誇る日本の美がそこにあった。
男は敷地内に入ってから、まだ微動だにしてない。嫌な予感がするのだ。首に掛けた赤外線スコープを目に着ける。すると、庭園のいたるところに赤く光るセンサーがはりめぐらされていた。
「美しい女には気を付けろってか」
男はセンサーに触れないように、またいだり、潜ったり、慎重に進んでいった。そしてその美しい庭を抜けると、突如、馬鹿でかい壁が出現した。
壁は屋敷を取り囲んである塀と同じ鋼鉄製で、特殊な滑る素材をコーティングしているので、よじ登る事は不可能であった。
これはいったい何なんだ。男はリュックから衛星写真機を取り出し、住所を登録して、倍率を調節してシャッターを押した。1分も経たない内に写真が出てくる。衛星から撮った写真を見ると、壁はひとつではなく、何重にも張り巡らされていて、巨大迷路となっていた。
「防犯対策に巨大迷路を作ったのか…」男は呆れたように呟く。
男は衛星から撮った写真を頼りに、巨大迷路の中を進んで行く。ただ写真の画質が荒いので、余り使い物にはならなかった。
迷路内には行く手を阻む、断崖絶壁ゾーン、吊り橋ゾーン、落し穴ゾーン、鏡の部屋ゾーン、ヌルヌルローションゾーンといったアドベンチャーエリアがある。そこでは体力勝負となった。また謎解きエリアでは、チェックポイントを通過し、7つの鍵を集めなくてはならない。知力を駆使しながら謎を解いていき、ゴールを目指していく。
忘れてはならないのは、ここはテーマパークの一角ではなく、閑静な高級住宅街の一軒家の敷地内なのだ。男は、今何処で何をしているのか訳が分からなくなってくる。
かなりの時間を費やしたが、巨大迷路をクリアーすることが出来た。辺りは随分暗くなっていた。
巨大迷路を抜けて、しばらく歩いていると、樹木などが生い茂ったエリアに足を踏み入れた。まるで密林だ。
「防犯対策に密林を作りやがったのか」男はほとほと呆れかえった。
密林の奥から獣の鳴き声がこだまする。実際に獣などがいるわけがない。脅しのつもりでスピーカーから獣の鳴き声を流しているのだろう。密林感を出す演出だ。だってここは、閑静な高級住宅街の一軒家の敷地内なのだから。
それでも男は念の為にリュックから拳銃を取り出し、警戒しながら先に進む。密林は湿っぽく、おまけに薄暗く視界も悪かった。
しばらく進むと足首に微かな衝撃を受けた。足元に目をやると細い糸が仕掛けられてあり、それを切ってしまったのだと分かった瞬間、両端から大量の矢が飛んできた。男は瞬時に頭を抱え防御をしたが、大量の矢が体中に突き刺さった。
バタ!と男はその場に倒れる。が、絶命したわけではなかった。
「ふ~、やばかった。この高性能防護服が無ければ死んでいたぜ」
矢は男の皮膚にまでは達していなかった。男は立ち上がると、刺さった矢を抜き、先ほどよりも慎重に進む。
それ以降も、落し穴や捕らえ網、大木で作られた巨大な矢、地雷などのトラップが男を襲った。ボロボロになりながらも男は前へ進んでいく。忘れてはならないのは、ここは閑静な高級住宅街の一軒家の敷地内だって事だ。密林は必ず抜けられる。
極度の緊張による体力の消耗と、昨晩から何も食べていない空腹感に耐え切れず、少し休む事にした。
大きな木の下を陣取り、感知センサーを周りに置いた。火を焚き、体を温め、リュックから缶詰を出して食べる。食べ終わると、仮眠を取る事にした。木にハンモックを吊るして、リュックを枕代わりにし、手に拳銃を持ったまま眠った。
どれぐらい眠っていたかは分からないが、センサー音と獣臭さで男は目を覚ました。周りを見渡すと、ハイエナに囲まれていた。密林内に入ってから聞こえていた獣の鳴き声は、スピーカー音ではなく、本物の鳴き声だったようだ。
「防犯対策でハイエナを飼うか」ドーベルマンでいいだろう。
ハイエナは鋭い目付きで、男を睨みつけ、今にも飛び掛ってきそうであった。
男はゆっくりとリュックから爆竹を出し、彼らに向かって投げ付けた。バン!バン!バン!バン!バン!バン!
