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奈落を出る

 奈落は、どこでもない場所だ。

 見えず、存在しない場所、それが奈落である。

 ゆえに、奈落のなかは闇ですらない。

 本当に、何も存在しない場所なのだ。


 そんな場所に一人で放り出されたら、人は耐えられるだろうか?

 うん、まぁ、普通は耐えられない。

 当たり前だよね。


「こ、ここ、どこ? 何も見えない。カゲルさん!」


 案の定、メディはパニック寸前だった。


「落ち着いて。僕はいつでも傍にいるよ。君の後見だからね」

「カゲルさん。よかった。何も見えないから、怖くって」

「まぁ奈落だからね。奈落っていうのは、存在しない場所なんだ。だから何も見えないし、触れない」


 僕の言葉に、メディは震える。


「怖い?」


 僕は聞いた。

 意地悪ではない。

 メディの状態を確認しておきたかったのだ。


「怖い……よ。でも、傍にカゲルさんがいるから……ええっと、いる、よね?」


 僕の存在を感じながらも、見ることも触れることも出来ないので、僕の存在自体を疑い出したようだ。

 やっぱり、普通の人はこの空間、なかなか辛いものがあるらしい。

 僕などは、物心ついたころから、何度も奈落に放り込まれたので、耐性がついている。

 いや、ときどき子どもの頃の体験を夢に見て、泣きながら起きることなんてないよ?


「大丈夫。契約を交わしたときから僕は君の影だって言っただろ? 触れなくても、見えなくても、僕は誰よりも近くにいる。メディにもわかるはずだよ」

「う、ん。なんとなく、だけど、カゲルさんの言っていること、わかる」


 メディの声は、戸惑っているような、嬉しいような、そんな彼女の心の動きを伝えてくれる。


「それで、いつ、ここから出られるの?」


 そして、落ち着いたのか、メディは一番気になっているであろうことを聞いた。


「んー、タイミングを見て出るからちょっと待ってもらうけど、大丈夫?」

「うん。カゲルさんが一緒だから、頑張る」


 決意が可愛いが、頑張らなければ耐えられない状況であることは間違いない。

 とは言え、そう簡単に出ることが出来ないのも確かなのだ。

 実は、奈落は、魔法を解くと、本来いた場所にまた戻ってしまうという性質を持っている。

 そのため、その場所に人がいなくなるまで出られないのだ。


 いや、その場所にいなくても、周囲の警戒が解けていないと、出てもすぐに捕まってしまう。

 僕は、幕を引いた舞台の様子をじっと窺った。

 座長親子と一座の人間は、すでに全員、衛兵隊にしょっぴかれて行った。

 だけど、まだ一座の荷物を探って、証拠を集めようとしている衛兵が残っているので、外に戻れないのだ。

 座長の娘に付けた代役の印は、実はそう長くは持たない。

 だいたい半日ぐらいすると、額の赤い印が薄れて消えて、彼らが座長の娘だと証言した魔族が、本当はメディだったと、訴え始めるだろう。

 その前に、この街から遠く離れておく必要があった。


 早朝に始まった捕物騒ぎに、街の人も噂を聞いたのか、段々と集まって来る。

 メディは舞台でほぼ終始顔を伏せていたから、そうそう顔を覚えている人がいるとは限らないが、なにせ、メディは美少女だ。

 一度見た人は、かなり印象深く覚えている可能性が高い。

 衛兵達と共に、街の野次馬達も、脱出の邪魔になるだろう。


「よし」


 衛兵隊が一度引き上げるようだ。

 同時に野次馬も、噂話をしながら三々五々と散って行く。

 僕はメディを奈落から引っ張り出した。

 当然ながら、元の馬小屋である。

 馬達は、衛兵隊に接収されて、すでにいないので、馬糞臭いテントだけが残っている状態だ。


「あ、外だ」

「メディ、しっ。近くには誰もいないけど、念の為、声を出さないようにして」


 僕がそう言うと、メディはコクコウと頭を縦に振ってうなずいた。

 可愛い。


 僕はメディの姿をごまかせるものを召喚しようと、周囲を探る。

 召喚の条件として、一番簡単なものは、自分の所有物であるということだ。

 自分の所有物は、無条件に召喚出来る。

 しかし、僕の所有物に、メディの姿を隠せるようなものはない。

 次に、条件付きで召喚出来るものがある。

 それは、見知っているもの、だ。

 見知っているものの場合は、その親しみ度によって、必要となる代償の質や量が変わる。


 僕は一座の人間が旅の間、羽織っていたマントを小道具(アイテム)召喚で呼び寄せた。

 代償は、手持ちのお金で、マントの値段として適当と思われる金額だ。

 残念ながら、一座の人間の所有物は、僕にとって他人の持ち物に過ぎないので、代金分を支払わなければならないのだ。

 ちなみに、代償は、呼び寄せたアイテムがあった場所に出現する。

 昨夜、メディの衣服の代償が藁のかたまりで済んだのは、そもそもメディの服だったからだ。


「これ着て」

「え、これ」


 メディがどうしたのか? と、問うような顔を僕に向けた。


「大丈夫、代金は払ってる」

「ごめんなさい」

「謝らない。君は僕の主として、自分がやりたいことをまっすぐに頑張ればいいんだ」


 僕の言葉に、メディはぽかんと僕の顔を見る。


「私が、やりたいこと?」

「なんだっけ、ええっと、そうそう、人族と魔族が仲良く暮らせるようにしたいんだろ?」


 僕がそう言うと、途端にメディはポロポロと涙をこぼし始めた。


「え? なんで泣いてるの? 僕なんか悪いこと言った?」

「ううん。違うの。カゲルさんが、私を信じてくれてるんだって思ったら、なんだか、自然に……。ごめんなさい。そんな場合じゃないのに」


 僕はなんと答えていいのかわからずに、無言でマントをメディにかぶせたのだった。

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「クラス召喚されたけどぼっちだったので一人でがんばります!」
作者が自分でレビューしています( ´ ▽ ` )ノヨロシクネ!
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