ふざけんな!
そうして季節は巡り、春。
僕たち3人は無事、志望校へと合格を決め。
僕は僕で、父さんに土下座しながら三日三晩頼み込んだおかげで、ようやく念願の一人暮らしを始めることができた。
これで本当の意味で、僕は彼らと決別することができた、と考えてもいいだろう。
未だに朝日から申し訳ない、といった類のメッセージが届くけど、今後陽介と2人きりの時間が増えていけば、自然と僕のことも忘れるだろう。
さて!
「時間も出来たことだし! ようやく同人イベント参加が解禁だ!」
既にこの世界にも同人文化があることはリサーチ済みだ。
ていうか、ヒロインの1人にまさにそういう子がいるからね、存在するのは間違いないもんね。
「よっしゃー! これまで描けなかった分、描いて描いて描きまくるぞ!」
って、前世では描いて描いて描きまくって挙句過労死みたいな死に方したくせに、ほんと懲りないよなぁ僕って。
まさか今世も過労死するんじゃないだろうなと苦笑しつつ、作業机に座ろう……としたところ。
隣の部屋からガタンガタン、と大きな音が響いて来た。
部屋の窓から外を見ると、最近よく見る引越しのトラックがマンションの前に止まっており、どうやら、引越しの荷物を降ろしているらしい。
そしてその運び先は……。
「ふーん、お隣さんも引越しかな? 春は大変だねぇ」
みんなしてこの時期に引っ越すんだから、荷物を運ぶ方も大変だ。
同じように、引越し屋さんを酷使した僕が言うことじゃないだろうけど。
「お隣さん、変な人じゃなければいいなぁ」
夜中に大音量で音楽流すとか、週末になると夜通し麻雀打つとか。
そんな迷惑住人でない事を祈りつつ、そのまま、お隣さんの事は記憶の彼方へと飛んで行ったのだった。
*
そしてついに、僕たちも高校の入学式を迎えた。
当然ながら周りには知り合いはおらず、完全にぼっち状態である。
あれっ、そういや友達ってどう作るんだっけ?
こういう時、前世の「僕」は全く役に立たないから困る、なんて言ったらお前に言われたくないって突っ込まれそうだ。
思えば僕も、陽介と朝日以外の友達いなかったし……。
そんな2人だけども、あちらも今日入学式だったようで。
「ふふっ、嬉しそうな顔しちゃってまぁ」
陽介くんと同じクラスだったよ! というメッセージに添付された、2人の写真を見て思わず笑ってしまった。
頑張れ朝日……陽介をめぐる戦いは今、本格的に始まったばかりだ!
野々原朝日先生の次回作にご期待下さい!
「ま、僕は数年はあの2人に関わる気はないけどね」
朝日にはよかったね、と当たり障りのないメッセージを送っておこう。
陽介と2人で幸せオーラ全開の朝日にはこれ以上関わりたくない……胸焼けするってーの。
……そういえば。
詳細は作中で語られなかったけど、入学式の日に、僕と「彼女」は知り合った、って設定なんだよね。
どうやって知り合ったかまでは語られないけど、相当な何かがあったはずだ……今となってはそれを知るよしもないけど。
「伊藤颯月」が舞台から降りた今、「彼女」は僕ではない別の誰かとそのイベントをこなしているだろう。
「うう、想像したら胃が捻れそうになってきた……ムカつく!」
何がムカつくって僕の理想の体現者でもある「彼女」が僕以外の男と一緒にいるってのがもうムカつく!
……まぁそれも少しの間だけで、2年の春には陽介に無自覚に取られるんだけどな! ははっ!
何笑ってんだよ、泣くぞ。
「ってだめだめ……もう僕は関係ない、もう僕は関係ない、もう僕は関係ないヨシ!」
関係ない、と魔法の言葉を3回唱えれば、気分もすっきり。
そうだ、これから待つのは先の見えない、不確定な未来なのだから……!
「そんなラストシーンの某映画は、結局未来は変わらないって映画たくさん出したけどね」
あ、なんかそれ考えるとすごい不安になってきた。
実はこっちも未来は変えられない、なんてこと、ないよね?
ないよね!? し、信じてるからな強制力様!!
正直。
そう考えつつも、正直僕は楽観視していた。
別の学校にさえ来てしまえば、「彼女」と出会うこともなく、物語にも巻き込まれない。
ここで目立たず平凡に暮していれば、後は時間が解決してくれる、と。
そしてようやく自由な時間が出来たことで浮かれ気分になり、注意散漫になっていたことも認めよう。
「きゃっ!」
「っと……っご、ごめん!」
廊下の曲がり角で、こちらに曲がってくる女の子に気づかず、ぶつかってしまうくらいなのだから。
「ごめん、大丈夫だった? 立てる?」
「あ、はい、だ、大丈夫です……すいません、こちらこそ注意不足でした」
「僕の方こそ、ほんとごめ……」
「?」
いましがた、僕がぶつかって転倒させてしまった彼女の顔を見て、思考が止まってしまった。
頭の中を埋め尽くすのは、ただただ「なんで?」という言葉、それだけだった。
背中まで伸びたさらさらの黒髪を二つ結びにして、肩の前に垂らし。
少し小さめの身長で、くりっとした瞳でこちらを見上げる、僕の好みどストライクな容姿をした彼女は……。
「や、月見里……月見里 楓華……! なんで、ここに……」
「え? なんで私の名前、知って……」
嘘だ、あり得ない。
こいつは……こいつは、ここにいていいキャラクターじゃない。
お前は今、陽介と朝日と同じ学校にいなきゃいけないキャラクターだろ……!
