こんな世界にいられるか! 僕は逃げさせてもらう!
「はぁー、ずいぶん寒くなってきたねぇ」
「もう12月だもんな、こう寒いと、勉強しようって気も……」
「そして、陽介くんだけが1人、高校受験に失敗するのでした」
「え、縁起でもない事いうなよ、朝日!」
「ふふっ、それが嫌ならちゃんと勉強しようね? 私も教えてあげるから」
「ははーっ、よろしくお願いいたします、朝日先生!」
前を歩く仲睦まじい幼馴染2人を、ある意味冷めた目で見つめてしまう僕。
そいつ、あと1年もしたら女の子いっぱい侍らせるようになるからね、頑張ってね朝日。
「ふふっ、仕方ないなぁ……みんなで同じ高校行きたいし、陽介くんには特別に! 教えてあげるよー。あ、颯月くんもこれからうち、来る?」
「いや、僕は遠慮しておくよ」
「そ、そう? 遠慮しなくてもいいんだよ?」
「いやいや、今日は僕もやりたい事があるから、陽介のこと頼むよ」
やだ朝日さん、俺が行かないっていったらちょっと嬉しそうな顔しちゃって。
一応僕も幼馴染なんだよね? いくら陽介が好きだからって、ちょっと酷くない!?
泣けるぜ……マジで泣けるぜ。so cute.
それはそうと、タイミング的にもそろそろ言っておかないとね。
「あ、そうそう、受験に関してなんだけど、2人には言っておかなきゃいけないことがあるんだった」
「なんだよ、改まって」
「どうしたの、颯月くん?」
さぁ、ここからだ。
これが通るか通らないかで、今後の僕の人生が決まると言っても過言ではない。
頼むぞ強制力……見逃してくれよ!
「実は僕、2人とは別の高校に行こうと思ってるんだ」
その一言を聞いた2人の表情が、ぴきり、と固まった。
うーんどっちだこれ、強制力が働いてイレギュラー対応しようとフリーズしてるのか、単純に何言ってんだこいつ、って意味でフリーズしてるのか。
じっと、2人が再起動するのを待つ……寒いから、帰っちゃだめかなぁ?
「な、何言ってんだよ颯月? あ! 冗談か!? 笑えねーよそれ」
「あ、冗談だったの!? そうだよね! もー、びっくりしたー!」
「いや、冗談でこんな事言わないよ、2人とは違う高校に行きたいんだ、僕」
「なん、で……なんでだよ、颯月?」
なんでだって?
君に「彼女」を取られたくないからだよ!!
――――いや、もはや取られる取られないではない。
そもそも、僕は「彼女」との出会いすら無かったことにしようとしているのだ。
恐らく僕と出会わなければ、他の誰かが僕の役に成り代わり、話を進めてくれるだろう。
だって僕が舞台から降りるんだからね、その辺は強制力が調整してくれるさ。
「今まで言ったことなかったけど、実は僕、美術の勉強がしたかったんだ」
「美術?」
「うん、美術……っていうか、絵の勉強をしたいんだ」
嘘は言っていない。
今の僕も、前世の「僕」も、昔から絵を描くのが好きだったからね。
もしやり直せるなら、ちゃんと勉強しなおしたいなーと思ってたんだ。
まさに今、それをやり直すチャンス! さらに「彼女」を寝取られる危機からも脱せられる!
両取りで美味しい!(テーレッテレー)
と、思っているのはどうやら僕だけのようで、2人の幼馴染は未だに混乱しているようだった。
なんだかなー、そんな混乱するようなことかね? 会えなくなるわけでもあるまいし。
それとも今、絶賛強制力さんが仕事をしているところなんだろうか?
「私、颯月くんが美術好きなんて知らなかったんだけど……」
「うん、誰にも言わなかったからね」
「俺も……知らなかったんだけど……」
「陽介にも言わなかったからね」
陽介はともかく、朝日は知っててもおかしくなかったんだけどね。
小さい頃、僕は1人になると絵を描いて遊んでる子供だったし、おとなしい朝日と2人になっても、それは変わらなかったから。
まぁ朝日は昔から陽介にしか興味ない子だったんで、仕方ないけどね。
というか、「僕」の記憶が流れて来る前も、時々コンクールで賞とかもらってたの、知らないんだなぁこの2人……あれ、僕ってほんとに幼馴染なんだよね!?
あれー? なんか、自信なくなってきたぞ?
「わ、私のせい? 颯月くん、もしかして、私のせい!?」
「え、なんで朝日のせいなのさ?」
「だって! わた、私、いつも陽介くんと」
「朝日」
それ以上言わせないように、朝日の口を止める。
ぐっ、と言いたい事を飲み込んでくれる朝日はやっぱりいい子だなぁ。
「というわけなんで、悪いけど春からは朝日がこいつ、起こしに行ってやってよね」
「えっ」
「ほら、僕も2人とは違う学校に通うようになると、朝の時間もずれるしさ」
「う、うん、わかった」
こくり、と頷く朝日を見て、一つの仕事が終わったことを確認した。
朝、主人公を起こしに行くのはヒロインの役目だって相場は決まってるのに、なぜかずっと僕の仕事だったんだよなぁ。
ゲーム内では朝日が毎朝起こしに来てたのに、一体何が起こったのか……まぁ、もしかしたらゲーム内でも、この頃は僕が起こしてたのかもしれないけど。
「はー、やっと言えてスッキリした! これで勉強に打ち込めるよ」
「颯月……ほんとに違う学校に行くんだな」
「颯月くん……」
「な、なんだよしんみりしちゃって! 今生の別れってわけじゃないんだし、気楽に構えようよ!」
「そう……だな、会おうと思えば、いつでも会えるもんな」
「そうだよ、そうだよね! ふふっ、変なの!」
――――まぁ、僕は春になったら、しばらく2人に会う気ありませんけどね?
少なくとも、出来れば高校卒業までの間は、この2人とは距離を置きたい。
その為に、父さんに土下座して頼み込んで出世払いでお金を借りて、実家を離れて一人暮らしの許可をもぎ取るつもりだ。
流石に高校を卒業してしまえば、ゲームの強制力に縛られず、僕も人生を生きていけるはずだしね。
「でも、いつも3人一緒だったのに寂しくなるね……」
「そうだねぇ」
ははっ、寂しいとかウケる。
ちょっと口角上がってるよ朝日さんよ?
ま、僕もようやくルートを外れる事が出来そうで、今凄く嬉しいんだけどね?
この時僕は、気楽に考えていた。
正直に言って、舐めていた。
この世の強制力の、真の恐ろしさに……。