web小説じゃあるまいし
「冬の締め切りまであと……2日……ペン入れ4枚、仕上げ7枚……」
やばいやばいやばい、このままだと、冬のイベントに間に合わない。
すでに印刷所には入稿が遅れる事は伝えている、おかげで印刷代は2割増の特急料金だ。
だというのに、まだこんなに残ってるとか、僕の馬鹿馬鹿!!
「やっばいなぁ……HB出版さんの方にもキャララフ提出しないといけないのにまだ手ぇつけてねー……」
それもこれも、年末のこのヤバい時期に某大ヒットシリーズの新作なんて出すのが悪い。
円天堂さんは僕に謝罪してください、はやく!
いやまあ我慢できずに買った僕も悪いんだけどさ!
そんな馬鹿な事を考えていた時だった、くらり、と視界が揺れたのは。
うーん、さすがに徹夜も2日目になるとエナドリでは誤魔化しきれないよね……作業効率も落ちてきてるし、お風呂に入って小一時間ほど寝るか……。
「あー、ほんとにしんどー……はは、これで死んだらほんとアホだよなぁ」
死因は寝不足ですってか、笑えねー。
積みゲーだってまだまだ沢山あるんだ、今死ぬわけにはいかない。
メーカーから送られてきたサンプルパッケージを手に取り、思わず溜息をついた。
「ラブ×コネクト」……ほんの数カ月前に僕が原画を描いたこのゲームだって、まだヒロイン1人しか攻略してないんだ。
その唯一攻略した一番のお気に入りヒロインを撫でて、パッケージを元の場所へと戻し。
……これが僕の、「僕としての」、最後の記憶となった。
*
頭がぼーっとする……ええっと、僕は何してたんだっけ……。
陽介と……朝日と中庭を歩いて……冬の原稿が……冬の原稿? なんだっけそれ……。
「おい颯月、大丈夫か!? 颯月!!」
「よ、陽介くん、ダメだよ揺らしたら……頭打ってるんだよ!? こ、こんな時は救急車!? 177!?」
「それは天気予報だ朝日落ち着け! えっと、保健の先生! そうだ、保健の先生呼んで……」
「陽介……朝日……?」
そうだ、気分転換にお風呂でも入って、小一時間ほど寝ようと……寝ようと!!
「し、締め切り! ――――ったぁ!?」
「うわっ!」
「颯月くん!? 急に動いちゃだめだよ!」
あ、あったま痛ぁ!?
なんでこんなに頭痛いの!?
ずきずきと痛む後頭部を思わず押さえると、大きなコブが出来ていた。
転んだか何かして、頭を強くぶつけたんだろうか? ……いや、あそこに落ちてる野球のボール。
そうだ、歩いてるときに、僕めがけてボールが飛んできて、それで頭に当たって……。
あれ、歩いて? どこを? ……ていうか、ここどこ?
「おい颯月、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよ! 病院、病院行った方がいいよ絶対!」
「悪い! ちょっと保健室行って、誰か先生呼んできてくれ!」
「颯月くん、大丈夫? 私たちのこと、わかる?」
目の前で、2人の男女が大騒ぎしている。
えーっと、この2人は……ああそうだ、僕の幼馴染だ。
男の方は天ヶ崎 陽介、隣の女の子は……野乃原 朝日。保育園の頃から中学3年生の今まで、ずっと一緒に育ってきた大事な幼馴染の……幼馴染?
いやいやいや待て待て待て、「僕」にはそんな奴らなんていなかっただろ?
「僕」の友達はネットの中にしか……ネットの中?
