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小話集  作者: あさな
1/14

アン・スコッティア侯爵令嬢の華麗なる日々

「殿下は、どうしてそれほどわたくしに冷たくなさるのですか?」

 

 私は尋ねた。

 貴族としてストレートな物言いはあまり褒められたものではないが、きちんと本人と話をし齟齬があるなら解消しておいた方がいい、というのが私のこれまでの人生の教訓だから仕方ない。――まぁ、厳密には「今世の私の」ではないけれど。


 ええ、私、アン・スコッティアは侯爵家の令嬢として生を受けたものの、五歳の頃に馬車の事故により生死の境を彷徨い、その際、目覚めると魂の記憶を取り戻すというハプニングに見舞われたのだ。おかげで、純粋なアン・スコッティアではなくなっている。


 魂の記憶――魂というのは不滅で死後別の肉体に降りて生死を繰り返している。生まれ変わるとき、前の生の記憶はなくなるのがセオリーだ。それを、取り戻してしまったのだから大変だ。しかも、ひとつ前の記憶だけではなく、すべて、これまでこの魂が生きてきた人生全部を思い出した。五歳の子どもの中に、いっぺんにいろんな人生の記憶が雪崩こんできたのだから、私の人格形成はめちゃくちゃだ。しっちゃかめっちゃか混乱極まれり。それでも、時の経過とともに随分落ち着いてきて、おそらく統合? され現在にいたる。おかげでおおよそ十歳の子どもらしからぬ知識を持っているけれど、貴族は子どもでも腹芸ができた方が何かとよろしいので、そういう意味ではそれほど苦労なく過ごしている。


 はい、内因的なことではそれほど……それよりも今は外因的苦労が生じていた。


 十歳を迎えた私はこの国の第二王子――ザッカリー殿下と婚約した。

 このザッカリー殿下が曲者で、私を気に入らないのである。清々しいほどあからさまに、お前となんて婚約したくなかった、という態度なのである。


 だが、その気持ちはわからなくもない。殿下はエリザベス公爵令嬢と大変仲が良かった。エリザベス様はとても可愛らしい方なので、ザッカリー殿下はおそらく彼女を好きだったのだろう。行く行くは彼女と婚姻したいと思っていた。ひょっとして二人の間でそんな話が出ていたのかも。だとしたら、実に可愛らしい初恋物語だ。それなのに――国王が決めた婚約者は私。どういうことだ! と腹を立てたくもなる。


 とはいえ、情勢的に見て、ザッカリー殿下とエリザベス様が結ばれるのは難しい。エリザベス様の父てある公爵様はたいそうな野心家で、いろいろと画策しているらしい。ザッカリー殿下は兄・シルベスター殿下が即位されたら、臣下に下ることが決定している身だが、公爵が後ろ盾となりシルベスター殿下の対抗馬に担ぎ上げ、ザッカリー殿下が見事に王座についた暁には傀儡にして実権を握ろう……など考えているのでは? と噂されるぐらい野心家なのだ。

 無論それには根拠がある。

 公爵はやたらとザッカリー殿下と自分の娘であるエリザベス様を近づけようとする。

 周囲は関わらせないよう努めたが、ザッカリー殿下とエリザベス様は又従兄妹の間柄、親類の子どもが仲良くして何の問題が? と言われると強く反対できず、結局二人は親しくなってしまった。

 このまま公爵の思う通りにするわけにはいかない。何かもっと決定的なことが起きる前に、と国王はシルベスター殿下派のスコッティア侯爵家の娘である私とザッカリー殿下との婚姻を決めたのだ。


 で、話は戻るけれど……ザッカリー殿下はそういう情勢を知らず、エリザベス様との仲を邪魔した者として私に冷たく当たるのか。それとも情勢を知った上でそれでもエリザベス様と結ばれなかったことに腹が立って私に冷たく当たるのか。それとも、それとも、エリザベス様とは違って平凡な容姿の私が気に食わないとか、私の何かが癪に触って冷たく当たるのか。一体どれなのだろう? もうそろそろ反撃してもいいかなと思っていたのだが、そのためにも情報収集は大事である。正確に知っておきたいと質問したのだけれど。


「勝手に決められた婚約者を大切にできるとでも?」


 ザッカリー殿下の目には怒りが込められていた。

 けれど、私はその内容の意味がよくわからず、こてりと小首を傾げた。貴族に政略結婚はつきものだし勝手に決められたのはお互い様である。それで大切にできないというのは理由にならないのでは?

