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斬術士  作者: 実茂 譲
1.扇
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1/51

鶏牌香烟

挿絵(By みてみん)

                挿絵:猫の玉三郎さまよりいただきました。


遠い未来。

だが、カセットテープを根絶するほどの発展は望めなかった未来。

エブロ・シティのスラムで刀一本で暗殺を請け負って暮らす斬術士の扇。


悪夢のような戦争で捨て駒にされた彼は暗殺者として任務のなかで、

かつて彼が所属していた軍の暗殺部隊『カンパニー』が再び創り出されようとされていることを知る。


体験した戦争と体験したことのない戦争の悪夢を見ながら、殺し、探し、殺した先になにがあるのか?

 その男はカタギに見えた。いつも安物のスーツを着ていた。毎日決まった時間に起き、決まった時間に出かけ、決まった時間に部屋に帰り、決まった時間に寝た。エレベーターは壊れていて、アパートの最上階に住む連中はみなイカれていた。ヤク中、売人、痴漢、ギャング、ポン引き、カルト教団の司祭、それに覚醒剤(ダイス)と刺激剤入りの安ワイン(フレイムリザード)でメタメタにラリったやつらのダンスパーティ。大人しそうな男はそんな最上階の七〇七号室に戻り、眠るのだ。ある朝、ヤク中たちが牛乳を拭いてほったらかしにした雑巾みたいに眠っていた日に、例の男が目覚めるきっかり一分前に警官隊がドアをぶち破り、十丁のショットガンが火を吹いて、男を細切れにした。男が銃に手を伸ばしたと警官たちは言ったが、実際は古いベル式の目覚まし時計を止めようとしたらしい。警官たちは狭いキッチンにあるごく一般的な冷凍ボックスを開けた。氷漬けになった睫毛の陰から少女の濁った瞳が警官たちを見つめ返した。冷凍庫のなかには全部で七つの、氷漬けになった少女の首があった。警官たちはアパートじゅうを探したが、残りの体は見つからなかった。

 だから、扇(セン)はよく少女たちの幽霊を見た。特徴などを細かく書きとめてみると、全部で五十七人の少女の幽霊がいることが分かった。一番歳が上なのは十四歳、下は二歳だった。七〇七号室に住んでいると、棚の死角や洗面台の鏡の裏などに指や肉片のホルマリン漬けがいまだに見つかる。少女たちはよくいたずらをした。あとで食べようと思っていたカップケーキがなくなったり、テレビのチャンネルが勝手に子ども向けアニメに変わったりした。彼女たちの機嫌がとびきりよくて、霊的エネルギーがありあまっているとポルターガイストを起こして、模様替えが強制執行されることもあった。

 不思議なのは自分がこれまで抹殺したターゲットたちの幽霊がまったく出てこないのに、他人が殺した少女たちの幽霊が出てくることだ。なんだかやったことでは逮捕されなかったのにやってもないことで逮捕されたみたいだった。だが、七〇七号室に住んで半年もすると、扇も慣れた。相手にもよるが、気軽にテレビをつけてくれと頼めるようになったくらいだ。表情のつくり方の不自然さから相当な美容整形を施したらしいニュースキャスターがその日のニュースを読み上げる。今日のコロニーの気温は平均より二度低く、国境警備隊の撃ち合いで一人死亡、よく分からないなにかが去年より十七パーセント・アップした(扇にとって経済ニュースは大いなる謎だった)、ダウンタウンのレストランで大物ドラックディーラーのリッチー・ギャッジが斬殺され――そこでチャンネルが勝手に切り替わり、イタチのジェロームとアライグマのスクレッツォのカートゥーン・ショーが始まる。こうなるとリモコンは役に立たず、テレビはあきらめるしかない。テレビの他に見るものと言えば、窓の外くらいしかなかった。

 外は疲労の濃い灰色の雨のなかに沈んでいた。高台にあるわけではないが、その窓からエブロ・シティのほとんどを見下ろすことができた。エブロ・シティは水環境に対して途方もなく邪悪で根性の曲がった水を垂れ流しにすることで文明として存在することができた。文明とは電気、化学、決済手段だ。皮肉にもこの街の名はとある国のとある川の名前からとられていた。大昔、その川のそばでファシストが勝利したのだ。ファシストは上流のダムを切って、共和国軍がエブロ川にかけた橋を全て押し流した後で逃げ場を失った共和国軍兵士たちを情け容赦なく虐殺したのだった。

 扇も戦争には行った。十五歳から二十歳までの五年間。不思議な戦争だった。コロニー政府には兵器と人員と化学物質があった。巡航戦車も戦略爆撃機も炸裂子爆弾(クラスター・ボム)も、それに扇たちのようなエリート暗殺部隊もあった。なのに、政府は勝てなかった。アンチ・グローバリスト軍のゲリラ兵はみな粗末なローブと石のマスクをつけ、アンティークものの自動小銃(カラシニコフ)とレバーペーストの空き缶でつくった手榴弾しかもっていなかった。政府軍は推定で二百万人のアンチ・グローバリスト軍を殺害したが、それでも勝てなかった。ゲリラとそうでないものの見分けがつかなかったので、コロニー政府軍は町や村を爆撃機で無差別に焼き払った。ガソリンでつくったゼリーが燃えながら、人間や家畜に覆いかぶさった。そのうち、コロニーの知識人階級――つまり、それは支配的上流階級であるのだが、彼らが政府軍が非戦闘員を殺害していることを非難し始めた。彼らは小説で映画で音楽でガソリンのゼリーを責め立てた。多くの全国ツアーが組まれ、知識人(ロック・スター)とそのエージェントの懐に数百万クレジットが転がり込み、富裕階級のあいだでアンチ・グローバリスト軍の戦争孤児を養子にするのが流行した。

