厄介事
ゲーム部の部室にて、激しい盤上の戦いが繰り広げられていた。
「・・・これで俺の三勝二敗ですね。巻波先輩」
「・・・・・・むう」
一人は匠。もう一人は桜であった。
匠は桜に誘われチェスを指しているのである。
「巻波先輩、そろそろ帰りましょう。もう時間も遅いですし」
「・・・・・・勝ち逃げはダメ」
桜は不満そうな表情を浮かべた。
ゲーム部の部員からすれば、桜の表情が変化するのは驚くことである。
「また勝負しますから、巻波先輩も帰りましょう。家まで送りますよ」
「・・・・・・いいの?」
「巻波先輩みたいな美人、一人で帰すわけにはいかないですよ」
匠にそう言われて、桜は少し顔を赤らめた。
「・・・・・・わかった」
こうして二人は家路についた。
「そういえば巻波先輩に聞きたかったんですけど」
「?。・・・・・・何?」
「俺と指して楽しいですか?」
「・・・・・・楽しい」
そこからぽつぽつと桜は語りだした。
「・・・・・・私はチェスが小さい時から強かった。
親も応援した。親に感情を表情に出すな。相手に思考を悟られる。
しゃべるな。相手に余計な情報を与える。とにかく機械のように指せと言われた。
そうやって指している内に、氷姫と呼ばれてた。
でもチェスを指すのが段々苦痛になってた。
小さい頃は楽しかったのに。そこに匠が現れた。
自分と互角以上に戦える存在。だから嬉しい」
一息に言い切り、匠を見て微笑む。
「・・・・・・だからまた指しに来てほしい」
匠は頬をポリポリかきつつ答える。
「・・・俺で良かったら指しに行きますよ」
しばし無言になる二人。
そうして桜の家に着いた。
「・・・・・・それじゃ今日はありがとう」
匠を見て微笑む桜。
「それじゃあまた明日会いましょう。巻波先輩」
そう言って匠は自宅へ帰っていく。
その背中を桜は熱っぽく見つめていた。
「会長。この書類はここに置けばいいんですか?」
「ええ。お願いします」
今、匠は生徒会の業務を手伝っていた。
最初はこいつ使えるのかと他の生徒会の人に思われたが、
現在は匠の事務処理能力の高さに、
このまま生徒会に入ってほしいと思われるまでになっていた。
「さて、次の書類は・・・・・・」
匠は書類を取り、眼を通した途端、黙り込む。
五分ほどしても書類から眼を離さない匠に、他の生徒会員もおかしいと感じたようだ。
「どうかしたんですか?」
会長が尋ねてくる。
「いや、この書類厄介なんですよ」
そう言って匠は紅葉に書類を渡す。
受け取った紅葉も書類を読んだ途端、眉間に皺を寄せる。
「予算の増額ですか・・・でも・・・」
「ええ。相手が厄介です」
要求をしてきたのは麻雀部。しかし、実態は不良の集まりだ。
それだけならいいのだが・・・。
柳井健吾。そいつらの元締めにして柳井財閥の御曹司。
眼をつけられると非常に厄介だ。
「・・・予算の増額は出来ません。私が掛け合います」
「しかし、相手が・・・」
「大丈夫です。健吾とは幼馴染ですから」
「・・・俺もついて行きます。他の奴がどう出るかわかりませんから」
「・・・わかりました。お願いします」
こうして二人は麻雀部の部室へと向かった。
「予算の増額は出来ないってか紅葉?」
髪を金髪に染めた眼つきの鋭い男が紅葉を睨む。
「ええ。そんな余分なお金はありません」
「はっ!。他のとこから削りゃいいだろ?」
「そのようなことは出来ません。健吾、わかって下さい」
「おいおい会長さん? そりゃねえんじゃねえのか?」
一際大きな坊主頭の男が紅葉に迫る。
匠はその間に割り込んだ。
「何だてめえは?」
「生徒会の臨時手伝いをしている佐藤匠です。予算上これ以上は無理なんです。わかってください」
「ほう。てめえが佐藤匠か」
匠の名を聞き健吾が眼を細める。
「飯田! そいつをぶちのめせ! 会長さんにわからせてやれ!」
飯田と呼ばれた坊主頭が、右の拳を匠に打ち込もうとする。
それを匠は左手の人差し指一本で拳を止めた。
匠以外の全員が驚愕する。
「会長の手前だ。デコピンで勘弁してやる」
バコーンッ!、という音と共に壁まで飯田は吹き飛ばされた。
「さて、柳井さん。ここは現状維持ということで手を打ちましょう」
匠は笑顔だが眼が笑っていない。
これ以上するなら一線を越えるということだ。
「・・・・・・チッ。わーったよ」
「ご納得頂けたようで何よりです」
そう言って部室を去ろうとする二人。
その背後から健吾の声が響く。
「佐藤匠だったな。覚えたぜ。てめえの面と名前」
生徒会室へ帰る途中、紅葉が匠に謝ってきた。
「ごめんなさい。健吾が迷惑をかけて。まさか、襲ってくるなんて・・・」
紅葉は複雑な表情を浮かべていた。
「あれはあっちが悪いんです。会長は気にしないで下さい」
「でも・・・・・・」
「とりあえず問題は解決しましたし、よしとしましょう」
そう言って生徒会室へ戻っていく二人。
(会長の手前そう言ったが、厄介なのに眼をつけられたな)
匠は表情には出さずそう思った。