断れない雰囲気
旅芸人一座が衛兵隊とひと揉めした街を逃げ出した僕とメディは、仲良く幌馬車に揺られて、辺境のバグルスという街へと向かっていた。
乗合馬車なので、二人きりではなく、ほかに乗客もいる。
疲れた顔、期待に満ちた顔、さまざまだ。
それぞれ長旅をする理由がある人達なんだろう。
人の手があまり入っていない土地は、どこまでも続く荒野か草原で、ときたま森林地帯を横切ることもある。
魔族の地がどういう土地かは知らないが、人族の土地には豊かな場所は少なめだ。
そのため、大きな街や集落などは、何もない場所を挟んで点在している形となっている。
道という道もなく、漠然と歩いていると方角を見失ってしまうため、個人で旅をするのは、犯罪者か難民ぐらいだ。
だいたいは今僕達が使っている乗合馬車を使ったり、同じ方向へ行く者達が集団となって移動する旅団を利用する。
ちょっと前まで僕達が世話になっていた旅芸人一座も、形が固定した旅団と言っていいだろう。
整備された道がないと言っても、安全に通れる場所はだいたい決まっているので、多くの馬車や騎獣が行き交えば、そこに自然に道が出来る。
ただっぴろい荒野以外は、そういった痕跡を探せば、ある程度楽に旅をする方法もあるんだけどね。
勇者なんて、本来道なき道を行くのが仕事みたいなもんなんだけど、僕の主だった勇者は、地道な探索などをとことん嫌がる奴だった。
仕方ないので、僕は事前に道をくっきりとわかりやすくしたこともあった。あれはいい経験になったと思う。
「どうです? お一つ」
むっつりと黙りこくった道行きに、嫌気が差して来た頃、同乗者の一人である、少し太めの男性が、何やら飴のようなものを配り出した。
通常、見知らぬ相手から食べ物をもらうなどということを受け入れる人は少ない。
飢えているときには用心深さなど忘れることもあるが、そうでないときには警戒するものだ。
だが、狭い空間で長時間一緒にいなければならない相手の場合、断って雰囲気を悪くするのを嫌う人も多い。
「僕はいい」
とは言え、そんな空気を読んだりしない僕は断るんだけどね。
「新商品のアピールなんですよ。よかったら食べて感想を言って欲しいのですが……」
どうやらその小太りの男は商人だったようだ。
なるほど、それらしい風体だ。
「あ、私がいただきます」
メディは、他人を信じてあんなに酷い目に遭ったのに、凝りないな。
見れば、馬車の同乗者のうち、三人は口をもぐもぐさせている。
つまり僕ともう一人以外はもらって食べたらしい。
まぁ乗合馬車はそれなりに長い時間運命共同体になるんだから、お付き合いというものがあるのはわかるよ。
でもなぁ。
「やれやれ、第二幕か」
僕の感覚は、新しい演目が上演を始めたことを察知していた。
舞台は見通しの悪い草原。
今回の敵役は、盗賊達かな。
この小太りのおっさんからは殺意は感じられない。
その代わり、隠しきれない欲望が漏れ出ている。
庶民用の乗合馬車を利用する人間が、たいして金を持っているはずがない。
金が目当てではないとすれば、その人間そのものが目当てか?
開拓地や鉱山などでは、人は消耗される資源だ。
買い手がいれば当然売り手もいる。
よくある手口なんだよなぁ。
「飴、美味しいよ? ちょっと癖はあるけど。カゲルさんもいただけばいいのに」
うちの主はもうちょっと人を疑うことを覚えたほうがいいと思う。
背中はまだ痛むだろうし、罵りながら石を投げる人の醜さを忘れた訳でもないだろうに。
裏切られて尚、誰もが仲良く暮らす世界を望むような人間は、さすがに僕なんかと違って、おおらかだ。
さて、乗合馬車が見通しの悪い草原地帯に入った。
メディを始めとする、飴をもらった人達は、ガタガタ跳ねる馬車のなかで、のんきに居眠りを始める。
「いい陽気ですからな。眠くもなります」
商人を名乗った小太りの男が、ニコニコ笑いながらそう言った。