その音にハイエナが少し怯んだ。その瞬間に男はその場を退散した。何匹かはそれでも男に襲い掛かってきたが、拳銃で威嚇し、なんとか逃げ切る事が出来た。
「食われる所だったぜ。全くとんでもない防犯対策を作りやがって」
しばらく密林を進むと先の方に光が見えてきた。
「やっと抜けられそうだ」
密林を抜けると、目の前に大きな湖が現れた。この暗さでは全貌は不明だが、かなり大きいようで向こう岸を確認する事は出来ない。
「防犯対策に湖を作りやがったのか」男は顔を引き攣らせる。
男は密林に引き返し、使えそうな倒木を集める。密林に生い茂る植物のツルで木を縛りいかだを作る。いかだに乗り、ゆっくりと湖へと漕ぎだして行った。忘れてはならないのは、ここは閑静な高級住宅街の一軒家の敷地内なのだ。
湖を渡り切ると、ビルなどが建ち並ぶ街が現れた。
「防犯対策に街を作りやがったのか」ここは、本当に閑静な高級住宅街の一軒家の敷地内なのか。男は首をかしげながら、街に入っていく。
街には、武器を装備した警備ロボットが、いたるところで動き回っていた。また上空には人工知能が搭載されたドローンが飛び回っている。男は物陰に隠れながら、慎重に進んでいく。が、ドローンに発見されてしまう。不審者(男)の位置情報が全てのロボットとドローンに送信され、一斉に男に向かってくる。男はなりふり構わず逃げる。レーザー光線銃などで攻撃を仕掛けてくるが、何とか交わして、街を走り抜ける。街を出ると、警備ロボットもドローンも追いかけてはこなかった。そのようにプログラミングされているのだろう。
街を抜けると、野原のような場所に出た。それでも何が起こるか分からないので、警戒しながら進む。
しばらくすると、洞窟が現れた。洞窟内を通る以外に道はないようだ。嫌な予感がしたが、進むしかない。
「今更言う事でもないが、警備会社に任せるだけじゃ駄目なのかよ。洞窟まで作るか普通」男はうんざりしたように言う。
リュックからライトを取り出し、その光を頼りに洞窟内を進むと、少し開けたスペースに辿り着いた。そこには4つの別れ道があった。
男は悩んだ結果、右から2番目の道に入っていく。しばらく進むとゴゴゴゴと地鳴りが起こる。すると前からとてつもなく巨大な鉄の球が転がってきた。
「うわぁあああああああ~」
男は慌てて来た道を走って戻る。今、完全に忘れていたが、忘れてはならないのは、ここは閑静な高級住宅街の一軒家の敷地内だって事だ。何で巨大な鉄の球に追いかけられているんだ。訳分からん。洞窟内の少し開けたスペースまで戻ってくると、男はその場に伏せる。鉄の球はその道の入口を塞ぐようにして止まった。
「ふ~、危なかった」
別れ道はまだ3つもある。恐らく先に進めるのは、この中の1つだけだろう。残り2つの道には、何かとんでもないトラップが仕掛けられているに違いない。それでも引き返すわけにはいかない。
男は1番左の道に入った。先に進むと、行き止まりであった。引き返そうとした瞬間、地面から鉄の壁が出て来て道を塞いでしまった。閉じ込められたようだ。
男はあらゆる手段で壁をこじ開けようとしたが、相当頑丈に出来ていて、ビクともしなかった。追い打ちを掛けるように水が流れ込んでくる。
あっという間に膝辺りまで水は溜まった。男は必死に逃げ出す方法を考えるも、焦って何も思いつかなく、オロオロするばかり。落ち着け。落ち着くんだ。間もなく、肩辺りまで水は迫ってきた。
男は何度か深呼吸をして、いくぶん冷静さを取り戻した。そして服の内ポケットから、ガムを取り出し、クチャクチャと噛みだした。さらにリュックから細長い管を取り出し、口にくわえた。男のリュックは小さな酸素ボンベが内蔵されていた。
水の中に潜り、鉄の壁に味が無くなったガムを貼り付けた。反対側の壁まで離れた所で、ガムに内蔵されてある爆弾のスイッチを押す。
ドカーン!とガムが爆発し、鉄の壁が破壊され、凄い勢いで水が放出する。男は水に流され、洞窟内の少し開けたスペースまで戻される。なんとか溺死せずに済んだ。こんなの可笑しい。絶対可笑しい。ここは閑静な高級住宅街の一軒家の敷地内なんだぞ。敷地の外では、セレブが犬を散歩させたりしてるんだぞ。
こんな目に合っても、男は諦めるわけにはいかなかった。1番右の道に入った。すると、何のトラップも無くあっさりと抜ける事が出来た。
だが、洞窟を抜けた所には、強靭な肉体を持った番人が立っていた。中国拳法着を着ている事から、中国拳法の使い手である事は分かった。男がまだ事態を飲み込めてない隙を狙い、番人が攻撃を仕掛けてきた。
あまりの素早さに、男はいいように殴られたが、徐々に自分のペースに持ち込んだ。子供の頃からあらゆる格闘技を習っている男は強かった。ドガン!ボカン!ズバン!ドババン!と、鮮やかに技を繰り出し、中国拳法の番人をやっつけた。気が付くと、昇り始めた朝日が、眩しかった。
ついに屋敷に辿り着いた。ヨーロッパ調の二階建ての一軒家。家だけを見れば、高級住宅街の一等地にはまるで相応しくない、ごく普通の家だ。
玄関には指紋照合機、網膜照合機、静脈照合機が備え付けられていた。全ての照合を終えて、家の中に入ると、リビングに人の気配があった。
男はひとつ大きく息を吐き出し、そーっとリビングの扉を開ける。微かであるが、ガチャという音がした。テレビ前のソファでくつろいでいた年配の家主は、敏感に反応する。素早く振り返り、リビングに入ってきた男に目を向ける。男はゴクリと固唾を呑み込む。次の瞬間、家主はいかめしい表情になると、厳しい口調で言い放つ。
「門限、とっくに過ぎているぞ。朝帰りとはどういう事だ」
くたくたで反抗する気にもなれず、男は自分の部屋へと向かう。
年配の家主は不満げにこう独り言ちる。
「全く、うちの家族はどうなっている。母さんは買い物に出掛けて何日も帰らないし、娘は家から一歩も出ない引きこもりだし、息子はどこをほっつき歩いているのか、朝帰りするし…」
終