ていうか僕は「僕」で……いや僕って誰だよ。
それより……目の前の2人。
うーん、どこかで見た事がある気が……幼馴染、じゃない、「僕」の記憶で……。
「全然、大丈夫じゃないかも……」
「おい颯月……颯月!?」
「きゅ、救急車! 誰か救急車呼んでー!!」
そうして、僕の意識は闇へと沈んでいった……。
*
それから。
病院へと担ぎ込まれた僕は1週間ほど高熱にうなされることになった。
容体が落ち着き、歩き回れる程度に回復すると、今度は僕と「僕」の記憶の整理をする必要が出て来るわけで。
僕の中に唐突に表れた僕じゃない「僕」の記憶を整理するのには相当な体力を要した。
どうやら「僕」は、記憶にあるあの冬の日に亡くなったのだろう……つまり前世、と言う事になる。
享年23歳、結局一度も彼女も出来ず、結婚も出来ず終わった人生だった……泣けるぜ。
しかも最後の最後に遊びに時間を浪費したうえ、冬のイベントにも間に合わず死んでしまうとは情けない!
ごめんなさい、僕の本を待ってくれていたみんな……HB出版の担当の仁科さん、ほんとすいません……!
あと母さん! 親不孝してすいません、本当にすいません!!
「……なぁ、ほんとにもう大丈夫なのか、颯月?」
「う、うん、なんか心ここにあらず、って感じなんだけど、まだ頭痛い?」
「あー、いや、もう大丈夫だよ、全然平気!」
危ない危ない、また意識を飛ばしてしまった。
2人が来てるのに、「僕」の記憶に引っ張られ過ぎるのはよくない傾向だ。
「心配掛けたね陽介……朝日も、わざわざ来てもらってごめんね?」
「ううん、ほんと心配したんだよ! しばらくすっごいうなされてたんだから!」
「なー、ずっと原稿がー、積みゲーがーってうなされてたけど、どんな夢見てたんだ、お前?」
「はは、どんな夢だろうね……よく覚えてないや」
言えない、エナドリを胃に流し込みながら終わらない原稿に忙殺され、買ったはいいけど遊べなかったゲームの山を前に涙を流している夢を見ていたなんて、言えない……!
「それで、退院はいつごろできそうなんだ?」
「うーん、あと2、3日様子見て何事もなければ、って聞いてるね」
「そっかー、じゃあまた、明日もお見舞いにこないとね!」
「いやいや、もう大丈夫だし来なくていいよ、マジで」
マジで来ないでください。
そう言いつつ、2人の顔をじっと見つめる……うん、やっぱりそうだ、間違いない。
自分の顔を鏡で見た時になんとなくどこかで見たことがある顔だなぁと思ったんだけど、天ヶ崎陽介に野乃原朝日……そして僕の名前は、伊藤 颯月。
やっぱり、これは――――。
「? どうした、颯月?」
「ううん、なんでもないよ。それより、そろそろ帰らないと遅くなるんじゃない?」
「え? ……あー、もうこんな時間か、放課後に来るとやっぱ遅くなるなぁ」
「暗くなる前に早く帰りなよ、朝日もちゃんと陽介に送ってもらうんだよ?」
「ふぇ!? だ、大丈夫だよ、1人で帰れるし!」
「陽介、ちゃんと朝日を家まで送ってから帰るんだよ?」
「はいはい、ほんじゃ明日もまた来るから」
「来なくていいよー」
ひらひらと手を振り、2人を見送る。
ふふ、顔を赤くしちゃって、朝日はわかりやすいなぁ。
「さて……」
ごろんとベッドに寝転がり、天井を見上げる。
これまでの情報を整理しよう。
僕の名前は伊藤 颯月、現在中学3年生で、今は7月。
高校受験まであと半年のクソ忙しい受験生だ。
来年は幼馴染の陽介、朝日と3人で同じ高校へ行こうと約束し、絶賛勉強中。
そんな時、帰宅しようと3人で歩いている所に野球のボールが直撃、意識と記憶の混乱で今に至る、と。
そして今帰宅した2人。
天ヶ崎陽介と野乃原朝日は幼馴染で、朝日は陽介が好き、でも陽介は気が付いていない。
そんな2人を幼馴染兼親友ポジションで見守る僕。
うん。
やっぱりそうだ、どこかで聞いたことあるというか、それどころじゃない。
「これ、僕がちょっと前に原画描いた「ラブ×コネクト」の世界とまったく同じじゃね?」
ゲームの登場キャラに転生とか、どこのWEB小説だ、笑えねぇ。