リーヴ・ミー・アローン
「きたか、斬術士よ。気をつけろ。過去の風がお前を根こそぎにしようとしているぞ」
この中国系ギャングの龍頭は現在百二十七歳だが、その長寿において、一度も抗年齢手術や臓器移植に頼ったことがなかった。風邪薬すら飲んだことがなかった。その体はワイシャツとサスペンダー付きのズボンのなかでしわくちゃに縮んでいたが、この世に生まれ出てきたときにもらった血肉を少しも欠けることなく継続して使っていた。
「二つの戦いの夢を見たであろう? 一つは眠り、一つは起きている。だが、斬術士よ、それは表裏一体だ。どちらかを破壊しようとすれば、もう片方も破壊されるであろう」
関帝廟は線香の煙でむせそうになるほどだった。扇は金ぴかの屋根を支える真っ赤な柱によりかかり、マンゴーやスモモ、黄色い線香、金の器を捧げられた神を見た。青竜偃月刀を立てた武神は左手で長い顎鬚を撫でていて、どこか古代の裁判官を思い起こさせた。
「アンクル・ムー。もっと分かりやすく言ってくれ。頼む」
「カンパニーだよ、扇。お前さんがそのケツを三百万年も落ち着けてたクソ中隊。政府公認のシューティング・ゲーム。あれの2が出るぞ」
話そうと思えば、アンクル・ムーはもっと下品で俗っぽい話し方ができた。
「いまさらカンパニーを復活させようなんてやつはいない」
「なぜ?」
「使い道がない」
「おいおい、扇。いつものクールな脳みそ、どこに置いてきた? 朝、クソをしたときケツの穴から流れ出ちまったか? パゴダ・ビルにしょっちゅう呼び出されるお前さんがカンパニーに使い道がないだなんて笑わせる」
「メリットよりもデメリットのほうが大きい。しかも、リスキーだ」
「お前さんならリスクやガンだって殺せるさ」
「話はこれだけか?」
二年前、終戦と同時にカンパニーは文字通り葬り去られた。ただ一人生き残った扇はほとんど死にかけていて、自分がどこにいるのか分からなかった。汚れた塩の谷を歩き、それが裏通りの街に変わった。コロニー政府が終戦を宣言するテレビ放送がアパートじゅうのブラウン管を占領していた。それをきいていると、自分はどうやら生きていてはいけない人間らしいという気にさせられた。そもそも人間ですらない化け物みたいなカンパニーの生き残りなど誰の用にもならないのだ。
気がついたとき、扇はうららかな日差しに包まれて、安楽椅子に深く腰掛けていた。まわりの森を見て、ゲリラや飛びあがり地雷のことがすぐに脳裏をよぎった。だが、その森はジャングルのような野放図ではない抑制された気品があった。それは庭園だったのだ。
――名前は?
――……扇。
――どういうふうに書く? いや、違う。アルファベットじゃない。漢字でだ。そうだ、筆を握って、ふむ、ほう、そこを跳ねて、ふむ。昨今の若者の書道への造詣の無さは深刻だな。ともあれ、わしはお前さんを扇と呼んでいいわけだ。
――……なぜだ?
――なぜって、ここはわしの庭だからだ。庭にはいろんな生き物が飛び込んでくる。小鳥、渡り鳥、カエル。だが、わしは庭を動物たちに対して、常にオープンしている。だから、お前さんも好きなだけ休むといい。
――すぐに出ていく……おれは――おれは、誰にも必要とされていないし、誰も必要じゃない。
――いいか、扇。コロニーの全電力をつくっている原子力発電所の主任技師だって自分は誰にも必要とされていないと感じることがあるし、誰かにヤクを打ってもらわないと生きていけない甘ったれたジャンキーのクズ野郎ですら誰も必要じゃないとほざくことがある。いいから、ここで寝ていろ。いま、お茶を持ってきてやる。ノヴァ・ロンジンの新茶だ。うまいぞ。
「一つ、仕事を頼みたい。斬術士よ」
扇はうなずいた。




