復讐エントラスト
時間を繰り返している。
最初に回帰したときは、長い夢を見ていたのだと思いました。ですが、夢にしてはあまりにも鮮明で、尚且つ、それをなぞる様な出来事が起きれば単なる夢と思うことは難しく、ゆえに、予知夢を見たのだと思いました。
予知夢で、わたくしは罪を犯しました。
婚約者であるイジドール殿下が、リリエル男爵令嬢を愛するようになり、それに嫉妬したわたくしは彼女に嫌がらせをし、最後は階段から突き落としたのです。彼女は軽傷で済みましたが、その罪を問われ婚約は解消、わたくしは王都から追放されたのです。
また、あの恐ろしい真似をしてしまうのか。否、今回はけして過ちを犯すまい。殿下の寵を得られなかったとしても、この身を嘆くことはあれ、己までも貶める振る舞いはせずに潔くあろうと覚悟しました。
そうして、運命の日を迎えました。彼の令嬢が現れたのです。
ああ、やはり、あの夢は予知夢だったのだとぞっとしましたが……令嬢は殿下と恋仲にはならなかったのです。彼女が愛したのは宰相子息のロベルト様でした。ロベルト様にも婚約者・シェリー様がおりましたから、その彼女がリリエル様と対立をはじめました。
わたくしは驚き、混乱しました。
あの夢は、わたくしのことではなかったのか。
結局、それからも殿下とリリエル様が愛し合うことはなく、彼女はロベルト様との愛を育み、シャリー様はリリエル様を虐めていたとして糾弾され、婚約破棄され、修道院へと入れられることになりました。
その決定がされた翌日、わたくしは再び回帰したのです。
三度目の回帰では、リリエル様は騎士団長子息のレオナルド様と恋仲になりました。そして、レオナルド様の婚約者であったメリュジーヌ様がリリエル様を虐めたと婚約破棄されたのです。
さらに四度目は、大商家で男爵位を賜ったばかりの新興貴族ダニエル様がお相手で、やはり彼には婚約者がいてその婚約者が糾弾されるのです。
リリエル様は回帰されるごとにお相手を変えて真実の愛を育まれる。
これはいったい何なのかしら?
まるでリリエル様が様々な令息と恋をするために繰り返しているよう――そう、思った瞬間でした。わたくしは思い出したのです。それはわたくしではない「私」の記憶。その人生では、この世界とそっくりなゲームというものが存在しました。ゲーム……遊戯では、リリエル様が主人公で、四人の攻略対象と呼ばれる令息……イジドール殿下、ロベルト様、レオナルド様、ダニエル様と恋を楽しむのです。恋のスパイスとして其々のルートには邪魔をする存在が存在します。それが彼らの婚約者、即ちわたくしたちです。
荒唐無稽にも感ぜられますが、これまでわたくしが見てきたものと合致するそれは、疑いようがありませんでした。
「ふむ。なかなか愉快な話だね」
リシャール王弟殿下は腕組みをしながら感想を述べた。
リシャールは世俗から離れて暮らしている。
彼は兄である現国王とは随分と年が離れている。そのためかなり甘やかされて育ち、現在も本来ならば国王の補佐をすべきところを、悠々自適に魔術の研究に没頭している。
そんな彼の元に面会をしたいという手紙が届いた。
相手は、ロシェル公爵令嬢。甥っ子、つまりは第一王子イジドールの婚約者候補である。
家柄、容姿、能力、どれをとっても彼女に敵う者はいないと言われている才女だが、「候補」止まりなのは彼女がこの婚約に躊躇しているせいである。
面白いのが、元々はロシュルの方がイジドールに好意を抱いていたということ。イジドールは彼女から逃げ回っていたのだ。ところが、十六歳を迎えた途端、イジドールを追いかけなくなった。そうなってから、今度はイジドールがロシェルを追いかけ始めた。こんなことなら早く婚約をしておけばよかった――ずっと「まだ早い」と拒絶してきたことをイジドールは後悔した。
人間関係などちょっとしたことで変化してしまうものとはいえ、すっかり立場が逆転した二人は何かと話題に上がる。
そのロシェルから面会の打診である。
数度、王宮で顔を合わせたことはあるが、真面に会話をした記憶はない。それが何故? 疑問は好奇心になりリシャールは会うことを決めた。
そうして聞かされたのが、先の話である。
「わたくしの推測が正しいのならば、今回、リリエル様が恋をするお相手はリシャール王弟殿下であらせられるでしょう」
ロシェルはさらに続けた。
リシャールは遊戯の中で「隠しキャラ」と呼ばれる存在なのだという。隠しキャラを攻略するためには、他の攻略対象をすべてクリアしなければならない。その要件を彼女は満たしたので、リシャールが相手になるだろうと。