 考えても考えてもよくわからない。それが伝わったのだろう、ザッカリー殿下は大仰なため息をついて続けた。


「其方との婚姻は国王陛下がお決めになったもの。私をエリザベスから遠ざけるために……だが、私は! 私はそれほど愚かではない。エリザベスのことは何も知らなかったから……早くに教えてくれたらよかったではないか。……それなのに、まるで私が何も理解しないとばかりに婚約まで決められのだ。それでどうして其方と親しくできると言うのか」


 えーっと、つまり、エリザベス様に魅かれていたのは事実だが、公爵が自分を利用しようとしていることを知り、彼女との関係が実らないことは理解した。にもかかわらず国王は間違いが起きないようにと私との婚約を決めた。自分を信用していないのかと憤慨している、と。


 いや、それを最初のセリフだけで理解するのは無理ではないかしら? それ以前に、エリザベス様とのことを知っている体で話していますけれど、私が知らない可能性は考えないのかしら? その場合、何のことだか意味不明なのだけれど……(知ってたけどね!)などという言葉を呑み込み、


「なるほど。殿下にとってはわたくしは国王陛下が殿下を信用しなかったことの象徴なのですわね。それは憎くて当然ですわね」


 と頷いてみせた。


 それから、ほむほむともう一度言われたことを反駁する。

 まったく想像していなかった理由である。やはり話してみなければわからないものだと感心した。私が考えていたような理由――初恋相手と比べて八つ当たり――だったらこてんぱんにしてやろうと思っていたが、父に認められていない、と悲しみのあまりの八つ当たりだったとは。拍子抜けしたというか、もはや健気にさえ感じられる。私は親子ものに弱いのである。普通の親子なら全部ぶちまけて楽になったはずが、殿下の父親は国王、息子であってもそれは許されなかった。吐き出す先が見つけられずにいたところへ、何も知らない私がにこにこ接すれば腹が立ち、国王への怒りを私への怒りだとすり替えてしまう無茶苦茶ともいえる思考飛躍……私もかつての人生でそのようなことをした経験があるのでわかりすぎるほどわかってしまう。ごくり。

 こういうのを何というのだったか……たしかピッタリの言葉がいつかの人生にあった……そう、黒歴史! 真っ黒に塗りつぶして思い出したくない記憶のことを黒歴史というのである。その黒歴史をほじくりかえされたようで、叫びだしたかった。もう許す。許す許す。かつての私を許してほしいから! と。


 …

 ……


 駄目だ。

 それではいけない。自分が許されたいからと、相手の傍若無人な八つ当たりを許容するのはよくない。きちんと殿下に自覚してもらい、他の人にしないようにすることこそ罪滅ぼしではないか! ……でも、どうやって伝えればいいの? 今の殿下は本当に向き合うべきものから逃げて、私への怒りだと思い込んでいる。怒りを感じている相手が正論で正面から言っても聞き入れてもらえないだろう。

 私なら、どういわれたら頭が冷える?

 

 うーん。


 うーん。


 うーん…………よし!


