きらきらひかる、銀色の
「もう俺のこと好きじゃなくなったの?」
「……そうだね。好きじゃなくなったよ」
「え?」
「え?」
彼の驚きに、私も驚いた。
え? 私が彼を諦めてそろそろ一年経つのだけれど、何をいまさら? と思う。
一週間とか、一ヶ月とか……半年ぐらいまでならギリギリ許容できても、一年は長すぎる。これほどの期間、疑問にも思わずにいたというのなら、それだけ彼が私へ興味を持っていなかったということだ。
では、興味がないのなら、どうしてそんなことを聞いてきたのか、純粋に興味が湧いた。だから、聞いた。
「どうして、そんなことを聞いてきたのです?」
「プレゼント」
「プレゼント?」
「そう。毎年、君の誕生日を祝ってほしいと言ってきていたから。年の瀬くらいに」
「え、なにそれ。風物詩みたいになってるってこと?」
私は少し笑った。
それから安堵もした。
それから、それから――憎らしくもなった。
もし、彼が、自分の誕生日を祝ってくれないことに不満を抱いたのならよかった。してもらうことに注目する人だったら、くずじゃん、とそう思えて、終わらせてよかったと思うだけだったのに。でもそうじゃなかった。彼は、自分の誕生日をスルーされたことにではなくて、私の誕生日を祝えと言わなかったことに違和感を抱いたのだ。
私は彼のこういうところが、好ましくて、同時に未練を断ち切れなかったのだ。
中途半端な優しさは残酷だ。中途半端な優しさに期待してしまうのが恋心だから。それは優しさなどではちっともない。そうわかっているのに、諦められない恋だった。
それをようやく――ようやく諦めた。一年前に。
「もう好きではないから、好きではない人に誕生日祝ってほしいなんて言わないよ」
「ふーん。わかった」
彼は頷いた。
わかってくれたのならよかったと思ったのも束の間。
「じゃあこれ」
彼はがさごそとカバンから小さな包みを出した。
「なにこれ?」
「指定をしてこないなら、こっちが選んでよいってことだろう?」
「え」
「ずっと渡していたから、渡さないと年が越せないように思えて」
「え、本当に風物詩みたいな扱いになってる……」
散々悩んだ。
彼を好きでいた頃、私をどう思っているのかな? 少しは好きかな? 意識してくれてるかな? なんて。――だけど、これは、どうなの? え? 笑っていいの? 泣いたらよいの? いや、でも誰かの人生の風物詩になるなんて今後ないだろうから、たぶん喜んでよいのだろう。
私の努力は、こんな形で、彼の人生に刻まれて、年の瀬には、そういえば、昔、毎年、今くらいの時期に、誕生日を祝えと言ってくる奴がいたなぁ。なんて、そんなふうに思い出してくれるのだ。それが報われたといえるのかはわからないけれど、残せたものがあったらしい。
「せっかく買ったから、今年だけは受け取ってよ」
ぐしゃりと胸が潰れた。
なんで? もう終わったことなのに。一年前に諦めて、とっくに大丈夫になったと思ったのに。なんで、こんなに胸が痛むのだろう。
でもこれは、恋の痛みではない。感傷だ。あの頃の自分の一生懸命な気持ちへの感傷。
「じゃあ」
彼は私にプレゼントを押し付けると背を向けた。
私は包み紙を開けた。
そこにはシルバーで出来た蝶々の装飾のバレッタがあった。
彼から、形に残るものをもらったのははじめてだ。私はいつも、クッキーとか、キャンディーとか、消費できるものを強請っていたから。
消えてなくなるもの。
彼への想いと同じに、いつかなくなってしまうもの。
私は知っていたよ。
この恋は叶わない。
叶わないけれど、好きになってしまった。
好きになって、どうしようもなくて、だから出来る限り頑張ってみた。頑張って、頑張って、全部やり尽くして、私は納得して諦めたのだ。
諦められた、から――もうダメだった。
私は意識して呼吸した。そうしないと呼吸が荒くなって苦しかったから。
でもこれは、未練なんかではない。
消えたはずのすべてが、綺麗な形をして私の元に届けられて、きらきらと美しいものになってしまった――だから、この涙はあの頃の私への悲しくて愛おしい感傷だった。