「……話はわかったが、それで君は私に何を望んでいるのかな?」
リシャールは人の悪い笑みを浮かべながら言った。
ロシェルの願いはおおよそ想像がついたからである。
「これ以上の望みはございません」
しかし、ロシェルもまた笑顔を浮かべてリシャールの問いを否定した。
「わたくしの望みは、お話を聞いていただくことですもの。だって、そうでございましょう? ここから先は殿下がお決めになること。わたくしが口出しをするなど無礼というもの。……ですが、そうですわね。ご察しの通り、わたくしは、リリエル様の恋の邪魔をしたかったのです。
わたくしは、イジドール殿下を心から愛しておりました。ですから、イジドール殿下がリリエル様に心を寄せられる姿に胸を痛め、眠れぬ夜を過ごしました。それでも、イシドール殿下がおっしゃったようにお二人が真実の愛というもので結ばれて、互いを誰にも代わりのきかない相手であると、それほどまでに強い思いでいらっしゃるならば、わたくしもいずれは、この激情の先に、諦めきることもできたのでしょう。
ですが、そうではなかった。
少なくともリリエル様は違ったのです。
ああ、彼女が、回帰するたびにお相手を変えていないのであればよかったのに。いつも、いつだって、イジドール殿下との恋を選んでくだされば、わたくしもどれほど慰められたでしょう。けれど、彼女は毎回お相手を変えたのです。彼女にとってその程度の思いでしかなかったのです。それがわかって、わたくしはどうしても許せませんでした。
ええ、わたくし、本当に心からイジドール殿下を愛しておりましたのよ。なのに、ころころ相手を変えることができる程度の気持ちしかなかったリリエル様に負けたのかと思えば、わたくしの努力も、矜持も、粉々になり、よりいっそう憎しみが溢れました。
愛とは何なのでしょう。
思いの深さ、真剣さが本当にあるかないかなど、何の意味もなく、それがあると相手に思い込ませる技術があればよい。少なくともイジドール殿下はそのような愛を選んだのです。――なんと滑稽な、彼女はイジドール殿下以外の方とも真実の愛を育めるというのに! その事実を突きつけられ、わたくしのイジドール殿下への思いは嫌悪にまで落ちたのです。
わたくしの、大切にしていたすべてを壊されて、このまま黙って彼女のお遊びを見ているわけにはまいりませんでしょう?
それ故、殿下にお目通りを願ったのです。
わたくしの話は、殿下のお心に楔となるでしょう? 彼女がこれから殿下と出会い、他の方々にしたように愛を育もうとされたとき、遊戯の一環だと思われるでしょう? そうなったとき、殿下は彼女をどうするのか。――それでも彼女を愛おしいと思われるなら、彼女がしていることすべてを承知した上で、彼女を愛すると思われるのであれば、それこそ真実の愛といえるのかもしれません。たとえ、相手が、ろくでなしであっても、愛してしまう。そういうことがあるのであれば、」
ロシェルは言葉を止めた。込み上げてくるものに、続けられなかったのだろう。
その姿にリシェールは誤解していたこと悟った。
彼女は復讐を願っているわけではない。――いや、それも望んでいる。リリエルを許せないという気持ちは本物で、リシェールとの恋がうまく進まないようにしたかったというのも本音だろう。だが、同時に、ロシェルは自分にも失望しているのだ。イジドールへの気持ちを失ってしまったことに。愛していると、本当に心から愛していたというのならば、イジドールとリリエルの愛が、リリエルにとっては遊戯の一つだったと知って、イジドールへの憐憫を抱き、今度は本当の愛でイジドールを満たそうと思うはずだ。しかし、ロシェルはそうではなかった。イジドールへの愛は消えて嫌悪になり戻ることはなかった。だから、リシェールに話をしにきた。もし、すべてを知って、それでもリシェールがリリエルを愛したのなら、騙された愚か者と思っていたイジドールのリリエルの愛も、イジドールにとっては真実の愛だといえるのではないか。そうなれば、イジドールを愚か者と思わずにいられる。――イジドールを愚か者と切り捨てた気持ちも取り戻せるかもしれないから。
ロシェルにとって、どちらでもいい。ただ、これでようやく決着がつけられる。リシェールがリリエルを袖にしても、愛しても。彼女の中で区切りをつけられる。
リシェールはため息をついた。
ロシェルの愛憎を前に圧倒されて。だが、やがてゆっくりと口を開いて、
「ずいぶんなことを、委ねられてしまったな」
そういって笑うリシェールは先程の悪い笑みとは違い、慈しむような優し気な顔だった。
読んでくださりありがとうございました。