「お話しくださり、ありがとう存じます」


 ひとまず礼を述べる。

 殿下は嫌そうな顔をした。


「……それでもう一つ質問なのですが、殿下は今後のこともきちんとお考えなのですわよね?」

「今後?」

「ええ、今のお話から、殿下は将来的に別の方と婚約するよう努力されるということですわよね? なら、わたくしもそのつもりで将来を考えないといけませんから」

「は?」


 殿下はぱちくりと瞬きをした。 

 私も同じように瞬きをしてみせる。


「殿下は、私との婚約を解消して、ご自身が納得する令嬢と婚約を結ぶための努力をこれからなさるのではないのですか?」

「……そのようなことできるはずがない。この婚姻は王命ではないか」

「いえ、確かに王命ではございますが、跡目争いが起きぬようにということを第一に考え、尚且つ、殿下にとっても有益となる家と考えたときに我が家が最適として選ばれただけですわ。ですから、今後殿下がご自身の実力をつけて、我が家の後ろ盾がなくてもやっていけると認められ、シルベスター殿下との争いになることのない家の令嬢とならば、結ばれることは可能でしょう。そのつもりがあるから、わたくしに冷たく当たっていたのでしょう?」


 こてり、と私は再び首をかしげる。


「ずっと不思議でしたの。わたくしにとっても殿下は勝手に決められた婚約者なのですわ。けれど、貴族にとって政略結婚は当たり前でしょう。わたくしはこれも縁と考え、長い人生を共に歩むのですから友好的な関係を築けたらと思っておりましたの。ですけれど、殿下はそうではありませんでした。それが何故なのかわからなかったのです。……ですが今、殿下のお話をお聞きして、わたくしと婚約を解消するおつもりだったから、友好関係を築こうとしなかったのだとやっと理解できたのです。そうですわよね。そうでなければ、夫婦となろうという相手に冷たい態度など取られませんもの。殿下には謝らなければなりませんわね。わたくしときたら浅はかにも殿下がただ気に入らないからとわたくしに八つ当たりしているだけかと考えておりましたの。どうぞお許しください」


 先に殿下が「この婚姻は王命で取り消せない」と思っていることが判明しているのだから、婚約破棄を考えていたわけではないのは明白。なのに、そうなのですよね? というのはとても嫌味だ。嫌味だが、殿下は嫌味を言うなとは言えない。それを言えば、考えなしに私にひどい態度をとっていたと認めることになる。私がせっかくとぼけているのだから、この茶番を受け入れるよりないのだ。――プライドあるものなら尚更。


 こちらの意図が伝わったのか、殿下がさっと顔色を変えた。

 それを見て、私は安堵した。どうやら察しは悪くないようだ。それに、ご自身を省みる能力もある。幸いである。


「わたくし、殿下が力をつけてご自身の望む令嬢と結ばれるようお祈り申し上げております。その日がきたとき困らないよう、わたくし自身も努力しますわ」


 ふむふむ、なかなかこれは見事なのではないかしら? 殿下の黒歴史に釘を刺し、更にはこちらからでは角が立つから殿下から破棄をしていただけるよう誘導できたのだもの。百点よね。うふふ。なんて華麗なる対応。


 私はとても満足し、固まったまま動かない殿下ににっこりとカーテシーをして退室した。 





 どうやらザッカリー殿下は私が想定していた以上に賢明な方だったらしい。なんと、翌日にこれまでのことを詫びるというメッセージと共に花束が贈られてきたのだ。

 すぐに自身の非を認め謝罪するなんて誰にでもできることではない。殿下は根が素直な方なのだろう。素直さは美徳である。

 だからといってこれまでのことがなかったことになるわけではない。どんなに良い面を見せられても、自身が不快になればああいう態度をとれてしまう人物なのよね――なんて思ってしまうのだから困る。私はまったく素直ではないし、怒りが後から湧いてくるのである。

 故にこの詫び状の返事には、「お心遣い感謝申し上げます。わたくしも、殿下が思い人と結ばれる日を心よりお祈りしながらお待ちしております。それまでの間、殿下の婚約者として恥じぬように努めてまいります」と最後に発言した内容とほぼ同じ内容を返した。謝罪は受け取ったが考えを改める気はないという意味である。これまた嫌味だが、怒るようなら自分がしてきたことを軽く見すぎであり、全然反省していない証拠だ。そのような人物とは婚姻を結びたくない。是非その怒りを継続させて婚約破棄に至るように奮闘していただきたい。逆に、簡単に許されないですよね……という態度で粛々とするのならば、私も多少の溜飲が下がるというもの。きっと時間がたてば殿下との婚姻もやぶさかではないと思えるだろう。