 政府は中間選挙の結果を危うくしてまでガソリン・ゼリーにこだわるつもりはなかった。そこでピンポイント戦術が採用された。つまり、軍情報部がアンチ・グローバリスト軍のゲリラ兵とその指揮官の位置を特定し、そこに精鋭部隊を投入して、ゲリラだけを殺害するというものだった。そこに投入されたのが扇たちの暗殺部隊だった。ガソリン・ゼリーで懲りた政府高官たちは部隊に名前をつけなかった。ただ、〈部隊(カンパニー)〉と呼んだ。こうしておけば、また戦争犯罪がスキャンダル化しても部隊の名前を追って、指揮命令系統の責任を追及できなくなる。というのも、大きな声では言えないが新戦術とは非戦闘員の殺され方がナパーム弾による焼却から刀(カタナ)による斬殺に変わっただけだったのだ。扇はカンパニーの一員として、多くの村で老人や女性、そして子どもを殺した。実は扇たちが軍からもらった任務はおそらく欺瞞的な理由から「殺せ」ではなく「探せ」だった。そして、探す途中で立ちはだかったものは誰一人生かすなと命じられていた。探し物(パッケージ)がなんであるのか、扇たちには知らされなかった。なにかのチップか、生物兵器か、あるいは為政者の女装写真か、とにかく政府と軍、そしてコロニーに居住する五億人の平和と未来がかかったものが存在するといわれ、カンパニーは殺し続けた。これは噴飯ものだった。コロニーは扇たちが暗殺に罪悪感を感じないよう、注射とカウンセリング、それに擦りこみ(インプリンティング)で感情をコントロールしていたのにいまさら五億人の平和と未来のために殺せと大義名分を掲げたのだ。五億人の平和と未来はともかく、もともと任務(ミッション)以外に依存するものがなかった扇たちカンパニーの少年と少女たちは従順に探し続け、殺し続けた。歩き、探し、歩き、探し、殺し、探し、また殺した。結局、探し物は見つからなかった。それに到達する前に戦争に負けたからだ。

 知識人階級に養子にされた戦争孤児のなかにカンパニーが殺し損ねた子どもがいた。暗殺者たちが少女の家族を斬殺しているあいだ、竹でできたベッドの下に隠れていたらしい。その少女の証言から戦闘員と非戦闘員の区別をつけずに殺しまくる暗殺部隊の存在が取沙汰された。コロニー政府の広報官にはチープな陰謀論だと繰り返させ、そのあいだにカンパニーの活動を停止しさせ、一切の記録の消去を試みた。ここにきて、コロニー政府の高官たちは自分たちがガソリン・ゼリーの百倍厄介なものを使っていたことに気がついた。記憶を抹消された未成年からなる暗殺部隊などが世に公けになれば、知識人が歌い、書き、撮影し、全国ツアーをして世論を形成し、次の選挙は草刈り機のごとく与党議員を薙ぎ払う。最高司令部では将軍と高官たちがもはや明白になりつつある事実、つまりこの戦争には勝てないという事実をはやく誰かが指摘してくれないかとじれていた。ガソリン・ゼリーもカンパニーも使わずに知識人を刺激しないで戦争に勝つ方法などあるはずがないのだ。それに敗北を認めるとしても、もう一つ重要な問題がある。カンパニーをどうするかだ。

 アニメが終わると、テレビが消えた。扇はソファに座ったまま、ジーンズのポケットをまさぐった。くしゃくしゃにつぶれた鶏牌香烟(ロースター)の空箱が指に当たった。扇が外に出かける理由は数あるが、煙草の欠乏はそのなかでも最も大きな理由になりえた。窓を開けてみるとひどく寒かった。それでもコートに頼るほどでもなかったので、黒のタートルネックのセーターを脱ぐと、なかにぴったりとした保温インナーを着て、またセーターに体をくぐらせた。癖のある長い髪を後ろでゴムで束ね、手の甲に三本の筋がある古風なセーム革の手袋をはめると、スローイング・ダガーを三本差したホルスターをベルトに固定し、刀を手に取った。それは商売道具であり、過去の記憶であり、扇の市民権だった。戦争中、砲兵が絶対に大砲を置いて逃げないのは武器を保有することで世界に対しての発言力を持てることを知っているからだ。この刃渡り七十センチ弱の武器には陰惨な思い出しかないが、エブロ・シティの第七地区に住むのであれば、なんでもいいから武器を使いこなせないといけない。

 そういえばアンチ・グローバリスト軍は略称をアン・グロ軍とされたが、これはその昔、地球で支配的だった人種と同じ名前である。勝利の秘密はそんなところにあるのかもしれない。

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