暴力の理由
「ところでメディ、ちょっと気になったんだけど」
「え? はい」
メディは戸惑いながらも、特に騒ぎ立てることもなく、僕の話に付き合ってくれている。
ちょっと危機意識が低いんじゃなかろうか?
見張りとして、それはどうなの? と、感じなくもない。
まぁ僕にとっては、ありがたいことだけども。
「君さ、なんでこの一座の人達から虐められている訳?」
「へ?」
僕の問いに、メディは心底理解出来ないという顔を向けた。
ん?
「虐められているよね?」
「え? そんなことありませんよ。みなさんとてもよくしてくれています」
「えっ!」
「えっ?」
おかしい。
外から見た僕の感覚と、本人の感覚が完全に食い違っている。
え? 本人的には虐められている自覚がない感じ?
「だって、今日も、君じゃないほかの子がやった失敗を君のせいにされたよね」
「あ、あれはちょっとした勘違いだと思います。わざわざ指摘するのも申し訳ないので、私が後始末をしただけで……」
「昨日の夜、座長が酔っ払って、君を蹴ったり殴ったりしたよね?」
「お酒を飲むと羽目を外す人がいるのは仕方のないことですよ」
むむっ……。
「昨日の朝は、食事の量が足りないからって、君一人で狩りに行かされてたし」
「あ、私、こう見えてけっこう狩りが上手なんですよ。えへへ」
うっそだろ。
人間ここまでポジティブに生きられるものなのか? ちょっと信じられないんだけど。
「それにしても。カゲルさん、道中の出来事をよくご存知ですね。あの、もしかして、私の知らない一座の新人さん、ですか?」
「いや」
「えー」
即座に否定すると、メディは困惑したようだった。
いやいや、僕のことはどうでもいいから。
詮索しないでいてくれると嬉しいな。
「あのさ、メディはそれでいいのかもしれないけど、人が一方的に虐められているのって、見ているほうも嫌な気分になるんだよね。もっとはっきり言うと、僕が嫌な気分になるから、ちょっとは自覚して、待遇を改善してもらって欲しいんだけど」
とうとう僕はぶっちゃけた。
そう、僕は別にメディがどう思っていようと、どうでもいいのだ。
つい先日、とんでもない言いがかりで契約を切られたことに対するわだかまりが、僕のなかには、まだ強烈に残っている。
自由になれたこと自体はよかったけど、長年あいつの一族のために働き続けた僕の一族のがんばりが、全て否定されたことに対しては、どうしようもない苛立ちがあった。
そのこともあって、一方的な蔑みや、虐めを見ると、その気持ちが蘇ってしまう。
このままだと、この旅芸人一座に、よからぬことをやらかしてしまいそうだった。
「……確かに、普通の人の目には、ここの人達の私に対する態度がよくないように映るかもしれません。でも、本当に、ここの人達は優しいんです。……実は、私……」
メディは、何かを言おうか言うまいか、迷っているようだ。
そりゃあ僕は初めて会っただけの怪しい奴に過ぎないからな。
むしろ今、いろいろ打ち明けている分だけでも、大丈夫なのかと心配になるぐらいだ。
ただ、僕の身勝手な気持ちからすれば、理由があるなら聞いてしまいたい。
これ以上モヤモヤするのは嫌なんだ。
「言いにくいこと? 言っておくけど、僕が君の秘密を他人に漏らすようなことはないよ。そもそも僕は他人を信用してないからね」
「ふふっ」
そんな僕の言葉に、メディはなぜか笑った。
「カゲルさんは、不思議な人ですね。絶対信用出来ない相手のはずなのに、なんだか、信頼出来るような気持ちになってしまう」
「信頼とか、してもらう必要はないよ。ただの好奇心だし」
メディは少しのためらいの後、口を開く。
少し、その手が震えているのが、焚き火の明かりに照らし出されていた。
「……実は、ですね。私、半魔なんです」
「半魔って……、半分魔族、ってこと?」
「……っ、はい」
最後は消え入りそうな声で、メディはうなずいた。
ふーん、半魔、ね。
人間と魔族は永い間ずっと争いを続けている。
僕が生まれるずっと前、ご先祖さまが勇者と契約を結ぶ前から、らしいので、何百年も前からなんだろうな。
僕の一族が仕えていた勇者は、そもそも魔王を倒すための存在だしね。
ずっと争っているんだから、当然この二つの種族は、お互い激しく憎み合っている。
そんな関係でも、いろいろな事情で、二つの種族の間に子どもが出来ることがあった。
それが、僕達人間の間で、半魔と呼ばれる存在だ。
生まれて来た子どもに罪はないとは言え、憎み合う相手の血を引いているとなれば、当然迫害の対象となる訳で、生まれてすぐに殺されてしまう場合も多い、と聞いたことがある。
「そうなんだ」
「……えっと、罵ったり、殴ったりはしないの?」
「僕をそんな変態趣味の人間だと判断した理由を知りたい」
「だって、私が半魔だと知った人は、みんな、汚いものを見るような目を向けて来て、近くに寄るな! とか、死んでしまえ! とか言って、殴ったり蹴ったりするから」
「特にそういう趣味はないな」
どっちかというと、勇者と賢者にそういう目に遭って欲しい。
ほんとあいつら、死ねばいいのに。