 ちなみにだが、婚約破棄になったときの私の将来である。

 殿下が実力をつけるには時間が必要だ。少なくとも十八歳、成人を迎えるまでは難しいだろう。その頃になれば、政略結婚の相手としてめぼしい同世代はあらかた別の令嬢と婚約している。私に残された選択肢は後添えとして年上に嫁ぐというのが現実的だ。

 正直、それほど悪くないと思う。なにせ、私は前世を思い出したせいで精神のふり幅が大きい。ひどく大人と思えるときもあるし、その反動で呆れるほど子どもになるときもある。殿下のことも、まだ十歳の子どもじゃしょうがないかと思いながらも、十歳だろうが傷つけられたのだから許すまじという思いもあり、現状は後者が勝っているのである。なのでこの定まらない情緒を受け入れてくれるという意味で、年上の成熟した男性はよいと思うのだ。

 かつての人生でも年の差結婚をしたことがある。貴族の後添えになったことも。そのどの記憶も悪くない。余程変な相手でなければ、望むところである。できればダンディな旦那様に甘やかされ可愛がられたらいうことない。

 うふふ、夢が広がる。

 わーい、楽しみー、なのである。

 とはいえ、それもまだ先の話。ひとまず殿下の態度を見極めることが先決だ。

 私は両頬を打ち気合を入れた。





 人生、思う通りには行かない。

 たとえいくつもの人生の記憶があろうとも、自分の都合のよいように現実を動かせるわけではないのだ。


 詫び状が届いてから二週間後、殿下は隣国に留学されることになった。

 隣国は近隣諸国の中でも群を抜いた大国である。文化も豊かで、何より魔術の先進国なのだ。それ目当てに方々から留学してくるくらいである。我が国からも毎年何名か留学しているのは知っていたが、そこに殿下も入ったらしい。

 

 ほうほう。

 いいぞ、いいぞ。

 親元を離れて、世界を知り、一回りも、二回りも大きくなって、自分の道を切り開いてくれたまえ。


 私は他人事として、心の中でエールを送ったのだ。


 しかし。


「其方も一緒に留学することになった」

「はい?」


 父が神妙な顔である。


「わたくしも? わたくしは女性ですわ」


 この国はまだまだ男尊女卑、女に学はいらない、必要なのは社交なのである。

 なのに、なんで!?

 混乱する私に、父はさらに爆弾を投下した。


「エリザベス嬢も一緒に留学することになったのだ」

「ええ!?」


 なるほど、公爵様の狙いは、エリザベス様が留学中にザッカリー殿下と完全な恋仲になること。いくら周囲に側使えや護衛騎士がいるとはいえ、親がいないというのはそれだけで気持ちが解放されて、そうなれば普段はしないだろうこともしてしまう。ロマンチックな恋なんてうってつけだ。それを防ぐために、婚約者である私も留学させると。

 どう考えても面倒くさいが、これが婚約者である私の役割なのはわかる。

 私は天を仰いだ。 


 留学へと出発する日、朝から殿下が迎えに来てくれた。


「申し訳ないな」


 馬車に乗り込み二人きりになると殿下はぎこちなく言った。

 彼は私を巻き込んだことを理解している。――つまりそれは公爵の意図も理解しているということである。国王陛下がまた自分を信じずにお目付け役に私を留学させることにしたと怒らなかっただけ成長しているのだろう。もし、そうなっていたら目も当てられなかった。


「これから一年、よろしく頼む」

「ええ、殿下。こちらこそ」


 こうして、私の留学がはじまった。

読んでくださりありがとうございました。

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