最悪な舞台
さて、僕の助言を受けて、目立たぬようにひっそりと過ごすことが多くなったメディだが、結局は「なにこそこそしてやがる!」と、理不尽な言いがかりをつけられて殴られていた。
要するに、旅芸人の一座の者達は、メディをわざわざ探して、憂さ晴らしをしているのだ。
これはもうどうしようもない。
とは言え、半魔相手にこの程度で済ませているのは、確かに珍しいことだった。
まぁ僕がメディの立場だったら、とっくにやり返してるか、飛び出しているか、なんだけどね。
でも、特に何かに秀でている訳でもない少女が、一人で生きていける程世間は甘くない。
しかも半魔という生きにくい要素を抱えて。
だから、こんな環境であっても、衣食住が保証されている以上、メディの選択は賢明と言っていいだろう。
それと、メディは、僕と話した夜のことを誰にも言わなかったし、ときどき僕と目が合っても、ちょっと会釈をするぐらいで、話しかけても来なかった。
なんとなく、僕が旅芸人達とは違うということに気づいていて、気を使ってくれていたようだ。
そして、とうとう、旅を続けて立ち寄った少し大きな街で、なぜ彼らがメディを拾って、残飯のようなものとは言え、曲がりなりにも食べさせていたのか、その理由が、はっきりすることとなった。
「おい、お前」
旅芸人達はメディを名前で呼んだりはしない。
おい、とかお前とか、ぞんざいに呼びかけて仕事をさせていた。
この日も、この一座の座長が、メディに乱暴に呼びかけるのを僕は聞いて、いつもの雑用か、何か理由をつけて折檻をするのか、どちらかだろうと思った。
だが、意外にも、座長の用事は予想もしないことだったのである。
「え? 私が舞台に?」
「そうだ。お前の舞台を俺達の目玉にしたい。絶対に失敗出来ないから、心してやれよ」
「あ、ありがとうございます! それで、私は何をしたらいいのですか?」
「特に何かをする必要はない。舞台の真ん中に立っていればいい。衣装はこれだ」
座長はそう言って、黒い袖なしのローブを手渡した。
「わあっ」
粗末なお古しか着ていなかったメディは、その新品の衣装に喜んだ。
ああいうところは普通の女の子だな。
「その下には何も身につけるな」
「えっ!」
おいおい、何かいかがわしい舞台でもやる気か?
でも、確か、この辺りの国では、そういういわゆる情動を誘うような舞台は特別な許可が必要なはずだ。
勇者を魔族の土地に送り出している張本人である、聖なる光の守護者とかいう神の使徒達が、そういった人間の欲望は魔に通じる、とか言って、厳しく取り締まっているからな。
「へっ、一人前に自分が女として商品になるとでも思ってるのか? ふん、そんな舞台を上演した日にゃあ、俺達が断罪されちまう。やりたくてもやれねえんだよ。だがな、やりようによっちゃ、そういう真似をしなくとも、客を集める手段はあるのさ。お前はいちいち理由なんざ聞かずに、言われた通りにやれ!」
「は、はい」
メディは不安を感じながらも、自分が認められたのだと思ったのだろう。
決意の感じられる顔で、その衣装に着替えて準備をしていた。
化粧も施されていたが、なんというか、黒と赤の色を多用した、悪者っぽい化粧だ。
もっと素顔を活かした化粧のほうが見栄えはいいのにな、と、僕は思ったが、舞台という場所では、目立つことが大事なのだということぐらいは知っていたので、それほど疑問には思わなかった。
人の悪意というものを、僕も甘く見ていたのだろう。
その舞台は、ひとことで言うと、醜悪なものだった。
舞台の中心に立ったメディを、勇者パーティの扮装をした役者達が囲み、そいつらが寄ってたかって木剣や杖などで殴りつけたのだ。
要するに、勇者の魔族討伐を模した劇だった。
僕にはクリーンヒットで腹立たしい演目だ。
しかもクライマックスのシーンで、勇者役の男がメディのローブを引っ張って脱がした。
元から簡単に脱げるように作られた衣装なのだろう。
悲鳴を上げて両手で前を隠して観客に背を向けてしゃがみ込むメディ。
その背の魔紋がスポットライトで照らし出される。
「ま、魔族だ!」
「本物だ!」
一瞬パニックになりかけた観客に、勇者役の男が呼びかけた。
「さあ、みんなの力を貸してくれ! 一緒に魔族を倒すんだ!」
客席では、石をカゴに詰めた売り子達が、観客にその石を一個百トリアンで売りつける。
五十トリアンもあればパンが買えるから、そこらで拾って来たと思われる石の代金としてはとんでもない高値と言えるだろう。
ちなみに、このテントの入場料は百五十トリアンだ。
そして、一座のなかで見かけたことのある一人の男が、率先してその石を買い、「俺も勇者さまと一緒に魔族を倒すぞ!」と言いながら、その石をうずくまったメディに投げつけた。
ガツン! という生々しい音が響くと、驚いたことに、観客達は熱狂の元に次々と石を買い、メディにぶつけだしたのだ。
「魔族は死ね!」
「うちの爺さんのカタキだ!」
「俺っちの姉貴の嫁いだ村が、魔族に滅ぼされちまった!」
それぞれが、魔族への怒りを口にしつつ、メディに石を投げつけた。
普通の人が投げる石なので、なかなか命中しなかったり、当たっても勢いが弱かったりしたが、それでも全体の数が多いため、当たるものもそれなりにあって、たちまちメディの背中は真っ赤に染まり、半魔の証である魔紋も見えなくなる。
そして、メディはそのまま舞台に倒れ込んだ。
「やった! みんなの力を借りて、邪悪な魔族を倒したぞ!」
勇者役の男が高らかに叫ぶ。
その瞬間、僕は、歓喜に湧く客席を抜け出し、テントの外で、込み上げて来た胃液を吐いたのだった。