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小話集  作者: あさな
2/14

恋のキューピッド

 だんだん、面白くなってきた――彼女は他人事のように言う。

 面白い? と私は疑問に思う。

 彼女はもう何度も「時戻り」をしている。トリガーは婚約破棄。彼女は婚約者を愛しているが、婚約者は彼女ではない別の娘を愛し婚約破棄を申し出る。その度に彼女は時を戻る。

 力を貸しているのは天使である私だ。

 一途に婚約者を思う彼女を憐れに思い、あんな男はやめて幸せになるよう時戻りをさせた。だが、彼女は何度時を戻しても婚約者を好きでいた。

 自分を裏切った男をなぜそこまで好きでいられるのか。

 時戻りも次で百九回目になろうとしている。正直狂っているのでは? と疑う。しかし、彼女はひどく冷静に


「自分でもよくわからないのですが、どうしても嫌いになれないのです。だから、とことんまでやってみようと思ったのですよね。私もそこまで愚かではありませんから、そのうち諦め切れだろうと考えておりました。しかし、私は思う以上に愚かだったようでまったく嫌いになれません。おまけにだんだん面白くなってきて、どこまで繰り返せるか試したいと思いました」


 と笑うのだ。

 そんな風に言われたら、私も面白いような気がしてくる。

 彼女はどこまでこれを繰り返せるのだろう? 興味を持ってしまったが。


「けれど、それでは永遠に終わらないかもしれませんし、流石にそこまで天使様にお付き合いしていただくのも申し訳ないなと思いまして……ですから、もう一つ、条件を考えましたの。それは彼が真実の愛を見つけることです」


 真実の愛――なるほど、と私は頷いた。

 彼女はいつも婚約破棄される。婚約者が別の令嬢を好きになり振られる。百八回の時戻りすべてそう。ただし、婚約者が好きになる女性はいつも違った。大抵の者なら、百八人も自分以外の女性を愛する姿を見たらいい加減呆れて見限るだろうが彼女の見解は違った。いつも違うということは、そのうち自分の番がくるのでは? と考えた。ならばその番がくるまで時戻りをして待ちましょうということだった。

 これをポジティブと言ってよいのか、狂人といってよいのか、私には判断できないが、まぁそのような考えもあってもよいのかもしれないと反対はせずにいた。

 しかし、と彼女は言う。


「もし二回連続で同じ相手を選んだら、その方こそ彼の【真実の愛】の【真実のお相手】なのだと認めて潔く身を引きます」


 百八回も時戻りをして潔くも何もない気がしたが、これを彼女はもう一つの条件にした。

 彼女が諦めきるか、彼が真実の愛の相手を見つけるか。

 さて、どちらになるか。彼女ではないがなかなか面白いではないかと私はその提案に賛同した。


 そして、百九回目。

 彼女が条件を追加して初めての時戻り――なんと、彼が見染めた女性は前回と同じ令嬢だった。


 これが所謂神様の采配というものなのだろう。

 彼女の思いは断ち切るべきものという啓示なのだと私は思った。


「あらまぁ」


 彼女の方もなんてことないように呟いて、これまでが嘘のように、宣言通りに彼を諦めるべく、けじめとして初めて自分から婚約破棄を打診した。


 私は少し感心した。

 正直百八回も振られ続けて諦めなかったのだから、なんだかんだ言い訳をして続けるかもしれないな、とそのような心配もあったのだ。だが、彼女はきっぱり身を引いた。


「なんだか不思議なのですけれど急にどうでもよくなってしまって」


 ふむ、と私は考える。

 そういえば、東方の教えに人は煩悩というものがあり、その数が百八だったというのを思い出した。百八回の時戻りするうちに彼女の中の煩悩は全部消え去ってしまったのかもしれない。

 きっと百八個目の煩悩が婚約者への執着だったのだろう。これが最初に消えていたらもっとはやく決着していたろうに……だが、どうしても手放したくなかった思いだったのだ。

 その執着を恐ろしいと思うと同時に称賛したい気分になった。

 だから私は言った。


「誰が何と言おうとも、君の彼への恋は見事であったと私が認めよう。さぁ、今度こそ別の幸せを掴みなさい」


 彼女はにっこり笑った。


 しかし、である。


 あろうことか、百八回も袖にしてきた婚約者の方が今度は彼女に縋り始めた。彼は二回目のお相手となる令嬢を最初こそは意識していたが今では全く視界にも入れず彼女に熱心に愛を囁いた。


 諦めずにいれば叶うものなのだな。


 彼女が言う通り、ついに彼女が愛される番が巡ってきた。

 粘り勝ち。大逆転勝利――私は再びの称賛を贈った。

 だが、彼女は美しい顔を顰めて、それから、静かに首を振って、


「もう、今更ですわ」


 つまらなそうに言った。


 一度失ってしまった彼への情熱はもう戻らないのだと。

 あれほど、あれほどにも恋焦がれていたというのに。

 百八回も待ったのに。


 私はそのことが信じられなかった。


「私も信じられません。けれど、どうしようもないのです。人の気持ちは、どうしようもないのですよ。私の気持ちが冷めてしまった。今彼に追ってこられても嫌悪感しかないのです。私たちは、きっと、絶対に結ばれない。どちらかがどちらかを一方的に思うしかない、そういう縁なのかもしれませんね」


 彼女は淡々とそう言った。


 私はいささか落胆した。

 いささかというか、大変落胆した。

 彼が彼女を好きにならなければ、彼女の片思いの結末として満足しただろうけれど、彼の気持ちが彼女に向いた以上は、ハッピーエンドを望む。


 だから、今度は婚約者に時戻りの魔法を使うことにした。


 どうやら彼女が彼への興味を失うことがトリガーで、彼は彼女への気持ちに気づくようだ。なので、ここを起点に、彼女が彼以外の男と婚約してしまうまでをループさせる。

 なんとかして彼が彼女の心を取り戻せるように頑張ってもらう。

 しかし、それだけではまた彼女のときの二の舞になるかもしれないので、もう一つ、条件をつけた。

 もし彼が彼女と同じ回数の時戻りに挑戦できた暁には、互いに互いが好きであるときの気持ちだけを残して、他の時戻りの記憶を消してやりなおしさせる。


 実にいい考えではないか――萎えていた気分が高揚してくる。


 そして、私は計画を実行すべく、彼の元へと舞い降りた。





*********


同僚天使「すぐにでも好きな気持ちを思い出させてやればそれですんだのに」

作中天使「ダメだよ。それじゃあ、彼女だけが苦労したことになる。平等に同じ繰り返しをすることは大事だ。真実の愛に試練はつきものなのだから」

同僚天使「真実の愛ねぇ……あなたが手を貸しまくって真実も何もない気がするけど。彼らの人生歪めまくってるじゃん」

作中天使「酷いこと言うなよぉ」


たぶん作中天使は、神様に怒られる(笑

読んでくださりありがとうございました。

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