「あの、大丈夫ですか? 顔、真っ青ですよ?」
「……大丈夫、です……ほんと、ぶつかってごめんね?」
「いえ、それはいいんですけど……あの、なんで私の名前を」
「じゃあ、僕はこれで」
「あっ」
不自然な態度だろうがなんだろうが、一刻も早くその場から逃げたかった。
逃げなくては、いけなかった。
だって、あいつは……月見里楓華というキャラクターは……!
「僕がこのあと、共通ルートで陽介に奪われる『彼女』が、なんでここにいるんだよ……っ!」
*
あの後。
入学式の後のクラスメイトとの親睦会もそこそこに切り上げ、逃げるように帰宅した僕は、部屋のベッドで1人、思考の海へと身を投げ出していた。
考える事はもちろん「彼女」……今日、廊下でぶつかった、月見里楓華の事だ。
月見里 楓華。
僕がデザインした、僕の容姿の好みのすべてをブチ込んだ、ぼくのかんがえたさいこうのひろいん。
陽介や朝日と同じ学校に通い、高校2年生の春から、熾烈な陽介争奪戦へと身を投じる事になる、僕の元彼女、になるキャラクターだ。
そう、陽介と朝日と同じ学校に通う、ここ大事、ほんと大事。
しかし彼女は今日、あちらではなく、こちらの学校へと現れた。
おかしい、これはおかしい。
ゲームの舞台となるあちらの学校ではなく、なぜ月見里楓華がこちらに現れるのか。
もしや、これも強制力なのか? 主人公が僕というキャラクターから月見里楓華を奪う、というのが他では代用のきかない、避けられないルートなのだろうか?
それとも、僕があの2人から離れたせいで本来のルートに歪みが生じ、月見里楓華が弾き出された?
わからない、どれだけ考えても、正しい答えがわからない。
唯一つはっきりとしているのは、あまり月見里楓華と関わってはいけない、この一点だけだ。
これでルートを外れた、なんて安易に喜んで近づくのは馬鹿の所業、これは間違いない。
それで近づいて心を許して、結果的に元のルートに戻って陽介に奪われましたーなんて事になったら死ぬぞ。
僕が。
なので何があろうが、僕は絶対! 彼女には絆されない!!
そうだ、とにかく月見里楓華には近づかなければいい。
幸い、僕は美術科、おそらく月見里は普通科、授業などでの接点はないはずだ。
気をつけてさえいれば3年間、彼女とエンカウントせずに過ごす事が出来るはず!
どんなに好みの女の子だとしても、将来的に涙を流す事がわかっているんだから!
よし! 今後の方向性が決まればあとはそれを実践するだけだ。
なんとなく気分も軽くなったし、夕飯の買い出しでも――――
ピン、ポーン。
「うん? なんだろ、こんな時間に……」
なんやかんやと考えていると、時刻はすでに18時すぎ。
来客があると言っても少し遅めの時間だ……通販で何かを買った覚えもない。
とすれば、受信料の請求か……うちテレビないしスマホも受信機能ないし、勘弁してほしいなぁ。
対応するの結構面倒くさいんだよね。
「はーい、どちらさまですか?」
「あ、すいません、先日隣に引っ越してきたので、ご挨拶と思いまして……」
「あー、あー……ちょっと待って下さいね、今開けますんでー」
なんだ、お隣さんか。
そう言えば洗剤持って挨拶行こうと思ってすっかり忘れてたよ。
ついでだ、買っておいたのこの機会に渡しちゃえ。
そう思い、扉をあけると、そこには――――
「あっ」
「なん……で……」
そこに立っていたのは、先ほどこれ以上関わるまい、と強く誓った相手……。
月見里楓華が、目の前に立っていた。
え、なんで? 月見里ナンデ!?
「今日、廊下でぶつかった……お、お隣さんだったんですね」
「み、みたいですね……」
これはなんの悪夢か。
自分の好みの最高のヒロインにフラれるという哀しみの未来から逃げだそうともがき、たどり着いたその先で。
まさか「彼女」が僕と同じ学校に進学し、しかもお隣さんだと?
はは、勘弁してくれ……なんの冗談だよ、マジで。
「まさか同じマンションの人だとは思いもしませんでした」
「うん、そうだね、どんな偶然だよ、って思います」
「ふふ、なんだか、変な運命、みたいなものを感じますね?」
感じません。
感じるとしても、それは僕と君の運命じゃなくて、僕を乗り越えた先にある、陽介と君の運命です。
そこに僕と君との未来も運命もないんだよ畜生め。
「なんにしても、これからお隣さんとして、同級生として……よろしくお願いします!」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
―――拝啓、前世の「僕」様。
あなたは前世で一体、どんな悪行の限りを尽くし、今世という地獄に叩き落とされたのでしょうか?
そしてその罪を、今世の僕に背負わせ、清算させようとするのは、酷い話ではないでしょうか?
だがしかし。
だがしかし!
僕はこの地獄でも抗って見せる!
僕は絶対に……絶対に! ゲームのルートになんて負けたりしない!!
それにしても……。
にこり、と笑う彼女の笑顔に、思わず目が奪われてしまう。
ああ、可愛いなぁ……ほんと、自分で生み出しておいてなんだけど、最高に可愛いなぁ……。
って、だめだめ! 落ち着け僕! こいつに惚れる=哀しみの向こう側、なんだぞ!
春の夕暮れ。
目の前に現れたのは、僕の人生最大級の「見えてる地雷」。
これから始まるであろう、波乱に満ちた高校生活に、僕は思わず頭を抱えてしまうのだった……。
伊藤颯月くんの新たな戦いが今、始まる……!
長らくのご視聴、ありがとうございした!