メディの事情
「それでね、私、少し前までは小さな町に住んでいたの。ロイスっていう町。知ってる?」
「ごめん。知らない」
「ふふっ、そう、だよね。子どもでも簡単に町の端から端まで歩ききれるような、その程度の町だもの。でも、だからこそ、町の人達は助け合って生きていてね、みんな、優しかった。……私が半魔だってわかるまでは」
メディは、ギュッと膝を抱え込んで顔を伏せる。
何か嫌なことを思い出したんだろうか?
「お母さんが死んじゃって、一人になった私を気づかったお隣のおばちゃんが、いろいろ世話をしてくれていてね。みんな昼間は扉に鍵なんかかけないの。そして、ある日、おばちゃんに着替えてるとこ見られちゃって。……半魔だってバレちゃった」
「……着替えを見られて?」
魔族には異形が多いという話だが、見えている部分は普通でも、どこかに目立つ違いがあったのか。
「うん。私、自分では見えないんだけど、背中に魔紋があるらしいの」
「ああ」
なるほどね。
魔紋というのは、魔族なら誰にでもあるという、体の表面に刻まれた術式紋のことだ。
複雑で精緻な文様のアザで、生まれつきのものらしい。
魔族が魔法を得意とするのは、この魔紋のおかげであると言われている。
「お母さんがね、絶対に人に見せちゃだめって言ってたの。でも、見られちゃって。そしたら、今まで優しかったおばさんも、近所の人達も、私のことを嘘つきだって、今までみんなを騙してたって言って、何を言っても信じてくれなくって。お母さんのお墓も壊されて、自警団の人達が、私を殺そうとして……それでね、逃げちゃった」
「なるほどね」
まぁ知らずに半魔がご近所にいたとなれば、そういう反応にもなるだろう。
僕達人族にとって、魔族は恐怖の対象であり、憎しみの対象でもある。
長い長い間殺し合って来たのだ。
だれだって、先祖のなかに何人かは、魔族に殺された者がいる。
魔族が来たと言えば、子どもですら恐怖のあまり泣き出すだろう。
「私、嘘をついていたから、いけなかったんだって思って、それからはどこかに住もうと思ったら、自分が半魔で、だけど、悪いことはしないって説明することにしたの」
「おいおい」
馬鹿じゃないの、この娘。
そんなことをしたらどうなるか、火を見るよりも明らかだ。
「でも、どこに行っても信じてもらえなくって、殴られて、斬られそうになって、さまよい歩いてたの。そしたら、この旅芸人の一座の人達と行き会って。半魔でも、連れて行ってくれるって言ってくれたの。とても、嬉しかった」
「なるほどね。だから、虐めとか、ちょっとした憂さ晴らしの的になるぐらいは平気ってこと?」
少女、メディは、こくりと小さくうなずいた。
そんなはずないけどね。
ようするに、ここの連中は、半魔でも一見普通の人間に見えるし、文句も言わずにこきつかわれるし、ストレスのはけ口にもなる、いわゆる便利な召使いのような存在を手に入れた訳だ。
だけど、あの悪意をメディが感じてないとは思わない。
自分に対する悪意は理解しても、ぎりぎり仲間として扱ってもらえるここに、必死ですがりついている、ということなんだろうな。
まぁ本人がそれでいいって言うんなら、僕の口出しするところじゃないだろうし、放っておくしかないか。
でも、気分は悪い。
「あのさ、君の事情はともかくとして、他人を虐げるってのは、やってる人間にとってもあまりよくないことだと思うんだ。だって、人が苦しんでるのを見て喜ぶんだよ? そんなことやってたら、まともな人でいられなくなっちゃうだろ」
「そ、そうなの? そうなのかな」
「だから、君は出来るだけ、ここの人等に見つからないように、目立たないようにしておけばいいんじゃない?」
僕の提案に、メディはパッと顔を輝かせた。
「そ、そうか。そうだよね。もしかして、私がいるのを見て、半魔だって思うと、ついイラッとして叩きたくなるのかも。わかった! これからは、目立たないようにお仕事するね。ありがとう、カゲルさん」
「ああ。そうしてくれ」
まぁあんまり効果は期待出来ないけどね。
何しろ、メディはかなりの美少女だし、何ていうか華があるんだよな。
存在感があるって言えばいいのか。
何もしていなくても、人の目を惹き付けるタイプの人間だ。
半魔でさえなければ、表舞台で輝く、主人公になれる人材だったのかもね。
もし、彼女が主だったら、あの馬鹿勇者の何倍も、やりがいがあっただろうに。
僕は、そんな埒もないことを考えて、その夜はこっそりと男どもがまとめて寝ているテントに潜り込んで寝たのだった。
え? メディ? 一人で寝ずの番をやっていたんじゃないかな?